【14】落焔ノ絶景【07】
「誰の、何が……正義ではないのか。教えて欲しいのであります」
パチパチと、焚き木が割れるような音がする。
ティスの瞳に焔が揺れていた。彼女の髪のような、赤熱した赤い焔があった。
「貴方の行動が、正義じゃないって言ったんッス」
「自分の行動が正義ではない?」
ティスの握った鉄槌が、小刻みに震えている。
ギリギリと歯軋りまで聞こえた。
「あっ、あ、悪から見ればそう映るでしょう。そうです、ええ、そのはずであります。悪から見た正義は悪だと、お師匠様も仰っておりましたから。そういうことのはずであります」
まるで暗記した文章を読み上げるように、ティスは早口で一息で喋った。
「いいえ。どこからどう見ても、貴方のそれは正義ではないッス」
「悪党!! 悪党の戯言ッ!」
「ティスさんはさっきから書かれた法律を喋るだけに聞こえ──」
「黙るであります!」
鉄槌が振り下ろされる。
乱雑に、力任せに。
ハルルは直撃こそ避けた。
だがその余波、捲れ上がった岩盤が肩を叩く。
「自分は正義であります! 自分は正義でしかないであります!」
それも乱雑な横薙ぎだった。
力任せに薙いだ鉄槌を、間一髪槍で防ぐ。
衝撃で槍のネジが数本吹き飛び、板金に罅が入った。
馬鹿力。防御しているのに、その槌を受ける止める度にハルルの身体の芯に痛みが響く。
それでも振り下ろされた一撃を受け止めた。
「っ……貴方の言う正義は……独善に聞こえるッス!」
歯を食いしばって槌を押し返す。
「正義ではなく独善? はは、自分が。自分が正義じゃないと!!」
「そうッス……! 誰かを救う訳でもなく、何かを守る訳じゃない。
それに……少なくとも──」
背後で泣きじゃくる少女を思い返した。
力いっぱい握られた槍を、ハルルは無理矢理に突き出す。
「──正義は誰かを泣かせたりなんてしないッス!」
その一撃はティスの頬を裂いた。
血が、流れる。
ティスは頬の血を指で拭うと、首を大きく傾げた。
パチパチと、焚き木が割れるような音がする。さきほどよりもペースが速く、パチパチと。
「半人は悪であります。規律が正義であります。もう警告は終えたのであります。
ハルル殿。先ほどのクエストは一緒に出来て楽しかったのであります。それゆえ……」
彼女の焔を宿した左目が赤熱──轟ッと音を立てて燃え立った。
「もう思い出になっていただいて結構であります」
彼女の握った巨大な鉄槌が赤く赤く──真っ赤に変色していく。
そして、ハルルは少し唇を噛んだ。
過去の経験を──思い出していた。
パバトとの戦いを、思い出す。
魔族の元幹部。圧倒的格上の男は、変態で気持ち悪い男であった。
しかし、ただの変態ではなく、異常な程に強かった。
遊び半分の歪んだ戦法をされていなければ、今生きていることはなかっただろう。
そんな男と真っ向から戦った時と同じ感覚。
大火──ティスの足元から炎が立った。
ティスの実力はハルルより上だ。そうハルルは直感していた。
本当なら真っ向から挑んではいけない相手だ。
だからこそ、心の中で謝った。
(すみませんス。怪我しないようにって約束、守れなさそうッス)
そして。同時に。
(だけど、ここで──退くなんて、そんなの『勇者』じゃないッスから!)
強く決意し、飛び込む。構えは一つ。
この構え、この技は、未完成の一針を改造した技。
相手の弱点に目掛けて撃つだけのただの素早い突き、『虚仮一針』。
空中。バランスも何もない場所で──意表を衝く槍撃をハルルが放った。
その時。
「絶景……『落焔ノ絶景』」
絶景は、精度が上がれば上がる程、時間停止のような技となる。
そして、精度の高い絶景を使われれば、知覚すら出来ないまま、攻撃されて終わる。
世界が揺れた。陽炎のように、揺らめいた。
ハルルは──見えていた。ティスの、動きが。
しかし、体が──対応出来なかった。
スローになった世界で、ハルルは目を閉じる前、最後に見たものは目だった。
大きなティスの赤い目。どこまでも禍々しい純粋さを尽きることなく燃やしている目。
「『獄烙』」
ハルルの腹部に鉄槌がめり込む。
その一撃で、全てが決まった。
地面にハルルは落ちて──転がった。
うつ伏せで。槍だけは、握っていた。
両腕が痙攣したように震えている。体が、まだ少し動いている。
ティスはその姿を横目にして、半人の少女、そしてラブトルに向かって歩き出す。
「死んでないのが驚嘆であります。正直、殺すつもりで突いたのでありますゆえ」
時間の流れは正常に戻り、ティスは二人の前で立ち止まった。
「それ故──何故、立ち上がるのか、理解不能であります」
「……ハァ……ハッ……」
ティスの背後。ハルルは立ち上がっていた。
不格好に槍を杖のようにしながら、それでも。
目だけは、まっすぐに、ティスを貫くように見ていた。
「……なんでありますか、その目は」
ティスはギリギリと奥歯を噛む。
その真っ直ぐさ。気高さ。執念──その名前は。
「まるで悪を断罪するような目を、自分に向けるなでありますッ!! 光明赫灼ナル落エ──」
『た っ ぷん』
それは、水の音だ。
瞬き一つもする間もなく、ハルルは水の塊の中に閉じ込められていた。
そして──ティスも。水の塊の中に閉じ込められている。
これは。
キリキリという車輪の音がする。
「血気盛んな若者だね、キミたちは。とはいえ二人とも。やりすぎだよ」
長い夜色の髪を義手の手で掻きあげながら──元賢者、ルキがため息交じりに現れた。
「喧嘩なら、せめて素手で。そして、ボクの見えない所でやってくれたまえ」




