【13】ルッス【15】
『今年の冬は越えられない。次の春を……見ることは無いだろう』
狼先生の言葉に、オレは唾を呑んだ。
「次の冬……って、後数ヶ月もしたら、冬ですよ」
『そうだ』
「……そんなに、時間が無いんですか」
『……そうだ』
秋の後は、冬だ。
2ヶ月もすれば冬に入る。5ヶ月もすれば春と呼ばれる。
当たり前のことが、心に重くのしかかった。
『寧ろ、あの子は凄い。生命力か、精神力か。
……沈塊症の発症した前例を見ると発症後、10年以内に命を落としている。
激痛と倦怠感を抑えてるとはいえ、ゼロではない筈だ。
この子は生まれつきの病で持っていたみたいだからな』
だからって、良かったとは言えない。
「……治療の魔法、どうにかならないんですか?」
『模索はしているよ』
「……例えばですけど、オレの身体の部位を丸ごと入れ替えるとか」
『臓器移植というヤツだな。……私も考えたがね。
この病気の厄介な所は、その毒と病が形ある塊で内蔵臓器に転移癒着するんだ』
「転移癒着?」
病気が動くの? 何それ魔法? いや魔族的な何かか?
『そうだな。説明が難しいが……血の流れに乗って体のあちこちに住処を変える、という病気なのだよ。
いや違うな。増えるんだ。血の流れに乗って、次々にな』
そんな魔物みたいな病気……いや、狼先生が言うなら、そうなのか。
『……最終的には、心臓を含めて全部取り換えなければならない。
どうやっても今の魔法や医学じゃ、治しようがない。奇跡でも起きない限り』
奇跡?
奇跡だって?
……そんな言葉を、狼先生が──魔王が、言うなんて。
オレは、唇を噛んだ。
「でも、全部、取り換えればいいのか? なら、オレいいよ。いくらでも差し出すぜ。
心臓でも脳味噌でも目ん玉でもさ、命でも……なんでもいいからさ」
『……ガー。気持ちは嬉しいがね。それは』
「それはどうしても無理みたいだよ。血液の形とか、相性とかもあるからね。くすくす」
黒緑色の髪を靡かせて、月に照らされた白い肌の少女は、静かに笑っていた。
「レッタちゃん」
起きてきたみたいだ。起きぬけで、目を少し擦っていた。
「ガーちゃん。ありがと、命までくれようとして」
「……そりゃ。まぁ、うん。そうだよ。レッタちゃんの為なら、差し出すよ」
レッタちゃんはくすくす笑った。
笑ってから、目線を逸らして見せた。
「ごめんね。ガーちゃん。私は、もう治療の魔法でも治らないんだ」
「そんなこと、言わないでくれよ」
「くすくす。でも、分かっちゃうんだよ。
狼先生の魔法で痛みとかは全然感じないんだけどね。
時々、魔法が切れたタイミングとかで吐き気とか眩暈とか、頭痛……は前からだけど」
治療に専念したら、とか……回復の魔法を試したら、って……言うべきだと思ったけど、言えなかった。
この世界で魔法を極めたと言っても過言じゃない魔王が、奇跡でも起きないと不可能だと告げた時点で。
聖女級に回復魔法に長けたレッタちゃんが、治療出来ないって言っている時点で。
マジに。本当に──助からないのかよ。
手から、血とか力が抜けていくような、代わりに寒気のような嫌な感覚が体に入ってきた。
怖い。いなくなってほしくない。そんな気持ちが。
「だから、好きな人にもう一度会いたい、ってことなのか?」
「……そう。一目でいいから。……一言でいいから、喋りたいの」
レッタちゃんは目を瞑って、少し優しく微笑んでいた。
まるで……ああ、それは、好きなんてレベルじゃないんだろうな。
温かい。愛みたいな光すら、そこに在る気がして。
ああ……うん。
レッタちゃんがそんな顔する程、なら。
「……レッタちゃん」
「? 何?」
「オレ。何が出来るか分からないけどさ。必要なら命だってなんだって渡す。
どんなことだってする。だから……」
「うん」
「死ぬ寸前まで、生きること、諦めないでくれ」
「……くすくす。ガーちゃんたら、本当に。ガーちゃんなんだからー」
まるでオスちゃんみたいな言い回しだなー!
レッタちゃんは、くすくす笑って、オレに突撃してきた。
両肩を支えて、レッタちゃんを見る。
小さい顔を、オレの胸にぐりぐりと押し当ててくれた。
「大丈夫だよ。ガーちゃん。私、いい子じゃないの知ってるでしょ?」
レッタちゃんはくすくす笑った。とっても、爽やかな笑顔で。
「私は、我儘だから。生きられるなら生きる。悔いなく、自由に生きるから、大丈夫だよ」
「うん。ありがとう、レッタちゃん」
オレは──強く抱き締めていた。
温かい。ちゃんと、体温がある。ああ。うん。
「ガーちゃん?」
「ほんとに、ありがとう……」
「どうしてお礼?」
「いや……なんでだろ。何か、レッタちゃんが生きていてくれるだけで、嬉しくて、ありがとう、って言っちゃった」
「くすくす。情熱的だね」
レッタちゃんは、オレの背に手は回さない。
でも、そのまま目を瞑って、オレの腕の中に居てくれた。
だから。オレは、これが幸せで。幸せで。
『まぁ、情熱的な所アレだが、そういうのは私が見ていない所でやってくれ』
こほんと咳払いした狼先生がそう茶化す。
「あ、さーせん」
と言いながらもオレは離す気はないがな!
でも、少しオレの中でも整理がついてよかった。
「……次の目標は、死者蘇生の為に、聖女様から回復の術技を手に入れる、ってこと、だよな」
『そうだな。それに聖女の術技はとにかく必要だ。
ただ、そろそろ【術技戻法】を回収しなければならないだろうと思っている』
「私は最初から最優先って言ってたのに」
『それはお前がルキに挑むと言って聞かなかったからだろ。
それで怪我をして紆余曲折になってしまったのだ。
あの無駄な戦いが無ければ最優先で探したんだぞ?』
「ふーんっだ」
ご機嫌斜めだなぁ。
『まったく。まぁ、今のあの子は術技の無いただの女の子だ。
準備が出来たら索敵魔法ですぐに探せるさ』
「? 術技の無い女の子? スキル・リバーサー?」
そう言えば、だいぶ前に術技以外で探している子がいるって言っていたな。
「うん。術技戻法。私の研究の集大成。
けど、それを身につけたお姉ちゃんが行方不明なんだ。
本当はね、術技集めより先に動きたいんだけど師が」
『ともかく、ハルルの件は後回しでいいだろ。あの子の出身地は分かっている。
東方面に捜索の魔法を掛ければすぐに見つかるさ』
ハルル?
「……? ガーちゃんどうしたの?」
「あ、いや。……その、探してる子の名前って……ハルルっていうのか」
『前に話したろ。スキル持ち以外で少女を探していると』
やべ。そう言われると前に聞いた気もする。
「うん。珍しい名前だけど、そうだよ」
「そのさ。ハルルってさ……白髪の女の子か?」
オレの言葉に、レッタちゃんが目を見開いた。
「ガーちゃん。知ってるの?」
語気が、いつになく強いように感じた。
「地下大迷宮で一緒に行動してた女の子だよ」
「え、だってその子は『ルッス』って言ってなかった??」
「あ、え。ごめん。その、略称だわ……。その子は、ハルルって名乗ってた。語尾がッスで。槍を使ってる勇者で。そうだ、ルキと一緒に行動してたみたいだ」




