【13】ぐっすり眠れる世界【08】
◆ ◆ ◆
ベッドの上に大の字で倒れ込む。
はぁー……背中が痛くない。やっぱり洞窟内で寝るのは厳しかったな。
サクヤは、部屋や風呂まで、色々と準備してくれた。
よく考えれば、幾つかの村がスカイランナーとパバトとかいうヤツに襲撃されてその事後処理で忙しい最中だ。
ここまで手厚くしてくれて、どっかのタイミングでお礼をしないとな。
ふと、サクヤが宛がってくれた俺の部屋に、皿が二枚重なったような磨かれた石があった。
これは、懐かしい。ただ、はは、やっぱり壊れているな。
そもそも構造上脆い代物だ。ただ、何か直せそうだな。
「それ、何なんッスか?」
「おおおおぉっ!? ハルル!? ……びっくりした。どこから沸いて出た……!?」
「人を虫みたいに言わないでくださいッスー! え、扉から入りましたよ?」
あれ、本当だ。扉が開いている。
ヤバいな。俺、ちょっと気を抜きすぎてたな……。
「で、それなんなんッスか?」
「ん……ああ、暦読み石だよ」
「え、カレンダー?」
「ハルルも小さい頃に見なかったか? 十年前はよく使われていたぞ」
「見たような、見てないような、ちょっと見たような」
「まぁ、宿とかはもっと壊れ難い星読み暦とか使ってそうだしな」
「そうかもッス。どうやって使うんッスか、それ?」
ハルルの実家は宿屋兼農家らしいから、石読みは使われてなかったのかもしれないな。
この石読み暦は、一方の石皿に月が、もう一方の石皿に日が刻まれている。
その月日に合った数字が光ることによって、月日を読める仕掛けとなっている。
「今は中の噛み合わせが可笑しくなってるから動かないが、日光か月光に当てればその光の魔力の量で暦を算出してくれる」
「へぇ! 便利な代物ッスね!」
「ああ。ただ、物凄い壊れやすいんだよ。だから持ち歩きは不便だ。
まぁ壊れやすい反面、直しやすいんだがな」
直し方を知っていれば直せなくはない。
主に壊れる理由は中のゼンマイが外れてしまう為だ。
内部構造は、仕掛け上仕方ないが本当に脆い。
ただ、こういう機械というのか、ゼンマイが組み合わさったモノ。
そういうもの、俺は割かし好きだ。
「ほんとに手際いいッスね。ずっと見てられるッス」
「飽きないか? こんな作業風景見てて」
「全然飽きないッスよ! 私はこういう細かいの苦手なんで、見てて面白いッス!」
そうか。それならいいんだがな。
「石読み暦は最近見なくなった。紙の精算や流通が安定したのもある。
今は紙に暦や絵が描かれた物が流行ってるしな」
「そうッスね。よく売ってますよね」
「もしかすると、後十年もしたら、紙の方が暦読みなんて言われる日が来るかもしれないな」
「こういうものが無くなっちゃうの、なんだか寂しいッスけど」
「まぁ……確かにな。魔法具らしく職人技が感じられるからな……よし。これで直った」
「おお! 師匠ってホントに器用ッスね!」
「まぁこれは壊れやすいから、直し方を自然と覚えたっていうのもあるがな……さて、後は魔力を溜めるだけだ」
今日は、常雪の国、雪禍嶺にしてはいい月夜だ。晴れているし、月の魔力とやらも十分に拾えるだろう。
石皿は窓辺に置くと、音が鳴り始める。中の記録爪が動き出したんだろう。カリカリという音が鳴る。
「鼠が家の裏で引っ掻いているみたいな音ッスね」
「確かに。可愛いな」
「音は可愛いッスけど、鼠は可愛くないッスよ!
貯蔵庫の野菜食われるし、そこからすぐに菌が増えてカビてっ! 厄介な動物ッス!」
「旅の途中じゃ気にしたことなかったが、そうなんだな」
「ええ! 怨敵ッス」
「はは、怨敵か」
ちょっと笑ってしまった。
そして、音が無くなる。暦が合わさったのだろう。
「出来たな」「わっ、綺麗ッスね!」
石読み暦は、石全体が淡く発光する。
甘い蜂蜜みたいな優しい黄色の光が出ていた。
そして、数字の刻印を見れば、該当する月日が赤く光っている。
「木染の月の、23日、ッスね!」
「そうかもうそんな日か」
木染の月も下旬に差し掛かっていた。
「雪禍嶺だと夏って感じが全然しないッスねー! でも夏だから雪が少ないってさっきサクヤさんが教えてくれたッス!」
「そうだな。冬の雪禍嶺は出歩けないレベルだからな」
「その時にも来てみたいッス」
「お前、冬得意なの?」
「えへへ。暑いよりかは寒い方が好きッスね! 寒ければ着ればいいッスから! でも暑いと全部脱いでも暑いッスから!」
……全部、脱──。
「あっ! いや、どこでもかしこでも脱ぐとかそういう意味じゃないッス!!」
「必死のフォローが逆に怪しいな」
「もーっ! 慎みある淑女なんで、脱がないッスよっ!」
「……部屋でタンクトップ一枚で腹出して寝てるやつが、慎みある淑女?」
「あ、あれはっ!! あれはっ! 師匠が帰って来るの早すぎたから油断しただけッス!!」
「油断ねぇ。まぁ、本当に幸せそうな顔で寝てるもんな、お前」
「えへへ、まぁ、寝てる時は実際幸せッスね」
「はは。まぁ俺も同感だ」
寝られるのは、幸せだ。
不意に、外を見る。いい月だ。
ハルルと居る時に空を見て、嫌な空だったことは無い。
「見張りも立てずに安心して寝られる。武器を手元に置いておかずとも静かに寝られる」
「? 師匠?」
「平和って、いいなっていつも思うんだよ。目が覚めた時にいつも思う」
「えへへ。そうッスね。……師匠たちのお陰ッスよ」
意図せずにハルルに言われ、俺は言葉を返せなかった。
「師匠たちが、……いえ、あの戦争で命を懸けてくれた全ての人たちが切り拓いてくれたから。
私や、みんながぐっすり眠れる世界なんスよ! だから、本当にありがとうございますッス!」
「そうか……そうだな」
俺たち、それだけじゃなく、一緒に戦いぬいた、俺も顔を知らない人たち。
決死で、懸命で、どうにかして作られたのが今なんだな。
「ありがとうな。ハルル。……この時期になると、やっぱりちょっと気が沈んでな」
「この時期? ……あ」
「ああ。来月だろ。終戦の日」
秋の只中、冬が始まる前。
彩月の27日。
それが──俺が魔王討伐を果たした日。




