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【04】ルキ・マギ・ナギリ【03】


 

 扉を開けて、カラカラという音と一緒に、車椅子に乗った彼女は出てきた。

 夜空に近い紫色の長い髪の女性だ。

 少し細い猫のような目。気品のある顔立ち。愛用のモノクルを付けた女性。


 それは。その顔は、よく知っている、顔だ。


 ただ、その右腕は、膝の上に置かれている。

 違和感に気付ける人間ならすぐ、その右腕が作り物の、義手だと分かるだろう。


 しかしながら、その車椅子は、よく知らない。

 何故、どうして、車椅子に乗っているんだ?

 目が合うと、彼女は急に立ち上がった。


「……! ライ!」


 おぼつかない足取りで歩く──独特な機械音。両脚とも、義足なのか。

「お師匠様! 危ないのだっ! あっ」

 よろめく。躓く。

 倒れる──よりも、早く、俺は、彼女の肩を抱いた。

 顔が近い。懐かしい顔だ。


 そして、俺は、何を喋ればいいんだ。

 言葉に詰まった時、彼女は、目を丸くしてから、そっと目を伏した。


「ライ、なのか?」


「あ、ああ。そうだ」

「そうか。キミ……死んだ、って言われてなかったかな?」

「いや。そう言われていたが、その」


 睨まれている。唇を強く噛んだ。ああ、怒ってる。




「キミ! 生きているなら、連絡の一つくらい寄こしてくれないかな!!」




 服が破けそうなほどに、胸倉を掴まれた。


「ボクが……どれほど心配したのか。分かっているのか……?」


 震えるような細い声で、彼女はそう呟いた。



 ◆ ◆ ◆



 家の中は、温かみのある木造だった。

 楕円形のこの部屋の壁は、本棚になっている。

 壁を埋め尽くすように多くの本が丁寧に並んでいる。


 暖炉は勿論煉瓦造り。薪木たちが煉瓦の前で誰が飛び込むか喧嘩している。

 その横をティーポットが飛んでいく。

 俺とハルルの上を通り過ぎ、壁に掛かっているマグカップを長い鼻で叩いた。

 マグカップは急いで空を舞い、俺たちの前に座った。


「ま、魔法ッス……」

 とハルルが呟くが、まさにそうだ。


「大したものじゃないよ。それぞれに仕事と役目を渡しているだけだよ」

 彼女は賢者だ。そして、当時最高の魔法使いだ。

 いや、現在でも、頂点に君臨するレベルの魔法使いだろう。 


「自己紹介がまだだったね。ボクの名前は」


「ルキ・マギ・ナギリ様ッスよね! 職業は賢者様!

