【13】親【05】
◆ ◆ ◆
俺は、暗闇が苦手だ。
情けないだろ。でも、俺だって苦手なものの一つや二つはある。
いや、別に夜が怖くて泣き出したりはしないぞ?
意識の中で、やっぱり暗闇は苦手なんだ。
特に、いつもは見えている筈の場所が見えなくなるのが苦手だ。
俺が家に帰ってすぐ灯りを点けてしまうのは、根柢の恐怖からかもしれない。
昔、暗い所に二ヶ月近くいた。
昼は光が少し差し込むけど、夜は真っ暗になる。
そういう暗がりに俺はいた。
木の根を齧って、自分の衣服を食べて、それでも空腹に喘ぎ、死にたくないと声を殺して泣きじゃくる『俺自身』が、いる。
──暗闇の中で震えた骨と皮しかない痩せすぎの『俺』。
両親を俺は知らない。名前も『イヴェール』で本当に合ってるのかすら不明。
物心付いた時には教会にいた。そして六歳の時に教会が吹っ飛んだ。
急に笑わすなって? 仕方ないだろ──本当に文字通り吹っ飛んだんだから。
魔竜なんちゃらっていうヤツが突風の槍を町に叩き落としたらしい。
その時の状況は最悪だったそうだ。
町が吹き飛ばされて、魔竜がそこを根城にした。
魔竜討伐は二ヶ月かかり、死者は『百何十人』。生存者は数名だけ。
俺も後一日遅ければ『百何十人』の方に入ることになっただろう。
俺が生き残ったのは、ただの幸運だった。
だが、助けてくれた人間に言わせれば、幸運なんかではないとのこと。
『お前は生きる気があった』
俺は──両脚が骨折し身動きが取れない中、木の根も齧り、服すら食い、家屋の基礎の間に滑り込んで、泥と瓦礫の中で息を殺して生き延びていた。
偶然、湧水もあって……思い出したくないが虫もいたから……なんとか、なった。
その時のことを褒められても感情は動かない。
六歳の子供がとにかく生き延びる為にやったことだからだ。
助けてくれたのは風変わりな女だった。
それが、俺の剣士としての始まり。彼女が師匠。
『名前はアマサキ。偽名だよ。サキさんとお呼び! なんてな』
この人は、もう……滅茶苦茶に破天荒だった。
勝気。男勝り。喧嘩っ早く、大酒飲み。最早山賊なんじゃねぇかと何度疑ったことか……。
ただ、俺にとって、その師匠は親みたいなものだ。
破天荒で、強くて、筋金入りの馬鹿もやらかす人。
率直に、好きだった。
でも、当時は──いや、実は今もだけど、俺は内向的だった。
近くの村のガキどもに、いつもイジメられていて、泣きながら帰るのがほぼ毎日だった。
師匠はそういう問題に首を突っ込まなかった。自分で解決するのを待っていたんだろうな。
その都度、筋トレをさせられていた。そういう自衛策を与えようとしていたのかもしれない。
ちょっとは腕っぷしがあった方がいい。そう言われ、鍛えるのが続いた。
ただ、どうにも負荷っていうのは掛かっていく。
『本当の親でもないくせに』
そう言葉を投げつけてから、俺は青ざめた。
ガキだったが、言っちゃいけない言葉がある、言ってから気付いた。
師匠は──キレた。可愛げとかはない。マジ、怖かった。
ビンタされ、首絞められて、吊るされて。
一日中無言。
ただ昼ごはんはもらえた。
そこから無言で迎えた夕飯の最中。
『お前の産みの親になることは、一生出来ねぇな。物理的によ』
師匠はそう言った。俺は謝りたいけど言葉が出なかった。
追い出される。傷つけた罪悪感。世界が終わるような恐怖を今でも覚えている。
『お前、冬生まれなんて寒々しい名前は今日限りにしようぜ』
え? と聞き返した時、師匠は最高の悪い笑顔で笑っていた。
『お前は今日から『ライヴェルグ』って名前にしろよ。
古い国の言葉の『極光』にお前の名前を掛け合わせて
『極光が落ちる山』!』
『まぁもっとイケメンな名前が本当はあるんだけど。
考えてから行動しちまうお前にはぴったりな固い名前だろ? なはは!
お前の産みの親にはなれないけどよ。
名付け親ってことには、なれるんじゃねぇかな、ってさ』
言ってから、師匠は、『恥ずかしいな、おい!』と大笑いして見せた。
俺は、泣いていた。泣くんじゃねぇよと脅されながら、泣き笑いした。
それが、俺の名付け親で、恩人で、恩師。
これが、俺の──ライヴェルグの始まり。
その日から俺は師匠のことを師匠と呼ぶようになった。
それから『天裂流』の技を教えて貰うことになる。
最初に教わった技は──そう。今は使わない技。
なんでこんなことを思い返しているのかって。
そりゃ、まぁ、部屋の掃除と同じだな。
今から、使う古いモノを探してたらアルバム見つけて脱線。
そんなとこだよ。
◇ ◇ ◇
「天裂流の必殺技! お願いするッス!」
「基礎飛ばして奥義を知りたいとか、流石だな、お前」
「えへへ! でも嬉しくて! つい!」
少し頬を上気させ、爛々と輝く翠石のような瞳で見つめられる。
彼女の名前はハルル。ぴょんぴょん跳ねる度に銀白の髪が柔らかく揺れている。
ハルル。彼女は自称弟子だそうだ。自称である。
「嬉しいのか?」
「はいッス! 師匠の技、ちゃんと教えて貰えるなんて!!」
「まぁ、そうか。そうだな」
前は稽古。体力づくりに毛が生えたようなものだ。
絶景は習得は簡単な部類の技。
天裂の奥義ではあるが、あくまで小手先の技だし、他流派や武術じゃ有名だしな。
今度は戦闘の技を教える。
まぁ──相変わらず、弟子は取りたくない。だが、今回ばかりはしっかり教えようと思う。
というのも……今回の戦闘、ひいては先の蛇竜戦から感じていた『危うさ』が露呈したので、基礎訓練以外にも色々と教えることにした。
危うさ──それは、いい意味ではハルルの強みだ。
彼女は、誰かの為に己を犠牲にする強さがある。
んなもん強さとは呼ばねぇ! と叱ったばかりだが、実際はその行動力は尊敬に値する。
「まぁ、必殺っちゃぁ、必殺になるのか?」
「やったぁ! 必殺技! 必殺技! やっぱり一撃で山とか消し飛ばす技なんスか!?」
「いや、そういう技じゃない」
「じゃぁ内部から炸裂し消し飛ばす技ッスか?」
「だいぶ爆機槍に偏った思考になったな……。
今回は、俺も最初に教わった技だ。技の名前を『一針』という。
これは安全な戦闘の立ち回りにも繋がる技だ」
「おおお!! どんな! どんな技ッスか!!」
「ふむ。まぁ、俺の師匠の言葉を借りると、だな」
「はい!!」
ハルルを見る。
小動物のキラキラした目。楽しそうなその笑顔。
俺は──ルキを見習って──悪戯っぽく微笑んで見せた。
「『犬でも出来る技』だそうだ」




