【13】『落とし物』【12】
──死体の数が増えた?
「どういうことだ?」
「だから死体。死者行方不明者数が16名で死体の数が19名。おかしいことだろう?」
ルキは首を傾げながらそういう。
俺は腕を組んだ。
「確かに変なことが起きたな。だけど、別に取り立てて騒ぐことなのか?」
「そうだね。だけどどうしてこんなことが起きたのか。気になってしまってね」
そうか。
まぁ、ルキが気になる、というなら……何かしら意図があるか。
「……俺は便利屋で探偵じゃないんだが」
「だとしてもキミなら何か分かるかと思ってね」
「いやいや、分からんて。……あれじゃねぇの。敵の魔族の死体とかじゃないの?」
「それはボクも最初に考えたよ。でも違うようだね。死体を見てきたが、魔族とは思えなかった」
「思えなかった?」
「ああ。いや、大きく損壊していてね。十中八九魔族ではないだろうとね」
大きく損壊?
「どういうことだ?」
「顔の一部や手、臓器の一部などが無くてね。まぁボクも検視のプロじゃないから何とも言えないが、おおよそ人間らしい部分が多く見て取れたんだ」
お手上げだよ。とルキが笑う。
まぁ、ルキが俺に聞くなんて、本当にお手上げなんだろうな。
……仕方ない。頼られたら断れん。
ただまぁ昔から苦手なんだよな。
丁度そこの地下大迷宮に入った時もギミックだの謎解きだのって俺の性に合わないというか……。
「写真とか無いのか?」
「ああ。あるよ。死体が見つかった時の現状保存で幾つか写真を撮っておいたんだ」
少しショッキングな写真だけども、とルキが付け加えた。
「それは今更だろ。俺たちは」
「ああ、そうだね。ずっとそういう戦場に居たんだから」
苦笑いを浮かべたルキの手に写真が三枚あった。
「3枚とも、全員が10代。全員が少女だよ」
一枚目の被害者の写真は半身欠損。左側が切断されたように存在しない。
二枚目の被害者の写真は両脚欠損。それから火傷か。皮膚が焼けて爛れている。
三枚目の被害者の写真は大幅欠損。頭は辛うじて無事だが、胴体が焼けている。内蔵が無いのはこれだろうか。
……なるほどな。
「ルキが気になった理由も頷ける」
「だろう?」
これは戦闘での傷を装っているが……戦闘の負傷ではなさそうに見える。
もちろん、村の襲撃時の負傷の可能性もあるだろう。
だが。
「ここまで激しい襲撃じゃなかったんだろ?」
少しの偽装したような痕跡がある。しかし、これで偽装だとしたら杜撰だな。
「ああ。そうだ。惨殺されたような遺体はこの外には三人だけ。
ただ、そっちの三人は切断系ではない。殴る蹴るのような暴行を加えられて惨殺された、というのが正しい。
そして共通するのがその村の戦士長たちということだ」
「ふむ」
戦士長。所謂、村長だな。
鬼人族や竜人族などは村で一番強い人間が村長になるという習わしがあると聞く。
村を襲うならその戦士長を狙うのが当然だ。
「村を押さえてから子供を殺す……っていうのはやっぱり違うよな」
「そうだね。……あのパバトという気持ち悪い変態魔族が襲撃していれば尚更ね」
「パバト……ああ、二人が変態魔族と口を揃えて喋っていたアイツか」
ルキとハルルが変態魔族だ! と超言っていた。
そいつは俺らが倒す前の元魔王腹心の四翼衆が一人。
残虐な性格らしく、人を甚振り肉体的精神的苦痛を与えることにより快感を得る異常性癖の変質者。
そして何より、少女性愛者。平たく言えばロリコン。
「あの変態魔族なら『殺すなら捕まえて性行為を強制する』だろうさ」
「ふむ。そうか」
『その後』で殺して遺棄した可能性も十分にあり得そうだが。
うーん。俺は別に推理が得意な訳じゃないのだが……。
「何かわかりそうかい?」
「いや、マジで期待しないでくれって」
推理とか謎解きは苦手なんだよ……。
でも、そうだな。せめて俺に出来ることは……。
「確定していることをまとめよう」
「?」
「今、ここにある事実が四つある。一つ、死体を誰かが持ってきたということ」
死体は勝手に生えてこない。誰かが持ってこない限り。これは確定。
「二つ。この死体はここで作られた死体じゃないってこと」
ルキも薄々は気づいているだろうからアレだが、死体の写真の血飛沫の固まり方、血の溜まり方が少し可笑しい。
特に、内臓を取り出されたと思われる子が分かり易い。
この場所で殺して開腹していれば、斬った場所からまず大きく血が飛び出す。
にもかかわらずこの血飛沫は均一に飛び散っている。
「三つ。杜撰だが、誰かが死体を偽装した。というのも事実だな」
「ふむ。そこまではボクも理解している範疇だな。しかし、四つ目だと?」
「ああ。四つ目は単純だ。これが『不測の事態』への応急処置的な対応だったってことだな」
「……不測の事態? 応急処置的な対応? どういうことだい?」
「不測の事態の内容までは分からないぞ?
ともかく、この殺しをした奴にとって不都合なことが起こったんだろ。
だから死体を急遽偽装して遺棄し、逃げた。
そして……その不測の事態は村が襲われたことじゃないように思える」
「……何故?」
「あくまで俺が思うことだけどさ。心理的に、もし村が襲われたこと自体が不測の事態だったのなら、その村に死体を遺棄しには行かなくねぇかな? って思うだけ」
実際は村が襲われたことが不測の事態で、仕方なく死体をそこに置いた、って可能性も十分にあるけどな。
「ともかく最後の不測の事態の持論以外が事実。
とりあえず材料不足で何も分からんっていうのが現状じゃないか?」
「ふむ。まぁ……そうか。でも流石、隊長だ。ボクが分かっていなかったところも分かったよ」
「それなら良かった」
「ジン……ボクは、どうにも。嫌な胸騒ぎがしてね」
「この死体が増えた事件がか?」
「ああ。何か、嫌なことが起こるような。そんな気がするんだ」
俺は少し微笑んで、ポケットに手を突っ込む。
「……考えすぎじゃねぇか? ルキ。お前は昔から時々考えすぎてると思うぞ?」
「そうだろうか」
「そーだよ。……それに、大丈夫だろ」
「?」
「何があっても、俺も居るし、ハルルもサクヤもいる。
それにお前は弟子のポムだっているんだから。大丈夫だよ」
「……ふふ。そうか。ジンがそう言うなら、大丈夫なんだろうな」
ああ、大丈夫だよ。
事実の四つ目。自分で喋っていて気付いた。
犯人は、杜撰ながらも死体を偽装して逃げた。
いいや、もちろん、逃げてない可能性もある。
村人の誰かが犯人だった場合は、今からの考えに当てはまらない。だけど。
もし、犯人が逃げていたとしたら。
それは、そのままこの現場に居たら『誰かに見つかる』という事実の表れではないか。
誰に見つかることを恐れた? 魔王か? いいや、時系列を追えば。
俺たちだ。
人間……勇者に見られることを、恐れたのではないだろうか。
そしてここからは……俺しか知らない情報の『憶測』。
偶然に、拾った物がある。
それと──今回の死体が増えた件が、繋がってしまったら。
駄目だ。憶測は……口に出してはいけない。
まだ確定していないんだから。
ルキの車椅子を押しながら、俺はポケットの中にある『落とし物』に触れる。
決してルキに悟られないように。
この『落とし物』を、俺は手で潰し折った。




