【13】受付嬢 レンカ・バーズ【01】
窓から差す朝日も、空の明るさも、本当に……怠い。
ぼんやりと置時計を見る。
その針が6時22分になるのをしわくちゃの布団の中で、見ていた。
時々目を閉じるから、実質寝てると自己暗示を掛けながら。
目覚鐘音が鳴った瞬間に音を止めて、起き上がる。
昨日、寝たのが1時半過ぎだから……4.5時間睡眠くらいかな。
……にこにこ……。出勤です。
朝ごはん? 作らないよ。無理無理。
職場についたら何か買うよ……。
はぁ……仕事……行きたくない。
服は、何でもいい。どうせ職場で制服着るし。朝だから誰とも会わないし。
ああ、でもカメラだけは持っていかないと。
早朝、6時22分。
起きて、顔を洗って歯を磨いて、服を着て、鞄を背負う。
そして、一番大切なカメラを首からぶら下げる。
安価なものではないし、そもそも職場の物だ。
だが、一番よく使うのが私だから、私が常に持ち歩いている。
景色や人物の時間を切り取って保管できる。
私はそれが、とても好きだ。仕事は、今辛いけど、ね。
カメラは別。こだわりがあって……って、行かないと。
職場まで12分。適度な距離過ぎるよ。
慣れた道を、いつも通りに歩く。
朝の一枚。何でもない花を撮影した。
すぐに一枚の紙が現像される。……はぁ。駄目だ。こんな花、綺麗じゃない。
ため息を吐いてから、商店街に差し掛かる。
この時間でも商人の方々は活発だ。
ちょっと前に事件があったのに、そんなことを忘れ去るような力強さが商店街にはあるらしい。
けど、私はそれを見ても、時計の歯車が回っているような感想しか持てなかった。
初めて時計の歯車の動きを見た時は感動した。今ではもう何も変わり映えのしない部品にしか見えないし、心が動くことは無い。
6時51分。職場に到着。
そこは、勇者ギルド。私が務めているのは、……この勇者ギルド。
そこの受付嬢です。
ギルドで働こうと思ってる人がいるなら、胸を張って言える。絶対にやめた方がいい、って。
今、勇者ギルドは国営になって、そりゃお給料も安定した。
だけど、やる仕事が、タコの足ほど増えた。
受付嬢って笑顔でやってればいいんでしょ、って思う村娘が居たら、助走を付けてぶん殴りたいね。
必須の仕事がまず事務。
依頼書の策定、依頼達成者の報酬受理処理、依頼失敗者の履歴登録。
新規勇者の情報登録に、事故があれば事故手当。
主だった勇者側の書類はそれくらい。
そしてギルド用の書類は、自分の勤怠管理表、依頼達成率調節、納品書策定、業務日報作成……。
細かいのまで考えたらキリがないほどある。
事務だけも頭がパンクする寸前だったのに……昨今、色々増えた。
例えば、六年前から施行された全ギルドの酒場義務化。
これによってギルドで働くスタッフはほぼ全員が厨房と給仕を出来るようにならなきゃいけなくなった。
さらに食品の入荷なども行うことになり、入荷管理が何倍にも膨れ上がった。他のギルドでは 近隣の酒場と業務提携してる等も聞くけど、うちはそうじゃない。
そして、一昨年から増えたのがギルドショップの拡充。
ギルドで回復薬や傷薬、竜捕獲用スプレーや発閃光筒……そのほかお役立ち道具を販売しろという指示が増えた。
まだ、業務はある。ギルドの宿管理に、新人勇者教育。営業、会議、企画発表……。
ここまで積まれた仕事を前にして『時間内でやるのが社会人。定時までに積み仕事を終わらせるんだよ』と言って来たヤツは、全員逮捕で良いと思う。
さっきも言ったけど、勇者ギルドは国営化した。
だから上司は必然的に『現場を知らない人間』が来る。だから、必然的に、不可能な量の仕事が飛んでくることが多い。
勇者ギルドの裏口で、暗証の呪文で中に入り……上司の言葉を思い出す。
『10時開店なんだから、9時くらいに来て仕事始めてくれればいいからね』と。
あのさ。
自分の背丈よりも高く詰まれた木箱。木箱木箱木箱。
壁だ。どうやって奥に進めばいいのか、誰か教えて欲しい。
今日は、ギルドショップ用の在庫の納品日。
この入荷量を、朝9時入りで捌いてって?
