【13】勝手に牢に入るなー【02】
◆ ◆ ◆
『書いた記事で多くの人を説得出来る優秀な記者が居たとしたら、その人物は世界を支配するのも容易いだろう。』
その嫌味は、私の胸と……あの石に、刻まれている。
私は、事実を曲げたくない。物事を伝えるなら、公平に伝えたい。
でも、まぁ……大人なんだし、曲げなきゃいけない時もあったのにね。
私は、部屋からヴィオレッタさんの『一通りの行動』を見てから、ベッドの上に横になった。
そして、枕元に転がっている紙を引っ張り出す。
それは、手配書──の原本。
ヴィオレッタさんの手配書。今、世に出回っている物の原本だ。
ああ、これの写真撮ってる時、楽しかったなぁ。
狼もノリノリだったし、男の人も陰影が凄くやり易かった。
何より、ヴィオレッタさん。どんな構図でも、自分を魅せるのが上手だった。
まるで。なんだろう……女優だね。
──手配書の作成は、ギルドの仕事。
そして、手配書作成には慣例が存在する。
それは、手配犯の写真を撮った人間が手配書を作るというもの。
実際に見た人が書いた文章がリアルだから、っていう理由もあるだろうけど……まぁ面倒事は持ってきた奴が最後までやれ、っていう意味なんだろう。
ただ、この仕事は嫌いじゃない。
罪状欄を埋める時、起きた事件を調べて、ありのまま書くのがルール。
撮るのも、調べるのも、書くのも苦じゃない。
それで調べて書くうちに……ヴィオレッタさんの手配書の詳細欄に『書いてしまった』。
領主のトゥッケが惨殺された事件の引き金は、『一人の少女』の暴行殺人事件がきっかけだった。
『マキハ』という勇者の少女が、トゥッケと対立。
数十人で、マキハを暴行し殺害。
その後、ヴィオレッタはギルドでトゥッケ領主を探していた。
場所を知り、彼女は砦へ乗り込み、トゥッケ氏を惨殺。
……その事実をまとめた物を、詳細欄に記入した。
消すべきか、と思った。事実を曲げるべきじゃないかと。
これが、手配書で撒かれたら……南方の統治体制の問題点が露呈するんじゃないかと。
迷ったけど。私は。
消さなかった。
結果──まぁ、滅茶苦茶に怒られた。
ギルマスたちが気付いたのは、もう王国全土に撒いた後だったらしい。
一・二ヶ月は、腫れ物に触るような扱いをされ……そして今日。
少しほとぼりが冷めたタイミングで、カメラを返却させられた。
まぁ、私がやったこと、冷静に見たら王国への反逆罪みたいにも見えるしね、これくらいの罰で済んでよかったのかもしれない。
ああ、ちょっとずつ眠くなってきた──一度、寝よう。
明日は公休だ。
でも、多分、明日、ギルドは大慌てになってるだろうから……ちょっと覗きに行こう。
◆ ◆ ◆
薄暗い地下牢の前で、前髪が死滅している細い顔のオジサンが咳払いをした。
覇気は無い。だが、着ている服装は皺の無い良い服だ。
「初めまして。じゃあ調書作るから話そうね。僕の名前はゲッハー。
一応、先月から着任したギルドマスターです」
挨拶を横目に見て、ヴィオレッタは欠伸をする。
「えーっと、ヴィオレッタちゃん。苗字は何て言うんだい?」
「んー。決めてない」
「ヴィオレッタ・キメテナイね。えっと、ミドルネームはあるかな?」
「違うんだけど」
「ヴィオレッタ・チガウ・キメテナイね。それでさ、次は」
「マジムカつく。おじさん、ちゃんとやってよ」
「決めてないって返事が世の中のオジサンを舐めてる返答なのでこっちも舐め返しました」
「くすくす。大人気ないね」
椅子に座ってヴィオレッタはくすくす笑って足を組んだ。
「とりあえず、仲間はどうしたの?」
「心配してた」
「さてはオジサンと会話する気ないね、キミ?」
「まぁ、そうかも? 皆は今頃寝てるよ」
「どこでだい?」
「さぁ? あったかいベッドかな?」
「まぁ、答えないなら仕方ない」
そもそも仲間の場所を吐く悪党など、意外と少ないし、と口の中でギルマスは言ってから、調書に記入をしていく。
「何故、自首しようと?」
「自首する約束したから」
「自首する約束?」
「うん。だから自首しに来た。賭けが引き分けだったから」
「賭け? もう最近の若い子は全然わかんないね」
「で、牢に入ってればいいの?」
「ああ、その前に手出して。縛るから」
「嫌」
「あのね、嫌とか好きとかで決める話じゃなくて──おーい、勝手に牢に入るなー」
「【靄舞】、動け」
「おーい、勝手に進めるなー」
「それから閉めろ」
靄を操作し、南京錠を自らの牢に掛け、ガチャっと鍵が閉まった。
「後、食事よろしくね。自首すると貰えるって聞いたから」
「いやいや、あのね、オジサン怒っちゃうよ? 分からせちゃうよ!?」
オジサンが立ちあがり机の上にある杖を掴んだ。
──黒い靄が杖に付いていた。
バチバチッっと破裂音が鳴り──その杖が燃えた。
「私は自首してる。早く食事。それから囚人服も着てみたいから持ってきて」
「え、えー、何この犯人、やだわー、怖いんですけども」
「まだ?」
言われ──オジサンは腕を組み真っ直ぐにヴィオレッタを見る。
拳を握る。そして。
「僕はこう見えてギルドマスターだ」
「聞いたよ」
「37歳でギルマスって、相当な実力派なんだ」
ギルマスは立ち上がる。そして、腕を組んだ。
ヴィオレッタは置いてあった椅子に座り、足を組み直す。
ギルマスは、こほんと咳払いする。
「誰かー!! パン持ってきてー!!! それから囚人服もよろしくーーッ!!」
階段の上に控えてるスタッフに大声で注文をした。
と、すぐに階段を誰かが下りてきた。眼鏡の勇者だ。
「早い対応! いいね!」
「あ、すみません、ギルマス。今の注文は準備出来てなくて。
ただ、他にも牢に入れたいんですがっ、大丈夫ですか?」
「ええ、何、今日に限って……」
「酔っ払いで、何か勇者を殴ったらしい半人の男で……目が覚めたら調書を取りますんで」
「まったく。牢屋ここしかないんだから……まぁ、仕方ないか」
そうして、運び込まれたのは──人よりも黒い肌の男。
だが、ヴィオレッタは小首を傾げる。
ヴィオレッタのよく知っている男の顔なのに──何故か、髪の毛がある。
しかも全然似合わない金髪。
カツラを被ったガーが、ヴィオレッタの入っている牢に投獄された。




