表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

254/838

【14】力が足りなければ捻じ伏せられる【10】


 狭いベッドの上、真横にはハルル。

 今、隣り合わせで座っている。

 ハルルの肩が触れていた。華奢な肩から伝わる微熱のような体温がくすぐったく、俺の鼓動が早くなっていた。

 左足に、ハルルの小さな右足の指も当たっている。


 これ、横になったら添い寝スタイルになる、よね??

 ハルルさん、どうして急に俺の横に来たのでしょうか???


 落ち着け。

 動揺を、見せてはいけない。堂々と、平常心になるのだ。

 い、くさば。戦場では平常心が大切だ。

 今までの人生で一番緊張している。


 どういう気持ちでハルルは隣にいるんだ?

 ふと、隣のハルルを見る。

 ちょっと頬が赤い。

 ……何がフラグだった? 急に夜戦ルート……


「師匠……話、聞いてくれますか?」


 ハルルは……いつもよりずいぶん凛とした声に聞こえた。

 まるで硝子のように儚くか細い声にも聞こえた。

 とりあえず、俺は頭の中にあった不埒な煩悩を奥の方へ追いやる。


「なんだ?」


「あの。今……私、頭の中、ぐちゃぐちゃなんです。なるべく整理しながら話すんスけど」

「いいよ。ぐちゃぐちゃで。思ったこと言えよ」

 ハルルが少しだけ微笑んだ。

「……ありがとうございます。師匠」

「ああ」


 ハルルは、ゆっくりと、言葉を出した。

「私……ティスさんと、似てるなぁって思っちゃったんス」

「何?」

「その。蛇竜の時も、変態魔族のパバトの時も、ギリギリで何とかなったッス。師匠の助けとか、周りの皆の助けとかがあって」

 ハルルは、ワダツノミコと名乗った蛇竜を倒している。

 戦闘は、主にハルルの意地。決死で食らい付き、どうにか倒した。


「勝てたのは、『正しいことを言っているから』。正しいことをしている人間は、負けない。正義は必ず勝つ、って……正直、自分の心の底に、あったのかな、って思うんス。ティスさんと、同じように、そう思ってたみたいッス」


 ハルルは、項垂れた。

「……でも、当然ッスけど、実際は違いました。

ティスさんと、衝突して、負けて。痛いほど知りました。

正しいことを正しいという為にも、力が必要なんだって。でも……力だけでも解決出来なくて」


 俺は頷いて、ハルルの話を聞く。

 ハルルは目を閉じた。


「自分は、あの女の子を守るのが正しいと思ったッス。

……確かに、泥棒をした少女は悪い子ッス。でも、それでも、更生する機会も与えず殺すのは違う。正しくないと思ったんッス。……でも、ティスさんが強かったッス……強くて。……強くて」


 ハルルは言葉を詰まらせた。

 ふと、ハルルの手が、俺の左手の近くにあった。

その指を、少しだけ温めるように、俺は手を乗せた。


「……正しいことを言っていても、力が足りなければ捻じ伏せられる。

強い人の……強い人だけの『正義』がまかり通ってしまう。

だから、力が欲しい──でも、それって……ティスさんと変わらないって思って。自分も、ティスさんみたいに、押し付ける人になるのかな、って」


 ハルルは俺の手を握っていた。強く、震えながら。


 俺は、ハルルの言葉を待った。

 ハルルは……少し間を開けてから、私は……と言葉を続けた。


「……私は、強くなったら。ティスさんみたいに、その強さで他人に正義を押し付けるようになるんでしょうか。それで、誰かの犠牲の上に、正しさを見出すように、なって。他人の気持ちや感情を踏み躙れる人になってしまうんでしょうか」


 俺は──ハルルの頭を撫でた。

 それくらいしか、何か出来ることが浮かばなかったのもある。


「師匠?」

「お前は、大丈夫だよ」

「え?」

「正義とか、悪とかは分からん。正直に言えば、暴力を使った時点でどんな大義名分(もの)を掲げても悪だ」

 ──魔王討伐だって、魔族を何百人殺したか分からない。

 それぞれに家族がいたのだろうに。戦場に出た兵士たちを俺は殺し続けてきた。

 それを正しいとか正義とか、そんな言葉で括れない。

「ハルル。お前はお前だ。ティスってやつとは違う。お前は、そのティスってヤツみたいに戦えないだろ」

「……それは。力があったら、また」

「使わないな。……お前の今までの戦いから考えれば、お前はティスってヤツと全然違うぞ」

「今までの?」


「気付いてないかもしれないけどな……。ハルル。お前は、戦う時、いつだって『背中に』誰かが居る」


 蛇竜ワダツノミコの時は、背中にはリリカちゃんがいて。

 変態パバトの時は、背中にはルキやヴィオレッタの取り巻き。

 今回も、見ず知らずの少女を守った。


 それから。


「お前は、……ライヴェルグを馬鹿にするギルドの酒場で立ち上がった。

その場の全員が敵のような状態で、お前は『不条理』に立ち向かったんだ」


 女騎士(サシャラ)を殺したのは、一人の勇者じゃなく全員の無関心。


 ハルルが叫んだ言葉だ。

 あの時も、俺を背中で守ってくれた。


「誰かの悲鳴に無関心ではいられない。……大丈夫だ。お前は、ティスってヤツにはならないよ。

誰かを傷つけることを恐れて、こんなにも震えている。

お前は、心から……本当に優しくて強いヤツだよ」


「……師匠」

「だから、大丈夫だ」

「ありがとうございますッス。……師匠。改めて、いいッスか? あ、いえ。いいでしょうか」

「ん? なんだ?」


「……強く、なりたいです。目の前で起こる不条理を、救えるように。強く。

……お願いします」


「ああ……分かった。教えられることは教えるよ」

「……えへへ。ありがとうございますっ、師匠!」

 ハルルは笑った。本当に、いつも花が咲いたみたいに笑う。

 ズルい奴だよ、本当に。


 ふと、ハルルは俺の胸板辺りに(もた)れ掛って来た。

「おい、俺は椅子じゃないぞ」

「えへへ。いいじゃないッスか。こうすると元気が貰えるんで」

 頭をぐりぐりと俺に擦り付けてくる。

 優しい石鹸の匂いがした。同じ石鹸を使ってるはずなのに、なんでこんな良い匂いがするんだ。


「こんなことで元気になれるなら、いくらでも何でもどうぞ、だ」

 ずるずると、ハルルは体を少しずつ倒して、気付けば俺の膝の上に頭を乗せていた。

「ね、師匠」

 目が俺を見上げた。


「んだよ」

「お願いしてもいいッスか?」

「……俺に出来ることならな」

「じゃぁ、このまま、寝ちゃってもいいッスか?」

 ……?


 熱を帯びて潤んだような目。

 少し赤くなった頬と、紅も差してないのに赤い唇。

 少し長いまつ毛が動いたのが分かる。ゆっくりとまばたきをして、ハルルは、俺を見つめている。


「師匠の膝の上で、眠りたくて」

「い、いや……その。それじゃ、俺、座った状態で眠ることになっちゃうから、さ」

「さっき、いくらでも何でもって言ったじゃないッスか」

「あ、いや。まぁ言ったが」

「じゃぁ、師匠」


「はい」

「腕。……を……」


 腕? 腕をどうするって? ……何、食べるの?


「ま、枕に、させてもらっても、いい、ですか?」


 それって。えっと。腕を枕に、腕枕???????


 腕、枕?????? それって。

 そい、そそ……そい、そい、添い寝!?


「……だめ?」


「い、いや……い、いっこうに構わん、が」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