【14】家に帰るまでがクエストッス【04】
◆ ◆ ◆
乗り合い馬車という仕組みがある。
一般人から勇者、果ては貴族まで、身分問わずに一定料金で利用できる。
ただし普通の馬車とは違い、目的地が決まっている。目的地までの途中にある『馬車停まり』という休憩施設で下車することも可能。
規則正しく、時刻に合わせて馬車が順路を行く仕組みだ。
時刻通りだと山賊や盗賊に襲われるリスクがある、と指摘されていたのは運用当初だけ。
警護の勇者を雇う仕組みも出来、更には乗っているのも勇者が多い。賊はどんどん手出しが難しくなったそうだ。
まぁ、とはいえ、賊にとって馬車は宝箱。狙われる時はしっかりと狙われる。
ただ、ここまでの帰り道に特別トラブルは無かった。
交易都市への帰り道。道の広い馬車停まり。
次の出発まで時間があり、思い思いに休憩していた。
「しっかし、ハルルちゃん、凄かったわね。強すぎない?」
ラブトルが苦笑いで言うと、隣を歩くハルルはそんなことないッスよ、と笑う。
「実際、ティスさんの方が強さ上ッス」
「まぁ階級も一つ上だしね」
「……んー、一つどころじゃない気がしますが」
「え?」
(身の捌き方、攻撃の仕方……ティスさんは相当に戦いになれていたッス)
5級というより、A級と言われた方が納得ッス、とハルルは言い掛けたが、その言葉は言わずにそのまま木陰に二人は歩いていく。
「後はギルド戻って、精算して……よし明日の予定もそのまま立てちゃおう!」
「家に帰るまでがクエストッスよ! 気を抜かずにー!」
「はーい、了解です、ハルルせんせ!」
丁度いい切株が2つ並んでいて、二人ともゆっくりとそこに座る。
空を見た。白い雲が魚みたいに泳いでいる。夏の終わりが、一番夏らしい。
そんなハルルの視界に、懐かしい道が映り込んでいた。
(あの道、おじいさんを助けた場所ッスね)
少しだけ懐かしい。
『絵描きのおじいさん』のことを思い出した。
「? ハルルちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないッス。ちょっと考え事を」
ラブトルに訊ねられて咄嗟にハルルはそんなことを言った。
(おじいさん元気してるんスかね。ふらりといなくなっちゃったんで)
おじいさんがくれた『あの絵』は陽が当たって変色しないようにしっかりと蓋をしてしまってある。
おじいさんは絵に名を打った。二人にその日がいつか訪れるように、絵には『いつかの日』と名付けられた。
衣裳に身を包んだハルルと、礼服を着たジン。
笑い合う二人の絵。
あれを飾れる日が──。
「分かった。師匠さんのこと考えてるんだ」
「ぶふっ……ち、違うッスよ」
「当たってる時の反応じゃん、それ」
「いや、別に。そんなことはッスね」
「実際、どうなの? 進展は? 共和国旅行、どう? どうだったの!?」
ぐいぐいと鼻息荒くラブトルは訊ねてくる。
「べ、別に進展とかは……今は、特に」
「今はー、ということは! 何か~あるんじゃぁ~ないか~。先の約束がぁああ!」
木の上からバサッと現れたのは黒髪黒目のメーダである。
「メーダ、アンタ、どこから出てんのよ」
「ひっひっひ、いや、恋バナ聞こえたから走って来た」
「は、話せる内容は特にないッスよぉ」
頬を少し赤らめて、ハルルは困ったように笑って見せた。
『話せる内容は無い』。
ラブトルとメーダの無駄な才能が、その言葉の意味を粒子レベルまで分解し──
(現状は変わらず。すなわち、変わる予定がある。ということ)
(話せる内容はない~。それってつまりさ~、話せない内容ならあるってことじゃない~?)
(何故、話せない? ヤッた? ううん、違う。そしたらもっと反応は違う筈。
寧ろハルルちゃんの性格からしたら隠す方へ意識が行くはず)
(話したら不都合~? ハルルちゃんにとっての不都合ってなると~……つまり)
「「デートの約束を取り付けた、ってことだね」」
──暗号解析機も真っ青な速度でハルルの言葉が丸裸にされた。
「な、ななな!!」
否定する間もなく、ラブトルはハルルの手を握った。
「隠す必要は無いわよ。寧ろ相談した方がいいわ」
「そーそー、絶対にそー、どこ行くの? あ、分かった、終戦記念祭が近いもんねぇー」
メーダは後ろから回り込んで、ハルルの肩を抱く。
(に、逃げ場無しッス! なんでこういう技を戦闘に使えないんッスかこの二人ッ!)
