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【14】彼女の決まり【03】


◆ ◆ ◆



 ティスの起床時間は朝7時25分。

 一度、20分に目を覚まし、その後二度寝を5分する。

 損をした気分にならないようにしているとのことだ。

 そして洗面所で顔を5回洗い、歯を磨く。

 身に付ける服は同じものを5着持っており、着回しして使っている。


 ティスは、昔から変わっていた。

 融通が利かない。頑固。自分の世界の人間。

 あるいは、異常者と呼ばれていた。


 彼女には、彼女の決まりがある。


 例えば、枕元に置く物の配置。

 左から順に『短剣』、『時計』、『裏返した法典』、『コンパス』、『水筒』だ。

 これらは必ず同じ配置、同じ向きで置かれる。少しでもズラそうものなら、翌日は誰とも口を利かない。それほど怒り狂う。


 例えば、食事。朝食は必ず焼いた薄切りのパンに、どろりと溶かしたチーズを乗せる。

 飲み物は、今日は何の飲み物か説明すれば、果実系飲料なら何でもよくなった。

 昔はブドウしか受け付けなかったが、少し柔軟さを得た。


 勇者になる前も、なった後も、五番曜(きんようび)は必ず休み。

 まだ7・8歳だったティスは、同じ道を同じ歩幅で歩いて教会に行き、そこで5時間程過ごしたら、俺の所に来て食事をする生活をしていた。


 そんな生活を3年ほど過ごし、俺が23歳になった頃。年齢的に遅くはあるがようやく王都で勇者の仕事に就くことが決まった。それを伝えて明日からは食事を一緒に出来ないと説明したら、ティスは怒り狂って『スタブルが居ないのは、迷惑だ』と叫んだ。その姿をよく覚えている。


 彼女には、彼女の決まりがある。

 同じ位置にあるモノは、常に同じ位置にあって欲しい。

 永遠に。何も変わって欲しくないんだろう。


 ティスは、人より少し説明が必要な子なだけなんだ。

 馬車道で突然に立ち止まったら轢かれて危ないので、立ち止まらずに歩かなければいけない。とか、雨が降ったら傘を差さないといけない。とか。


 一つずつ、全てのことを教えてあげれば、ちゃんと分かるし、ちゃんと出来るようになる。


 そして、別れてから六年後。

 王都で再会した時、その頑なさは変わらず──寧ろそれをさらに強くしたような印象を得た。

 正義に対する絶対的な盲信。


 それが、その後ろにいた目隠しの『師匠』と名乗る男の影響なのか。

 それとも、俺が一緒にいられなかったことが原因なのか。

 答えはもう分からない。


 ただ、妹のように大切に思っていた女の子を、これ以上、壊されたくないと切に願ったのだけは、真実だ。



 ◇ ◇ ◇



「あの、スタブルさん! 聞いてます!? にへら!」


「ん。ああ、すまない。考え事をしていた」

 背が高く、無精ひげが特徴的な仏頂面の男は適当な相槌を入れた。


「ティスさんには、実力に合った階級になって貰いたい、と言う話です」

 そう詰め寄って来たのは、背が人より低く、目がとても大きな小動物のような顔の受付嬢だ。


「そういう話だったのか。それは困ったな。どうにか5級に留まれないだろうか」

「ダメです、特別な理由がない限りは!」

「ん? あるぞ。特別な理由」

「え!? あるんですか!?」

「ああ。ティスは特別に5という数字が好きだ。それから星の形も好きで」


「そういう特別じゃないんですよっ! 身体的怪我とか心的外傷(トラウマ)とか!」

「そういうのは無いな」

「ならっ」「だが……降格処分だとティスはキレると思うが」

「あの。そこからですか? 会話最初っから聞いてないじゃないですか……」

「何?」

「だーかーらー」

 彼女は目を閉じて、ふぅーと息を吸い……カッと目を開いた。



「『飛竜』を単独で討伐するような5級、どこにいるんですかっ!! って話です!!」



 机の上にあるティスの勇者証明書(ライセンス)を指さしながら、受付嬢は声を荒げた。

 そこには依頼履歴(クエストログ)という機能がある。

 自動でどの依頼を達成し何を倒したのか記録されている、そんな便利機能だ。

 昇格や降格の重要な参考データとなっており、今回はそれが一悶着起こしているようだ。


「……いないものなのか?」


「いないものです! それに、他の履歴(ログ)も! 

単独討伐は『飛竜』2頭、『半獣半人(デミデーモン)』4頭! 

更には隊を組んでの討伐は『野小鬼(ゴブリン)集落殲滅』、『不法滞在半人(デミ)取り締まり』! 

もう即A級に昇格してもらいたい! そう言っているんです!!」


「ああ。そういう話なのか」

「そうです! にへら!」

「なるほど。だが、ティスは昇格しない」

「だからっ」

「ティスは変わらない」

「はい??」

「ティスは、5という階級を変えたくないんだ。ずっと5でいい。好きな数字と、好きな級章(タグ)を背負っていたい筈だから」

「……どんな理屈ですか」


 ◆ ◆ ◆



 岩竜が──悲鳴を上げる。


 赤い髪の少女が舞う。

 正確無比な鉄槌がその額に目掛けて振り下ろされた。

 黒曜石のように鋭く尖った石が飛び散る。


(鋭い技ッスね。狙った場所に確実に当てに行ってる、見事な攻撃ッス……!)


 白い髪の少女が行く。

 怯んだ隙は見逃さない。

 飛び散るその礫を避けて、騎馬槍(ランス)は一直線に放たれる。


(美しい一撃でありますね。しなやかで淀みのない速さと破壊力のある技でありますね……!)


 赤熱した赤い髪を一つ結いにした少女、ティスは自分より背のある鋼鉄──巨大な鉄槌(スレッジ・ハンマー)を振り回して着地する。

 その横に、銀白の髪を靡かせた少女、ハルルも着地し槍を構えなおす。


「ハルル殿、やるでありますね」

「ティスさんも、凄いッスね!」


 岩竜を相手に、ハルルとティスは連携して戦い──善戦している。

 いや、善戦どころじゃない。

 相性が良いのもあるが──圧倒していた。


 ティスのハンマーが岩鎧(がいひ)を砕き、剥き出しの肉をハルルの槍が貫く。

 岩竜の高い防御力と再生力を二人が確実に無力化していた。


 竜に限らず動物は、死地に立てば相手を噛む。

 岩竜も、矮小だと思った人間が思った以上の強敵であり、死に瀕していると理解していたのだろう。


 甲高い鳴き声が響き、地響きが続く。

 岩竜は正真正銘の捨て身──突進を敢行した。


 対して、ティスとハルルは真剣に前を向く。


罪と咎と憂いを(オールァシンズ)──『焼き去れ(バーンダウン)』」

「『爆機槍(ボンバルディア)』──習技(エチュード)


 ティスは目を閉じ、燃え上がるように赤く色を変えた鉄槌を水平に構えた。

 ハルルは目を見開き、されど腕の力を全て抜いて機械の槍をだらんと構えた。


 岩竜は止まらない。怒号を上げながら、まっすぐに。




魔女を裁く鉄槌(マレス・マレフィカント)

虚仮一針(こけいっしん)!」



 赤熱する鋼鉄から生じた(ねつ)

 爆裂した鉄槍から生じた(ひかり)



 二人の炎が、岩竜を砕いた。



 

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