【14】それが、何か問題でも?【05】
馬車の中には座席がある。
切りっぱなしの板切れを張り付けたような座席。
見た目通り硬く、座り心地なんて期待してはいけない。
馬の振動も重なって慣れるまでは最悪の一言である。
ただ、馬車の椅子が硬いのには一応、理由がある。
それはその仕組みだ。座席は開けられるようになっており、中に荷物を入れておけるのだ。
その為、座蓋などとも呼ばれるが──耐久力的な問題で硬いのである。そもそもが椅子じゃないなら諦めがつく……人もいるだろう。
そして、馬車に戻ると──
「メーダが丁寧にフラグ立てたから……」
「寧ろ雑でしたッスけどね」
「ほ、本当に馬車荒らしに遭うとはー……」
馬車の椅子、その全てが開けられていた。
「岩竜の素材は無事であります。鱗も爪も逆鱗も大丈夫そうでありますよ」
自分たちの素材入れにしていた座椅子の場所を漁るティスがそう言うと、ラブトルは胸を撫でおろした。
「よかった。無事だった……他のは?」
「私の背負鞄は無事ッス! 良かった! 勇者本は無事ッス!」
「自分は何も持ってきてないであります」
「私のも大丈夫かなぁ。まぁ布袋だけだし」
「……あれ。私の……私の背負鞄っ! 無いわっ!」
ラブトルが慌てだす。ティスは頷いた。
「確かにこの爪の間にラブトル殿の鞄はあったのであります。
それが無いということは盗まれてるのでありますな」
「最悪……っ! 買ったばっかりの魔法衣も入ってたのにっ!
いや、それだけじゃなくてっ! どうしよっ!」
「もっと高価な物、入れていたのでありますか?」
ティスが訊ねると、ラブトルは青い顔をした。
「……財布と……勇者証明書、中に入れっぱなし」
「それはマズいねぇー……」
「マズいんスか?」
「マズいよー? まずそもそも再発行がバリバリ高いんよー」
「そうであります。勇者証明書の再発行は金貨3枚であります」
「高っ! 安宿なら7日くらい泊まれるッスね! つか、なんでそんなに高いんスか?」
「勇者証明書は多くの情報を登録する為、
高価な術紙と鉱石の粉を使っているでありますゆえ!
さらに言えば、魔法式もしっかり組み込んでありますので、お値段は適正かと思われるであります!」
「なるほどッス! でも、ある意味よかったッスね。お金で解決できる問題ならまだ」
「それだけじゃないのよ……紛失自体にペナルティがあるの」
「え?」
「降格……。降格処分になるの」
「え、本当ッスか!? そんな重たい処分があるんスか!?」
「そーだよー? ハルルちゃんは、意外と知らないよねぇー」
メーダの言葉にハルルは苦笑いした。
「でも、犯人はまだ、そんなに遠くへ行ってないんじゃないッスか?」
「確かにっ!!」
ラブトルが少し大きな声を上げると、メーダはやれやれと笑った。
「じゃー、しゃぁない。手分けして犯人探しだねー。ティスちゃんも協力してくれる?」
「ええ。分かったであります。それに悪を放っておくことは出来ないでありますからね!」
「ハルルちゃんも……」
「もちろん協力するッスよ! 名探偵ハルルの実力、見せるッス!」
どこからか、ハルルは探偵帽子を被って微笑んで見せた。
◆ ◆ ◆
そして、『名探偵』による推理は理路整然と組み上げられた。
犯人像は、『無計画に近い計画犯』であろう。
馬車荒らしをするが、誰を狙うかは定まってなかった。だから全部の座椅子を上げた。
そして、『竜の逆鱗』という高価なアイテムに目もくれていないことから、『あまり価値を理解できていない』という印象。
助言する人間もいないのであれば、『単独犯』ではないか、という推測だ。
逃げた先は十中八九、西側に位置する森。
位置的に宿の方に行けば誰かしらに見られるし、北方向にある開けた道はハルルやラブトルたちが見ていた。
宿にいた人間が犯人の可能性は低い。今日に限っては、ギルド関係者ばかりだった。それに盗んだものを隠す場所も限られる。
