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【14】腕枕【11】



 腕枕。

 昨今、どの恋愛雑誌を開いても『一歩踏み込んだ仲』の男女が行う理想的甘美(ロマンチック)な行為と紹介されている。


 俺が最近読んだ雑誌によると、女性の五割以上が好きである! と見出しに書いてあった。

 五割以上が好きである! って微妙な見出しだよな。

 雑誌の悪意を感じるというか……。好き嫌い丁度別れてるじゃん。

 五割以上も好きなんだからみんな好きだよ! という結果ありきの文章の書き方がうっすらとした世論操作な感じが……。

 いや、それはどうでもいい。



 何で俺、そのページを熟読しなかったんだろう。



 ハルルの頭が、俺の肘の辺りに乗った。

 目が大きい。綺麗な翠色。光を吸い込んで煌めいているみたいに、目を僅かに潤ませていて。

 上気した頬。すべすべしてる。男の肌と違う、肌の感触だ。

 それで、目と目が合って。


 痛っ──。痛い。が、痛くないと思い込むんだ。


 肘の上、ごろっと骨が鳴った。

 痛たたたたた。しかし顔には一切出さない。出して堪るか、絶対に。

 まさか、俺が──26歳童貞、この俺が……、腕枕をする日がこようとは。


「お、重かったッスか?」

「いや、全然?」


 肘の上、痛い、などと惰弱なことは言えない。

 書いてあったんだよな。雑誌にも……どこかに乗せると痛くないとか。

 枕を上手く利用しましょうとか……。


 ともかく。惰弱脆弱なとこを、ハルルに見せられない。

 見せられないが。


「えへへ」

 キラキラと笑ったハルル。ハルルが首を動かす度に──腕に痛みがががが。

 これは、続けたら絶対に明日、腕が上がらなくなる。

 そうだ、それを蜜月症候群(ハネムーンシンドローム)などとカッコつけた名前付いてたな。

 確か、対策。あったはずだ。どうにか、思い出すんだ。


 いや、そんな一度だけ読んだ雑誌の中身なんて思い出せる訳ないわ。

 一回、ハルルに退いて貰って──。


 目が合う。

 あ、目が、笑うって、こういうことを言うのか。

 優しい目元で、温かい顔で。ハルルは。

「……えへへ」

 満足そうな──幸せそうな顔で。


 かわっ……──っ、は、はは。これは、男の意地の話だ。

 意地でも、頭を少し退かして、なんて言えねぇな!


 オッケー、分かった。思い出せないなら、考えればいいんだ。

 人体構造。特に、基本的な腕の構造を考えればいい。

 今、ハルルの頭が肘の上にある。腕の関節に頭が乗っていれば、そりゃ関節技(サブミ)の如くキマる。

 腕本体に乗せれば血が止められて鬱血。翌朝、腕は痺れて使い物にならなくなる。


 はたと雑誌の写真が頭に浮かんだ。

 理想的甘美(ロマンチック)な二人の『腕を使わない腕枕』!


 俺は、ぐいっと右腕に力を入れて、ハルルを肩の方に近づける。

「あっ……」


 そう、腕の付け根──肩と胸板の間を枕にさせるやり方!


 思った通り、ここなら痛みはない。ハルルの頭くらいなら無理せず乗せ続けられる。これなら! ……あ。


 俺の肩にハルルを近づける──イコール、俺は今、ハルルを抱き寄せた、らしい。

 というか、顔、滅茶苦茶近くに、なった。

 お互いの吐息が、掛かるくらいに。


「……」

 ハルルは目を細くして、息を吐いた。

 その目に、俺が見たことのない熱が灯っていた。

 まるで。いや、それ。え。


 微笑んだハルルの、その赤くなった顔と潤んだ目。


 俺の身体に、ハルルの身体は密着していて。

 女の子って、こんなに体温高いのね。それで、柔らかくて。

 あ、うん。これは。かなり。やばい。

 この目をずっと見てるのはヤバい。

 ほんとに──ハルルが。俺は。


 ハルルを。


 ハルルの肩を少し抱き締めた。

 ハルルは照れたように微笑んで──苦い顔した。


「あ、悪い。痛かったか」

「い、いえ。大丈夫ッス。その、傷が染みただけで」

 偶然、怪我した場所に当たってしまったらしい。

 そうだ。俺、何考えてた今。ハルルは、怪我してるんだぞ。

 落ち着け、俺。落ち着くんだ。


 ハルルは今、怪我して寂しがってるだけ。

 そんな相手の弱みにつけ込むような方法で、欲望のままにハルルを傷つけちゃ駄目だろ。

 大切に。したいんだよ。俺は、ハルルを。


 俺は、ハルルを撫でた。

 ハルルは……微笑む。本当に、何かそういう新種の小動物みたいだ。


「怪我、大丈夫か?」

「えへへ。ちょっと染みただけですから」


「お前にそれだけ怪我させるなんてな。よほどの使い手だったんだな」

「そうッスね。ティスさんは超強くて」


「絶景でも防げないくらいの速度だったのか?」

「あ、ティスさんも絶景が使えたんス。というか、そうだ。

師匠に聞こうと思ってたんスけど……絶景って言い方、天裂流だけの言い方なんスよね?」


「ん? ああ、そうだな。他じゃ超常感覚とか、走馬灯とか言われるか」

 時間を遅く見る目、とも言うか。

「……じゃぁ、天裂流の人だったのかもしれないッス」


「それは無いな」

「どうしてッスか?」


「……天裂流は、俺の師範代と、師範代の四人の弟子しかいないからだ」

「?? その誰かの弟子なんじゃないッスか?」


「まぁ否定出来ないが……ティスは鉄槌(ハンマー)を使ってたんだろ?」

「そうッス」

「じゃぁ天裂流ではないんだよな。天裂流は()り拓く流派。

刃物を使うんだよ。剣か、槍か……ともかく鋭利な刃物でないとダメなんだ」


「そうなんスか! じゃぁ……どうしてティスさんは『絶景』を使えていたんスかね……」

 ヴィオレッタの顔が浮かんだ。


「真似た、か、誰かに聞いたか」

「えー、絶景って真似れるもんなんスか?」

「真似れない、と思ったが……真似られたんでな」

 苦笑いをする。──ふと、俺の頭の中にもう一人だけ、顔が浮かんだ。

 それは。そいつは──確かに、絶景を知っていて使える。

 だけど、そいつが教えられる筈が……いや、不可能ではない?

 でも……いや、まさか。ありえない。


「師匠?」

「ん。ああ、大丈夫だ。気にしないでくれ」

 

 


 瞼の裏に、一人の男を思い出す。

 ──俺が『絶景』を教えた相手は、ハルルと……もう一人いる。




 暗い顔、していたらハルルが心配するか。

 もう一度ハルルの頭を撫でる。

 俺自身の……不安を気付かれないように。



 《雷の翼》で途中離脱せざるを得なくなった、勇者の一人。

 その顔を、思い出していた。


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