出来る訳ないだろっ、馬鹿かよ!
割れ物マークが貼ってない木箱を思いっきり蹴る。
やってられない。こんなの、本当に、やってられない。
けど、終わらせないと、ギルドの開店が出来ないから……私は、今日も、一人で荷分けを行う。
今日はやたら多いと思ったら、見たことない機材まで搬入されている。なんだろこれ。
説明書には……見慣れない言葉の羅列。
組み立て式……動画映像、同時放映装置……? 動画映像? 何それ。
終戦記念祭用の備品? 祭りで試験運用し、年末にまた使用する為、完全保管すること?
ナニコレ、滅茶苦茶、重い……。
けど、カメラみたいで、ちょっとテンションは上がる。
けど、重すぎた。全部片づけ終わって……ふぅと一息。
両脚に泥濘を注射したような疲労感。
はぁ。きつかった。
時刻は9時8分。上司が来た。いつも早いねと言われるが、何も返事が出来ない。
夜勤組が返り、朝勤のメンバーも揃う。
そして、お決まりの……朝礼だ。
昨日までの損益説明。依頼達成率説明。今月の目標まで進捗が何パーセントか。等など。
「──では、最後に訓示唱和を致します。本日の唱和はいつも朝から頑張ってくださるレンカ・バーズさん、お願い致します」
最悪。当たった。
というか朝から頑張るって、皆の前で言われるのも嫌なんだけど。
……でも、当てられたからにはやるしかない。
「……訓示唱和致します。『協同の奉仕の基、社員は相互の協同意識を持ち社会への奉仕の精神を常に忘れることなく、弛まずにギルドを盛り立てます。ギルドは、勇者様の功績に貢献するべく一丸となって行動いたします』」
「はい。ありがとうございます。では、皆さん、笑顔の練習です。歯を全部見せるように笑って! 目を瞑っても相手が見えるほどに笑顔を作って! はい、語尾には必ず」
「「「「『にこにこ、にっこり、笑顔を現わす単語を必ず付けます。にこにこ』」」」」
最早、邪神信仰かと思う程の、謎のルールを皆で再確認。
マジで、怖いよね。この邪神信仰……。
そんな朝礼が終わり、仕事が始まる。
矢先だった。
「レンカさん。ちょっといい?」
「はい?」
「そのカメラ、返却してもらっていいかな」
「……え。な、どうしてですか?」
「ちょっと言い辛いんだよね……まぁ上からの指示で、なんだけど」
「……私がヴィオレッタさんの写真とかを、たくさん撮ったからですか?」
「ま、まぁ、少しはそれもあるかもだけど、とにかく、命令でね」
──そういう言い回しにするってことは大部分が私の責任か……。
「とりあえず、いったん、預かる」
「あ……。はい」
手から、カメラが離れた。
肩が、軽かった。
……そして、その後、退勤するのは16時。仕事が終わるのは20時過ぎ。
その後片付けをして、21時。他の子の仕事のヘルプもしたら22時。
帰りがけに次回の商品の発注書を業者さんへ届けるから、帰宅するのは23時過ぎ。
氷洞庫を開けても、何も入ってない。
もう食べるのはいいや。シャワーを浴びて着替えて、ベッドに座ったのが0時過ぎ。
窓を開ける。カメラは──ない。
日課の夜景撮影は、出来ないらしい。
でも、掌で枠を作って、夜景を切り取る。
カメラ好きなんです。
それで……あのヴィオレッタさんたちを撮影できたの、本当に楽しかった。
また、カメラ、持ちたいな。
最南端、国境の町。
勇者ギルドに務める私は、この町の片隅で私は水を喉に詰まらせた子供のように、溺れながら生きています。
あれ。
掌で作った画の中に──目を擦る。
でも、消えない。
町の外れを、一人の少女が歩いている。
あれは、あの子は。
私が撮った、指名手配写真の──ヴィオレッタ、さん?




