【14】正義なんかじゃないッス【06】
「今、ラブトルさんとこの子を……殺そうとしたッスよね」
「……それが、何か問題でも?」
ティスの何一つ悪びれない様子に、ハルルは奥歯をギリっと噛んだ。
爆機槍を握る手に力が入る。
「問題でも……? 問題しか、無いじゃないッスか……ッ!!」
吼えながら、巨大な鉄槌を力任せに弾く。
ティスはよろけてから、ため息を吐く。
そして、鉄槌を肩に乗せ、ハルルを見やる。
「王国法、トラルセン条約の復唱を求めるであります」
「トラル、セン? なんの話ッスか、いきなり」
「王国法の中にある戦後処理法。その内の一つにあるトラルセン条約であります。
それらは、半人の権利を定める条約となっているのであります」
ティスの言葉に耳を貸しながらも、ハルルは返事をしない。
ただ、槍の構えだけは解かない。いつでも、攻てるように。
「一条は領地、二条は賠償金など、戦後処理法案らしいものであります。
第三条 住居の限定。居住区は王国直轄領地である現魔族領の最西方最北端の諸島のみで生存可能であります。
そして、法整備関係として、第六条 立法は王国に準ずる。であります。
第六条第八項において、王国領内での犯罪に対する即時裁判権を国家勇者は専有するとあるであります」
「……第一条が領地、ってことだけ、分かったッス」
「ハルル殿は法律関係の授業が苦手のようでありますね。
判例の文章から抜粋すれば
『犯罪を行った半人を匿った者、中略、半人と同等の罪状と処罰を認める』
とあるであります。
つまり、ラブトル殿は今、その子と同じ罪状を有するであります。
半人の『不法滞在は死刑』でありますので、自分が行った行動は──」
「ティスさん。法律のこと、私はよく分からないッス。でも、法律上、そうなんスよね」
「ええ。そうであります」
「だとしても。法律で……二人を殺すことが正しいって言われたとしても」
ティスはまるでバトンのようにくるくると、そして軽々と、鉄槌を回す。
ただ風を切る音が重い。決して軽い鉄槌ではない。
「黙って見過ごすことは出来ないッス」
「法律を遵守しない。規律を守らない。ハルル殿──世の中では、それを悪というのであります」
ティスの足元が燃えて吹き飛ぶ。
加速。そして、真正面にティスはいた。
一瞬だった。目で追うことは不可能。
ただ、ハルルは──『この技』を知っていた。
だから、対応が出来た。
『その技』は、疑似的な時間停止だ。
世界中が水に沈んだような、物がゆっくりとしか動かない世界。
その世界は、『その技』を使える者だけが、知覚出来る。
その技の名前は『天裂流』では『絶景』という。
ジン曰く、『天裂流の奥義』である。
『絶景』はその技の性質上、攻撃で用いた時、相手が『絶景』を修得していなければ、防ぐことは出来ない。
『絶景』を持たない者には対処する方法が無い。それが、絶景が奥義たる所以。
そんな緩やかな絶景の世界を──ティスとハルルだけが動いていた。
ティスは素早い。だが、ハルルは、目で追えていた。
この世界でまだハルルは自由に動けない。
それでも、ティスの放って来る攻撃を槍で捌くことは出来ていた。
ラブトルとメーダ、それに砂漠妖精人の少女から見た時、超高速で戦っているようにしか見えない。
「驚いたであります」
世界に動きが戻り、ティスは目を丸くした。
「ハルル殿も『絶景』が使えるのでありますね」
「……ええ。私も驚いてるッスよ」
(絶景って……天裂流の言い方ッスよね……師匠以外に天裂流の人がいる、ってことッスかね)
「やはり、ハルル殿に興味が沸いているであります。ただ、残念であります。警告であります。これ以上、自分に立ちはだかるのであれば、貴方は人間種の敵であります。正義執行の妨害を行うなら、殺して進むもやむなし、という次第であります」
振り下ろされる鉄槌。辛うじて弾くが、素早さが違いすぎる。
絶景で辛うじて受け流せているが、ハルルの方が劣勢なのは火を見るよりも明らかだ。
「また法律ッスかっ!」
「そうであります。法律です。この世で最も正しい言葉であります」
「……無抵抗な子を、見殺しになんて出来ないッス!」
ハルルの放つ鋭い突きを間一髪でティスは躱す。
防御は苦手なのか、ティスは苦い顔をしながら距離を取った。
だが、ティスは攻勢を緩めない。
「死刑執行時、囚人は無抵抗でありますよ」
「それは正規の手続きがあった人ッス。そういう話じゃないッスよっ!」
ティスの攻撃は早いが大振りだ。
(師匠に言わせれば、避けてしまえば隙を突き放題のタイプっ! ……でもっ!)
チラリと後ろを見て──ラブトルと少女──決意を新たにする。
「爆機槍ァァアアッ!」
人間相手に使う気は無かった。
ハルルはそう思いながらも、槍の先端の爆発を行う。
ティスの真横で爆発を起こし、ティスの身体を揺さぶる。
直撃させなくてもいい。
巨大な音で耳を、眩い光で目を。多少の時間だが奪える。
「っ……ハルル殿。中々お強い……。ただ、いいでありますか。最後の警告であります」
「……なんスか」
「先ほども話しましたが、半人を擁護する時点で人類の敵という扱いになるであります。
今、貴方がやっていることは違法なことであります。直ちに武器を収めて頂きたい。
そうでなければ……正義の御旗の下、殺すのが必定であります。
分かっていると思いますが……自分はまだ奥の手を持っております。
これは、最終警告であり、殺傷も法の認めた──」
「すみませんが……人類の敵だ、違法だって……そんなの正義じゃないッスよね」
ハルルの言葉の直後──ハルルは悪寒が走り、足を止めた。
目の前のティスの目が見開かれている。
それは、まるで、獣のように瞳孔が開き切って──そうだ、野生の獣のようだ。
「……今、何か言ったでありますか?」
その発された言葉は、低い声で発された。まるで燃える泥のように、へばり付くような声。
ただ、それでも、ハルルは歯を食いしばる。
瞼の裏に浮かぶ。
背後にいる二人のこと。そして、ラブトルの腕の中の少女を思い出して。
「正義じゃない、と言ったッス。貴方のそれは、正義なんかじゃないッス」
轟……と焔の音がした。
そして、ティスの瞳から、赤く火花が散ったように見えた。