 吟遊詩人の如く詩を詠むのが趣味で、ライヴェルグ様の詩と魔法技術の先生であり、

 有する術技(スキル)は【支配人(マネージャー)】。自身が所有する物に、

 名前と役職を与えて、与えられた物は、それぞれ意志を持ち、可能な限り遂行する。

 ただし、大切に扱ってない物や自分で管理が正しくできていない物は自分の意向に反してしまう。

 命令を下せばまた別であり、指示発令などで強制的に動かすことも出来る。

 十年前のデータで、十九歳でしたので現在は二十九歳。

 二月七日生まれで血液型はAB型の身長は当時155cm。

 体重43kg。初期、リンゴ5個分と回答。

 胸Bカップ。最初期はAカップと表記もあり。

 好きな色は夜の天幕色と月の雫色。黒背景に金色も好き。

 好きな異性のタイプは文学に理解がある人で、

 音楽はスローテンポの曲が好き。休日は、小説を読みながら

 レストロニア産の珈琲豆を使った珈琲を飲み優雅に過ごす。

 好きな食べ物はお菓子で甘いものが好き。

 でも飴が喉に(つか)えてしまうかもしれないと怖くて苦手。

 出身地は南の大森林の先にある魔女の森で、

 そこで賢女アルシュローズ様に拾われ──」


「ハルル、落ち着け。頼むから」

 俺だったらメンタルブレイクされてしまいそうな過去情報のオンパレード。

 流石にヒくぞ。


「ふふ。色々と凄い子だね、ハルルちゃんは。ライ、キミの弟子かい?」


「弟子じゃない」「弟子ッス」


「ふふ。何にしても、ボクの自己紹介は必要なさそうで何よりだね」

 俺とハルルを交互に見てから、賢者のルキは車椅子に深く腰掛けた。


「ただ、今の長口上には誤りがあるから幾つか訂正してもらおうかな。

 そうだね。今は、ただの学者さ」


 ルキはぽんぽんと車椅子を叩く。


「賢者、というのは、魔法戦闘に長けた者に与えられた称号さ。

 一人では歩くことは出来ず、戦闘の力を失ったボクは、学者と呼ぶのが相応しいよ」


「ルキ。その足は」


「ああ。最終決戦の時にね。足が壊れてね。毒を受けてたらしいよ。

 治療が間に合わなくてね。あの後、切断する他に無い状態だった」


 そう、だったのか。


「まぁ、不便していないよ。

 ボクは多くの物を操ることが得意だし、椅子に座り続けるのも苦痛じゃない。

 面白くて可愛い弟子にも巡り合えたし、悲観することは何もないよ」


「わーい! ポムもお師匠様大好きなのだーっ!」

 ポムがルキに抱き着いて笑う。


 優しく微笑むルキの姿は、昔とはずいぶん違った。

 ポムのことを、大切に思ってるんだな。

 

 そして、ポムもルキのことを好きで、いい関係だな。

 ……それに比べて。


「師匠、師匠っ。さ、さ、ささサイン、貰っていいッスかね? いいッスよね!?」


 ハルルは、小声で俺に確認を求めて来ている。

 そうだった。こいつは勇者ヲタクだ。

 俺の黒歴史を含む歴史を暗記している上に、さっきのルキのデータも全部頭に入っているんだろう。

 あれ、なんかうちの弟子怖いな。いや、まて、弟子じゃないが。


「ふふ。ボクのサインなんか欲しいなんて、不思議な子だね。雷の翼の中じゃ、人気が低い方なんだけどね」


「いえいえいえ! そんなことないッス!

 雪原の決戦や火山窟の戦いなど、胸躍る魔法戦闘は山ほど知ってるッス!!

 自分に魔法の才能があったら是非弟子入りしたいと思ってましたッス!」


「そうなの? じゃあ、ふふ。今からでもボクの弟子になる?

 魔法は技巧。練習すれば、誰だって上手になるよ」


 俺を一瞬見てから、からかうようにルキが言う。

 こいつ。こういう所は変わってないな。



「いえ。遠慮するッス!」



 即答で、俺は目を丸くした。

 あんなに魔王討伐の勇者を好きなハルルが。


「えへへ。弟子になりたいのは山々ッスけどね。

 ただ、自分は師匠の弟子なので、他の人の所にはいかない予定ッス」


 ……。

「ジン、ほっぺ赤いのだ~」


「うるさい。赤くない。暖炉が温かすぎるだけだ。春なのに暖炉があるのが悪い」

 矢継ぎ早に俺は答えた。

「それとな。さんざん言ってるが、ハルルは弟子じゃないからな」

「ふふ。そうなの?」

「ああ。そうとも」


「そうなのね。それと、ライ。キミは何で、ジンと呼ばれているんだい?」


 ……そうだな。ちゃんと話さないとな。



 そして、俺は、魔王討伐を終えてからの経緯を話した。

 ポムにも話すことになったが、ルキの弟子なら大丈夫だろう。


 俺が、魔王を討伐した時のこと。

 親友で仲間だったサシャラに寄生した魔王を、サシャラごと倒したこと。


 それを多くの民衆が見ていて、人殺しと揶揄されたこと。

 その処理として、王が、勇者死亡とし、存在を抹消したこと。


 ──賢者ルキはその時、治療の為、その場にいなかったらしい。

 それで、俺が秘密裏に生きていることも知らなかったそうだ。


 そして、今、便利屋のジンとして、静かに生きていきたいという話。

 ハルルという従業員のせいで、静かに暮らせないという話。


 話しながら、紅茶も進んだ。

 気付いたら、俺たちは笑っていた。

 ああ。そうか。

 何年経とうが、俺たちは、友達なんだな。

 今更ながら、そんな実感が胸に湧いていた。


 

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