【14】力が足りなければ捻じ伏せられる【10】
狭いベッドの上、真横にはハルル。
今、隣り合わせで座っている。
ハルルの肩が触れていた。華奢な肩から伝わる微熱のような体温がくすぐったく、俺の鼓動が早くなっていた。
左足に、ハルルの小さな右足の指も当たっている。
これ、横になったら添い寝スタイルになる、よね??
ハルルさん、どうして急に俺の横に来たのでしょうか???
落ち着け。
動揺を、見せてはいけない。堂々と、平常心になるのだ。
い、くさば。戦場では平常心が大切だ。
今までの人生で一番緊張している。
どういう気持ちでハルルは隣にいるんだ?
ふと、隣のハルルを見る。
ちょっと頬が赤い。
……何がフラグだった? 急に夜戦ルート……
「師匠……話、聞いてくれますか?」
ハルルは……いつもよりずいぶん凛とした声に聞こえた。
まるで硝子のように儚くか細い声にも聞こえた。
とりあえず、俺は頭の中にあった不埒な煩悩を奥の方へ追いやる。
「なんだ?」
「あの。今……私、頭の中、ぐちゃぐちゃなんです。なるべく整理しながら話すんスけど」
「いいよ。ぐちゃぐちゃで。思ったこと言えよ」
ハルルが少しだけ微笑んだ。
「……ありがとうございます。師匠」
「ああ」
ハルルは、ゆっくりと、言葉を出した。
「私……ティスさんと、似てるなぁって思っちゃったんス」
「何?」
「その。蛇竜の時も、変態魔族のパバトの時も、ギリギリで何とかなったッス。師匠の助けとか、周りの皆の助けとかがあって」
ハルルは、ワダツノミコと名乗った蛇竜を倒している。
戦闘は、主にハルルの意地。決死で食らい付き、どうにか倒した。
「勝てたのは、『正しいことを言っているから』。正しいことをしている人間は、負けない。正義は必ず勝つ、って……正直、自分の心の底に、あったのかな、って思うんス。ティスさんと、同じように、そう思ってたみたいッス」
ハルルは、項垂れた。
「……でも、当然ッスけど、実際は違いました。
ティスさんと、衝突して、負けて。痛いほど知りました。
正しいことを正しいという為にも、力が必要なんだって。でも……力だけでも解決出来なくて」
俺は頷いて、ハルルの話を聞く。
ハルルは目を閉じた。
「自分は、あの女の子を守るのが正しいと思ったッス。
……確かに、泥棒をした少女は悪い子ッス。でも、それでも、更生する機会も与えず殺すのは違う。正しくないと思ったんッス。……でも、ティスさんが強かったッス……強くて。……強くて」
ハルルは言葉を詰まらせた。
ふと、ハルルの手が、俺の左手の近くにあった。
その指を、少しだけ温めるように、俺は手を乗せた。
「……正しいことを言っていても、力が足りなければ捻じ伏せられる。
強い人の……強い人だけの『正義』がまかり通ってしまう。
だから、力が欲しい──でも、それって……ティスさんと変わらないって思って。自分も、ティスさんみたいに、押し付ける人になるのかな、って」
ハルルは俺の手を握っていた。強く、震えながら。
俺は、ハルルの言葉を待った。
ハルルは……少し間を開けてから、私は……と言葉を続けた。
「……私は、強くなったら。ティスさんみたいに、その強さで他人に正義を押し付けるようになるんでしょうか。それで、誰かの犠牲の上に、正しさを見出すように、なって。他人の気持ちや感情を踏み躙れる人になってしまうんでしょうか」
俺は──ハルルの頭を撫でた。
それくらいしか、何か出来ることが浮かばなかったのもある。
「師匠?」
「お前は、大丈夫だよ」
「え?」
「正義とか、悪とかは分からん。正直に言えば、暴力を使った時点でどんな大義名分を掲げても悪だ」
──魔王討伐だって、魔族を何百人殺したか分からない。
それぞれに家族がいたのだろうに。戦場に出た兵士たちを俺は殺し続けてきた。
それを正しいとか正義とか、そんな言葉で括れない。
「ハルル。お前はお前だ。ティスってやつとは違う。お前は、そのティスってヤツみたいに戦えないだろ」
「……それは。力があったら、また」
「使わないな。……お前の今までの戦いから考えれば、お前はティスってヤツと全然違うぞ」
「今までの?」
「気付いてないかもしれないけどな……。ハルル。お前は、戦う時、いつだって『背中に』誰かが居る」
蛇竜ワダツノミコの時は、背中にはリリカちゃんがいて。
変態パバトの時は、背中にはルキやヴィオレッタの取り巻き。
今回も、見ず知らずの少女を守った。
それから。
「お前は、……ライヴェルグを馬鹿にするギルドの酒場で立ち上がった。
その場の全員が敵のような状態で、お前は『不条理』に立ち向かったんだ」
女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく全員の無関心。
ハルルが叫んだ言葉だ。
あの時も、俺を背中で守ってくれた。
「誰かの悲鳴に無関心ではいられない。……大丈夫だ。お前は、ティスってヤツにはならないよ。
誰かを傷つけることを恐れて、こんなにも震えている。
お前は、心から……本当に優しくて強いヤツだよ」
「……師匠」
「だから、大丈夫だ」
「ありがとうございますッス。……師匠。改めて、いいッスか? あ、いえ。いいでしょうか」
「ん? なんだ?」
「……強く、なりたいです。目の前で起こる不条理を、救えるように。強く。
……お願いします」
「ああ……分かった。教えられることは教えるよ」
「……えへへ。ありがとうございますっ、師匠!」
ハルルは笑った。本当に、いつも花が咲いたみたいに笑う。
ズルい奴だよ、本当に。
ふと、ハルルは俺の胸板辺りに凭れ掛って来た。
「おい、俺は椅子じゃないぞ」
「えへへ。いいじゃないッスか。こうすると元気が貰えるんで」
頭をぐりぐりと俺に擦り付けてくる。
優しい石鹸の匂いがした。同じ石鹸を使ってるはずなのに、なんでこんな良い匂いがするんだ。
「こんなことで元気になれるなら、いくらでも何でもどうぞ、だ」
ずるずると、ハルルは体を少しずつ倒して、気付けば俺の膝の上に頭を乗せていた。
「ね、師匠」
目が俺を見上げた。
「んだよ」
「お願いしてもいいッスか?」
「……俺に出来ることならな」
「じゃぁ、このまま、寝ちゃってもいいッスか?」
……?
熱を帯びて潤んだような目。
少し赤くなった頬と、紅も差してないのに赤い唇。
少し長いまつ毛が動いたのが分かる。ゆっくりとまばたきをして、ハルルは、俺を見つめている。
「師匠の膝の上で、眠りたくて」
「い、いや……その。それじゃ、俺、座った状態で眠ることになっちゃうから、さ」
「さっき、いくらでも何でもって言ったじゃないッスか」
「あ、いや。まぁ言ったが」
「じゃぁ、師匠」
「はい」
「腕。……を……」
腕? 腕をどうするって? ……何、食べるの?
「ま、枕に、させてもらっても、いい、ですか?」
それって。えっと。腕を枕に、腕枕???????
腕、枕?????? それって。
そい、そそ……そい、そい、添い寝!?
「……だめ?」
「い、いや……い、いっこうに構わん、が」