「この辺りだと、交易都市の周年祭かな? あ、ちょっと南に下れば海光祭もあるね! そっちのが幻想的だよ!」
「後はスタンダードに王都デートかなー。王都の終戦記念祭はいつからだっけ? もう始まってる?」
「来週からじゃなかった? ふっふっふー、後は尾行けないって約束するから、どこに行くかは教えてくれないかなぁ!」
「ひぃ、二人とも目がガチッス」
「おお。これが女子たちの恋愛トーク、恋バナというものでありますか」
「てぃ、ティスさん。助けて欲しいッス」
「助ける? 何からであります? もしその二人から助けるのであるなら不可能であります! 依頼中、武器を有する勇者同士の戦闘は規定によって禁止されているであります!」
「うう、取り付く島がないッス」「ええ、ここは陸でありますゆえ!」
「ティスちゃん! この子、デートするんだって、デート!」
「そうでありますか! 自分は一人で歩くのが好きでありますので、二人で歩幅を合わせて歩く意味が全く分かりませんが、こういう時は素敵だと褒めろと教わっているのであります!」
「その説明文が無ければ完璧だったよ~ティスちゃん~」
「で、実際はどこ行くの? いつ行くの?」
「い、いや……実は、その、場所はよく分かってなくて」
「? お祭りの場所は決まっているのでは? 彩月27日の王都中央公園でありますよね?」
ティスが首を傾げると、隣のメーダが笑いかけた。
「んーとねー、実は終戦記念祭ってもう始まってるんだよねー。場所によっては」
「なんと。ルール違反をした勇者が魔王を討伐した日が『終戦記念祭』の日ではないのでありますか!」
「そこは魔王討伐日。今は何だっけ、夜明けの日だっけ? まぁその日の前後が丸々終戦記念祭かな」
「なんと。そうなのでありますか!」
「まぁ、各地で勝手にお祭りをやってるのよ。ただ魔王討伐日に一斉にやると集客効果が薄いから、敢えてバラバラにやって集客を狙ってる。って前に受付嬢さんから聞いたわよ」
「え、そういう理由だったんスか。知らなかったッス」
「理由はまぁどうでもいいんじゃない? とりあえず、お祭りが各地でたくさんある。楽しいことだしねぇ。だからそれよりもさ」
「……ハルル~、デートの準備はどうするんだ~い」
ラブトルとメーダがニヤニヤと邪悪に笑っている。
「え、えっと、デートの準備って、なんでしょう」
「着る物、可愛くしないとさ」
「それに髪も。せっかく白いんだし、ちょっとおしゃれしちゃおうか」
「え、えへへ。いやぁ、それはその」
「喜ぶと思うけどなぁ。ハルルちゃんが可愛いカッコしたらさ」
「そーそー、あのお師匠様、絶対に顔赤くするよー? みたくないの? 照れてるお師匠様~」
「そ、それは……ちょっと、その。見たい、ッスけど」
「ハルル殿は、自分のお師匠様が恋愛対象なのでありますね。自分もお師匠様やスタブルさんを好きでありますが、恋心は分からないゆえ、詳しく知りたいであります!」
「え、ぁ、ぅ」
「ティスちゃん。まだハルルちゃんは恋愛感情持ち立てだから直球発言は止めてあげて」
「まだ『コレガ ココロ』状態だから~」
「そんなゴーレムじゃないッスよっ!! もっと自我あるッス!!
……って、あれ。ちょっと待ってくださいッス」
ハルルは真剣な顔に戻り、皆の顔を見た。ラブトル、メーダ、ティス。
ここには4人全員が揃っている。
「どうしたの、ハルルー?」
「えっと、パーティ全員、ここに揃ってるッスよね」
「そだねー?」
「私たちの荷物の番、誰がしてるんスか?」
「──あ」「お」「?」
「ティスさん、最後に馬車から出た?」
「そうでありますが」
「……えっと、馬車に最後残る人は……」
次の人が来るまで荷物番をする。それが勇者の暗黙の了解だ。
だがそこまでラブトルは言いかけたのを見て、ハルルは咄嗟に立ち上がった。
「ごめんなさいッス! 私、荷物番してなかったッスね!」
ハルルの声に、あっと、ラブトルは声を詰まらせた。
荷物番のルールは、あくまで暗黙の了解。
ティスはそういうのに疎そうなのは数時間で十分にわかっていた。責めても仕方ない上に、約束してないことを言うのは違う。
「ご、ごめん」
「? 何故ラブトルさんが謝っているであります?」
「んー? ラブトルが本当は悪いからかな〜」
メーダが冗談めかして笑う。
「なんと!」
「じゃ、私は急いで戻るッスー!」
笑顔を絶やさないハルルを見て、ラブトルは顔を暗くした。
その尻をぱんっとメーダが引っ叩く。
「ひんっ!?」
「まぁ〜ラブトル〜人は失敗するものだ〜気落ちするなー
それにーここの馬停まりは治安がいいさー
盗まれるなんてそんな可能性、万分の一もないだろーさ!」