というのが──彼女の推理。
「凄い、ティスちゃん……っ! 本当に探偵みたいね!」
「いえ。あくまで事実の列挙であります。
事実を並べて当たり前のことだけを積み重ねると、最良の事実が出るであります。
お師匠様の言葉であります」
彼女、ティスの推理であった。
ハルルはそっと探偵帽子を脱いでティスに被せて、優しく微笑む。
「もう教えることは何もないッス」
「何も教わってないのでありますが」
実際、森に入ってすぐに足跡を見つけた。
まだ新しい足跡は間違いなく馬車停まりから離れて行っている。
(この歩幅……小さいッスね)
少し行けば、遺跡のような瓦礫群が見えた。
建物と事件の痕跡という意味であれば、遺跡で間違いない。
ここは、廃墟だ。何年前の廃墟かは分からないが、石造りの小さな家だったようだ。
王国内は、大通りを一つか二つ抜ければこういう廃墟はゴロゴロと転がっている。
人魔戦争の時の物、それ以前の戦争による物。まだ手が付けられていない廃墟はこういう小さい家も含めれば、星の数ほどある。
そんな廃墟の中で、──その後ろ姿を捕らえた。
長い灰色の髪。僅かに見える肌の色は褐色。そして……特徴的な尖った耳。
南の国に住む、魔法に長けた長命な種族。半人の中でもかなり有名な種族。
「砂漠妖精人だ」
ラブトルが声を殺して言う。
砂漠妖精人。
湖畔妖精人と同じ種ではあるが、肌の色の違いから別々に暮らす種だ。
「色黒妖人でありますね」
「ティスちゃん、それ、差別用語だよ、今の世の中だと」
ラブトルが苦笑いする。その辺りは色々と複雑だ。
現代では肌が褐色のエルフを、アルヴと呼ぶことの方が多い。
ハルルたちが近づいたのに気づいたのか、アルヴの少女は咄嗟に振り返り、その鞄をぎゅっと抱きしめた。
「……どうやら犯人は、アルヴの子供、みたいッスね」
罪の意識があるからか、怯えている。
その姿を見てラブトルは頭を掻いた。
「何か訳ありみたいね。君は喋れる?」
こくり、とアルヴの少女は頷く。
よく見れば──その奥に多くの布が見えた。
(布……衣服を狙って盗んでいた、ってことッスかね)
「ふむ。貴方、その背負鞄、盗んだのでありますか?」
「……は、はい」
ティスの質問に震えながら答えた。その姿を見てティスはため息を吐き──ラブトルはその子に近づいた。
「背負鞄、返してくれるかな? お姉ちゃんのなんだ、それ」
「……はい……」
「どうして盗っちゃったのかな?」
「それは……その」
「ラブトルー。とりあえず保護した方がいいと思うぞー」
「そうッスね。事情、ありそうッスから」
ハルルはその足元を見た。靴も履いていない。
(体も痩せ細ってるッス……何かの事件か事故に巻き込まれた可能性が高そうッスよ)
「お姉ちゃんたちに付いて来てくれるかな?」
ラブトルが優しく言うと、アルヴの少女は困ったような顔をした。
「大丈夫、何もしないよ。お姉ちゃんたちと友達になろうか」
「ともだち?」
「うん。そうだよ」
「ラブトル殿。会話はその辺りでいいと思うのであります」
「でも、こんなに怯えてるし」
「いえいえ。大丈夫でありますゆえ」 轟──
「え?」
一瞬だった。
爆風が吹き、風に煽られてラブトルも、アルヴの少女もその場に転ぶ。
この一瞬で、何が起きたか、ラブトルは理解するのに必死だった。
目の前に。
文字通りの目の前に、『燃え盛る鉄の槌』。
それを辛うじて止めているのは、彼女も見覚えのある機械仕掛けの槍。
理解が追い付かなかった。
構図から、考えれば──そんなことがあっていいのか分からないが──こうなる。
『ティスがラブトルごと少女に振り下ろした鉄槌を、ハルルが辛うじて防御した』という状況。
「ティスさん……貴方……何やってんスか」
「? それを言うなら、ハルル殿であります。何故──」
「今、ラブトルさんとこの子を……殺そうとしたッスよね」
「……それが、何か問題でも?」




