【13】私に流れる血のような原動力【04】
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私は──月並みで恥ずかしいけど、父の仕事が好きだ。
私のことを知っている人は、夢はやっぱり『その仕事』をすること? って聞いてくる。
カメラが好きなことからも、文章を書くことを嫌がらないことからも、歴史に詳しいことからも。『その仕事』を連想させるらしい。
ただ、夢とか憧れで括れない。
私にとって『その仕事』は、仕事じゃない。
日常生活に当たり前のように存在していて、気付けばいつでも隣にある。
そして、私の体で育った器官のよう。
それは。
◇ ◇ ◇
私の住んでいる王国最南端の『国境の町』は、砦みたいな町だ。
あそこに見える山が良い防壁代わり。その山の向こうが獣人の国。
あの国とは今から二十年前くらいに戦争があった。
私がまだ生まれる前だし、十年前の人魔戦争の方が大きい戦争だったから、学舎で習った程度の知識だけど。
その戦争の後、この国境の町が出来た。
要所として砦が堅牢になり、勇者の数も物凄い多い。
南方の国々は、正直に言って王国に対し敵意を持っている国が多い。
獣人の国がその筆頭だが、その更に南に住んでる砂漠妖精人とか砂の国とかも貿易はするが内心で良く思っていない種族や国が多い。
歴史的背景が色々とある。最低限の知識は頭にあるが、説明するとややこしく長い。
簡素に言うなら、奴隷にした過去があったり、侵略した過去があるのだ。
とりあえず、南から来る相手は、『友好半分、敵対半分』と思わないといけない。
そして、ある意味の『仮想敵国』と隣接するこの町は『常に平和』でなければならない。
他国から見て『安定しており、安全』でなければならないそうだ。
小さな騒ぎは当たり前のように揉み消す。大きな事件なんて『あってはいけない』のだ。
先の『領主トゥッケ惨殺事件』で、この町は大騒ぎになってしまった。
私の作った手配書も騒ぎを大きくした要因の一つ。
『これ以上の騒ぎは絶対に葬り去れ。』
というのがギルド内での風潮。
だから。
きっと今日も、『平和を取り繕っているはず』。
翌朝。──私は公休だけど朝一番にギルドに来ている。
ギルドはいつもと変わらないように見える。
ただ、そう見えるだけ。
ここで働く人間だからこそ分かる『騒然』がそこにはあった。
いつもギルドの表に出てこない裏方の仕事の子たちが、受付の近くで働いている。
つまり、バックヤードに居られない──偉い人間か、騎士か勇者が奥にいるんだろう。
バックヤードは基本的に会議室も兼ねている。
普段は内勤の人はそこで働くけど……そこを使えないってことは、やっぱり緊急の会議でもやっている状態、ということだろう。
「レンカちゃん! 良い所にっ」
先輩の受付嬢さんが大慌てで言ってきた。
すぐに頷いて倉庫側へ移動する最中で「実は、指名手配犯が」と、教えてくれた。
「指名手配犯?」 あの子、って分かってるけど、聞く。
「そうっ。この町で、勇者とか皆を虐殺したらしいの」
──受付嬢さんは、あの事件の後に着任した人だ。
だから、その当時、このギルドが『どんな状態だったか』は知らない。
トゥッケという領主がギルドマスターをしていた時代。
このギルドはならず者の巣窟状態だった。
だから。言ってはいけないけど──アレが殺されて、正直、助かったと私は思ってしまっていた。
「他の町では聖女を殺したり、魔王を復活させて世界を破壊しようとしているらしいのよ」
「そうなんですか?」
「ええ! そういう噂よ!」
噂。噂か。
情報が少ないんだから、噂が真実のように見えるのも仕方ない。
父は昔言っていた。『噂を一々精査する程、暇な人間は少ない』と。『だから事実を早く伝えるのだ』とも。
「獣人国とも繋がってたり、人体実験も行ってたって聞いたの! そんな危険人物が地下にいると思うと怖くて!」
「そうなんですね」 誰から聞いたかを詳しく知りたいけどね。
奥へ行くと、むさ苦しく暑苦しい状態だった。
「まだ会議中みたいだけど、ギルマスと話したら仕事振って貰えるかも」
「了解です」
カウンターの方で勇者が『すみませーん』と声を上げた。
受付嬢さんが急いで受付に戻るのを横目に見てから、私はギルマスたちの会議を眺める。
ギルマスや先輩たちが対応を検討していた。
「早馬で一番近い詰所に」「とりあえず応援要請を」「あまり騒ぎを大きくすると隣国守備の観点から……」
「獣人にまた『外交』をかけれるのはマズい」「国内が安定してないと思われては……」
──王国の軍本部では、『離れた相手との通話する為の機械』を作っていると聞いたことはある。試作品を置いていると聞いたけど、まだ南部地域には行きわたっていない。
だから連絡はまだ馬とか狼煙に限られる。
彼らの話を聞く限り、狼煙を打ち上げることは無さそうだ。
喋りかける隙間も無さそう。彼らは会議に熱中している。
「元勇者の参謀が出張ってる案件ですよ」「あの頃に殺しそびれたと後悔しているとか、城じゃ噂になっていたな」「雷の翼の汚点ですか。もしそうなら失脚が狙えますね」
「確証はないが、魔王の隠し子などとも言われている」「東の帝国とも繋がってるとの噂だ」
「先日の聖女殺害事件、近隣の村も襲ったとの噂」「死を振りまくのは魔王と同じか」
熱く話している。また噂だ。
自分のロッカーから『愛用の手帳』と『羽根ペン』を取り出す。
そして横にある──ギルドの備品保管庫のダイヤルを回す。
ダイヤル番号は、左に3回47、右に2回18、それから……。
ガチャっと、開く。
カメラだ。ああ、あった。よかった。
私はカメラを持って、地下への階段を降りていた。
噂……確証はない……誰かから聞いた。
その言葉を聞いて、二つの気持ちが湧き上がっている。
噂に振り回されるな、という『怒り』の気持ち。
そして。
この世界には事実が必要だ。
事実を見つけて、伝えなければいけない。という『燃えるような情熱ともいえる』気持ち。
それが、──常に私の隣にあった『父の仕事』。
青臭い言葉を使えば、事実を知りたい、伝えたいという欲求と情熱の体現。
地下牢を降りると、見慣れない勇者がいた。
赤金の髪の眼鏡の子。誰だろう。
それよりも。それよりも。
背中を押されるような熱風に、前のめりに牢へ向かう。その熱風が、好奇心。
絶対に──絶対に、みんな知りたいはず。
この子が、どういう子なのか。
何故、事件を起こしたのか。
牢の中に、あの子がいた。
白い囚人服。長い黒緑色の髪に、紫色の目。
その目と、私の目が合った。
「? 誰だ? あれ、どっかで見たような」 黒い肌の男──彼も撮った。
「あ、前に会ったね。写真撮ってくれた人だ」
ああ、覚えててくれていたみたい。嬉しい。
じゃぁ。
私はカメラを構える。そして、愛用のメモ帳を構えた。
「インタビューしても、いいですか? にこにこ」
父のような『記者』になりたいのか。よく問われる。
申し訳ないけど、本当によく分からない。夢とか憧れとかじゃない。
ただ、『記者』は、自分の中に常にある。
探求は、私に流れる血のような原動力だ。




