【04】膝枕くらい、いつでもするッスよ!【01】
朝七時の搾りたての太陽光が、ともかく眩しい。
涙が出る。やばい。本気で眠い。……いや、自業自得だが。
深夜三時まで山賊狩りを行い、寝ようと思ったが、妙な深夜テンションで寝付けず、寝落ちできたのが朝五時頃。
二時間も仮眠せずに、今、乗り合い馬車に乗っている。
「えへへ。師匠、この槍、本当にありがとうございますッス!」
「ああ、うん。気にするな。でも、それ一本と剣一本しかないんだからな。壊さず戦えよ」
「はいッス! 丁寧に扱いますッス!」
まぁ、昨日の山賊から仕入れた武器だ。使い切って壊しても構わないがな。
「万が一、その武器が壊れたら、相手の武器を奪い取って戦えよ?」
「はいッス!」
「生き残るためにはどんな武器でも区別なく使うように」
「はいッス!」
目を少しこすりながら、よろしい、と呟いた。
「師匠、昨日寝れなかったんスか? 大丈夫ッスか?」
「ん。ああ、大丈夫だ。問題ない」
「なるほど。ジンは旅行が楽しみで眠れなかったのだ?」
「ちがわい。というか旅行でもない。あーダメだ。突っ込む体力もねえ」
「いいッスよ。少し寝てても?」
今、馬車は出たばかり。俺たちのいる交易都市から、大交差点までは三時間か、四時間か、それくらいかかる。
王都周辺でもあるし、眠っていても平気か。
「ん……ああ、そうする……」
腕を組み。目を瞑る。
◆ ◆ ◆
体が揺れている。ああ、そうだ。俺、馬車で寝たんだ。
馬車寝にしては頭も首も痛くない。むしろ、柔らかい枕があるみたいだ。
薄く目を開ける。床が右にある。ああ、横になっていたのか。
「あ、師匠、おはようございますッス」
ハルルの声が聞こえた。
……声の方を見る。ん。これは。
膝枕されている。
……。
がばっと起き上がる。
「わぁ、元気いっぱいッスね!」
「お、お前なっ」
「えへへ。でも、ほら、よく眠れたッスよね」
そりゃ、そうだが! 乗り合い馬車で、公衆の場な訳だがっ。
……落ち着こう。冷静を、平静を保つのだ。
「ジン、耳まで赤いのだ~」
「えへへ。師匠、そんな照れちゃって~。膝枕くらい、いつでもするッスよ!」
くっ。女子二人になるとなんとも押されるな。
「まったく……大人をからかうなってんだ」
捨て台詞も考えつかず、俺はそっぽ向いて腕を組み座った。
しかし、本当に俺は熟睡していたらしい。我ながら珍しい。
外の風景を見る。
天気は快晴。ここから遥か西に位置する荒々しい山肌の神峰連山も雄大に聳えている。
「綺麗な山ッスよね」
「ああ、そうだな。流石、神話の時代からあると言われる山だな」
「そうなんスか?」
「神峰連山は神話によれば、神々の戦いで生まれた連山だってさ」
「戦いで山できたんス?」
「ポムも詳しく知りたいのだー!」
「詳しくったってなぁ。神話の一説だからなぁ……。まぁ、確か、雷の神と火の神が、冥界の百の目と千の足を持つ大蛸との戦いで、地面から炎と大地が競りあがった、んだったかな」
「本当に、師匠は物知りッスね!」
「のだのだ。博識なのだ~!」
「いや。昔、ある人に教えてもらった受け売りだよ」
懐かしい顔を思い出す。
魔王討伐の旅は、三年程続いた。
その長い旅の間、苦楽を共にした仲間の一人が、本がとても好きな奴だった。
『キミ。勇者なら、やはり神話の一つや二つは語れる方が良いね。興味があるなら、ボクが教えてあげるよ』
一人称は、ボクだが、奴は女である。
大魔法使いにして、賢者と呼ばれた紺色の長い髪の人。
俺より三つだか年上だったか。
「師匠、どうしたんスか?」
ハルルが問いかけてきた。
「いや……なんとなく、昔のことをな。思い出してた」
ハルルと一緒に過ごしているからだろうか。
それともこうやってあの時みたいに西へ向かって進んでいるからか?
