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【13】数が合わないんだ【11】


 ◆ ◆ ◆


 当時一番キツいって思ってた稽古は、素振りだ。

 ある一定の時期を越えたら、素振りをしていれば心が落ち着くくらいにまでなる。

 それこそ『一針』不乱に剣を振れるようになる。


「98……ッ! 構えて……99……ッ! 構えて……100……ッス!!」


「おし、100連突き終了だ」

「はっ……はい、ッスッ」


 汗だくで、膝から崩れて座り込むハルル。

 流石のハルルもキツそうだ。


「大丈夫か?」

「だいぶ……慣れたッス……! 三日も、槍、振れば、えへへ」

 そう言ってハルルは苦笑いで頷いた。

 喋りが下手になるくらいに疲れたようだ。それもそうだな。


 訓練開始三日目。

 ほぼ毎日やっているのが、この同じ構えでの素振りという訓練だ。


 定番の訓練ではある。

 約三時間、ノンストップで槍を素振りすればそりゃ腕も痺れる。

 それと槍を突き出すという動作は身体全体を使って行われる。

 足にも腰にも負担が来るのだ。


「ほれ。水分補給」

「あ、ありがとございますッス……? これ何なんスか?」

「ああ、流石に知らないか、この水筒」

 水筒。獣革を用いた水袋が一般的だろう。

 今でこそその辺の露店で水筒買っても問題なく使えるが、昔は粗悪品掴むと獣臭くて水分補給どころじゃない。

 それに対して、俺が今渡したのは、女子の腕のような大きさのツルツルした木筒である。


「東の水筒で、竹という物を使ってるそうだ。サクヤのコレクションだな」

 竹の水筒。王国じゃ珍しい代物だ。

「わぁああ! これがあの緑の水筒ッ! 勇者日報で読んだことがあるッス!」

 急に元気になったな。


「いっぱいあるからくれるってさ」

「やったーっ! サイン貰うッス!!」

「本当にくれそうだな。そうだな──くれるのか、サイン?」

 そう言いながら振り返る。

 俺の後ろに、サクヤが──おお、珍しいな。綺麗だな。

 ん? サクヤの顔が少し暗いように見えた。どうしたんだ?


「サクヤさんっ! 何ですか、その服! 凄い綺麗ッスね!」


「ふっふーん! いいでしょー! 僕の正装です!」

 すぐに明るい顔に変わり、ハルルと笑い合い始めた。

 暗い顔に見えたのは勘違いか?


「着物か。久々に見たな」

 サクヤが着ているのは着物だ。

 東の遥和(はての)の国の普段着であり、鬼人族の伝統的な民族衣装でもある。

 身の丈に合った布を身体に掛けて、腹の辺りで帯を結んだものだ。

 それだけ耳にすれば、古代の哲学者たちが体に布を巻いていた姿みたいなのを思い出してしまうだろう。

 しかし、良く計算された衣服であり運動性も通気性も良い。

何より華やかだ。

 色々な柄があり、サクヤが今着ているのは黒地に桜花の柄が刺繍された目を引く着物だ。

 桜花柄は季節と違うが──サクヤの家紋章(シンボル)が桜に関連するから選んでいるんだろうな。


「サクヤといえば着物だな」

 出会った時も着物だったのを、今更思い出した。

「にひひー、そうだよー! 猫と言えば小判! 兎と言えば祝術(のりと)! 

サクヤと言えば着物だよ!」

 その例えで本当にいいのか最終確認を問うべきか?


「本当に似合ってて綺麗で可愛いッスっ!」

「にひひ、ハルルちゃんは思ったことを素直に言ってくれて可愛いなぁ! サインくらいならいくらでも書いちゃうんだからねっ!」

「わぁあああい!!」


 サクヤとハルルは仲良くなっていた。

 まぁ年齢も近いし、打ち解けるのに時間は掛からなかったようだ。


「そうだ、ハルルちゃん。お昼ご飯まだでしょ! 準備するからちょっと待っててねー!」

「あ! でしたらお手伝いするッス!」

 飯か。確かに少し腹減ったな。

「じゃぁ俺も何か手伝うよ」


「ああ、ジン。少し待ってくれ」


 ふとルキに呼び止められた。

「少しだけ話をしたいのだが」

「ん? ああ、いいぞ」


「じゃぁ師匠の分も作って来るッスー!」

「べ、別に隊長の為に作ってあげるんじゃないんだからね!!」

「お、おう。ありがとな二人とも」


 二人の背中姿を見送った。

 さて。


「ルキまで正装か」

 ルキの服装、いつもと少し違った。いつもはワンピース系の姿なのに、今日はシャツっぽいモノを着て……。

サクヤがさっき『正装』って言ってたな。ルキのこれも正装か。


「二人とも正装って、なんか会議でもあったのか?」


「おお、鋭いね。そうだよ、朝から会議だったのさ。いや、会議と言うより被害報告かな」

 その話をしたくてね、引き留めたんだよ。とルキは呟いた。


 ◆ ◆ ◆


 魔族の二人。名前は、スカイランナーとパバト。

 その二人に雪禍嶺(せっかりょう)は、襲撃された。

 スカイランナーは狼姿の魔王が殺し、死体を確認済み。

 パバトは地下大迷宮の深穴に落ちたのを確認済みだそうだ。


 死者行方不明者数が16名。

 村三つが襲撃された上に、魔族の過激派である『12本の杖』の幹部2名の事件にしては、奇跡的なまでに少ない人数で済んだと言える。

 だが、少ないから良かった、という意味では無い。


「……もう少しだけ胸糞の悪い話をするよ」

 調査報告の書類を見つめながら、ルキは言葉を続けた。


「死者行方不明者数の半分以上の12名が15歳以下。残りはその関係者の親族である」

 ああ。納得した。

 さっきハルルと一緒に会った時、サクヤは暗い顔をしていた。

 この報告がきっかけか。


「それで、俺を引き留めた理由はその報告の話をする為だけじゃないんだろ?」

「ああ、うん。……流石、我らが隊長だね。そう、ちょっと引っかかってね」

「引っかかる?」



「ああ。……数が合わないんだ」



「何? ……じゃぁもしかして、魔族の誰かに誘拐された、ってことか?」

「いいや、そうじゃない」

「え?」




「多いんだよ」

「……は?」






「死者行方不明者数は16名。死体の数が19名。死体が増えているんだ」



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