なんだか懐かしいような気持ちが心をくすぐっていた。
十年経った今なら、昔とは違った気持ちで、昔みたいに話せるんだろうか。
それとも、今更、会ったところで、他人になっているんだろうか?
「昔のことって、嫌なことッスか?」
「……いいや。思い出したことは嫌なことじゃないかな」
「それなら、よかったッス!」
にこりと笑うハルルに、俺は少し微笑み返す。
「そういえば、ポムのお師匠様も神話の研究とかもしてたのだ。星空とかよく色々話してくれた気がするのだ」
「気がするって、お前、ちゃんとお師匠様の話聞けよ……仮にも学者だろ」
「学者は学者でも、発明家型の学者なのだ~」
文系は専門外! とでも言いたそうだな。
「ま、神話を詳しく知りたいなら、これからお前たちが行く、ポムのお師匠様? とやらに聞けばいいな。専門家には勝てんよ」
「逆に専門家っていうと難しいイメージがあるッスけどね」
確かにな。と頷きながら、窓の外を見る。
不意に、違和感を覚えた。
俺が見ているのは、進行方向の、左側の窓だ。
神峰連山は、遥か西側にある連山で、北から南へまっすぐ連なっている。
ちょうど、東西を分断するように。
つまり、あれが進行方向左に見えてるってことは、この馬車は、今、北上している、ってことだ。
……嫌な予感が、冷や汗になって頬を伝う。
「ハルル。大交差点には、まだ着かないのか?」
「? まだそういう町は通ってないッスね」
「なのだー。そこで別れるって聞いていたので、ポムも注意して聞いていたのだ」
「悪い。じゃぁ、次の到着予定の町の名前は?」
「えーっと……なんだったのだ?」
「確か予定路表が……ああ、あった! えーっと。大風車がある町ッスね!」
……。しまった。
いや、そうだな。俺が全面的に悪いんだ。
「大交差点は、通称なんだ……正式には、交差点の町という町でな」
交差点の町から、大風車のある町まで、八駅……。
馬車の時間で約三時間。やばいな……。
この馬車の終点は北部で、途中にこいつらの目的地である山間の町は停車する。
ハルルたちは問題ない。
問題は俺だ。逆に来てしまった。
「す、すみませんッス!!」
「いや、完全に俺が悪い。確認不足で、伝達不足だ……。ともかく、次止まったら、俺、降りて逆方向へ行くよ」
しかし、ヤバいな。
サイからのこの依頼。納期は今日だ。
中身を詳しくは聞いていないが、医療用とラベルが貼ってある。
生命維持の為に必要……とまではいかないが、無ければ困るのは間違いないだろう。
間に合うか……いや。あまりやりたく無かったが、術技を使って間に合わせるか。
ああ、こんなことなら昨日のうちに届けて置けばよかった。
俺、充電足りるか……?
「りょ、了解ッス!」
ふと、馬車が急停車し、外から誰かが押し入ってきた。
山賊だな。ちょうどよかった。
「へっへっへ! 山賊だ! 金目のも──っぴょぃ!!」
山賊の腹を蹴り飛ばし、外に出る。
あ、昨日の山賊だ。残り四人か。HLv4~6くらいだったな。
よし、ハルルなら大丈夫だな。
「いいタイミングで馬車を止めてくれて助かった。じゃ。ハルル。後は頼んだ!」
「え、ええ!?」
「槍の練習だ。こいつら片付けてもいいが、お前の訓練にならん。じゃ、そういうことで!」
脚部雷化。荷物を忘れずに背負って、俺は空中へと跳び上がった。




