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【12】それぞれの行先①【50】


 ◆ ◆ ◆


 自分の右腕を見た。

 良く手を観察すれば、青い血管が浮き上がった手首に、手のひらは血色がよい。

 人差し指と親指の付け根は見るだけで硬くなっていることが分かる。

 剣を握りすぎて擦れたから硬くなったのだろう。


 手の甲を見た。

 薬指の下の方にある古傷は、矢傷。矢が貫通した時の奴だ。

 人差し指はよく見ると歪。

 戦闘中に小指の付け根の方に面白おかしく向いたことがあった。……よくもまぁ今も指として機能している。

 手首の付け根から肘にかけて、よく見れば火傷したような痕跡もある。

 これは魔族四天王的な『四翼』の連中と戦った時の傷だ。


 手は、過去の戦いの記録だ。

 俺の剣の師匠はそんなことを言っていた。


 確かにそうかもしれない。

 体にも傷は増えていく。しかし、目に入りやすいのはやはりよく動かす手。特に利き手。

 より生々しく、今までの戦いの総てを記録しているように思える。


 だから、ハルルの手を見て──どんな激しい戦いだったか、容易に想像がついた。

 その右手は、酷いものだった。


 火傷の度合いは、皮膚の色で分かる。

 紅斑。まだら模様のように浮き上がる。時間は掛かるが治る。

 薄赤。最も火傷のイメージに合うだろう。治療をすれば治るが皮膚に痕が残ることが多い。

 そして、白色から上は、茶色や赤、黒などは──重傷。


 損傷……いや、損壊。


 それがハルルの右腕の状況だった。


 腕は、まともに動かないだろうと言う次元だった。

 悪い。違うな。まともに動かない『という次元すら超えていた』。

 切断。それしかない、と普通なら断ずるレベル。


 だが……奇跡的に。

 ハルルは、運が良かった。本当に、運が良すぎる。


 最高の術技(スキル)がそこにはあった。

 サクヤの術技(スキル)──交換。

 それは、現象一つを移し替える。


 『右腕の傷』を、まるごと別の人間の『右腕の傷』と交換出来る。


 そして、ここからがルキの機転だった。



 そもそも右腕が存在しないルキと、ハルルの右腕の傷を交換したらどうなるのか。



 賭けにも等しい術技(スキル)の穴。

 そして、賭けは──



「あ、師匠! 起きましたか!」



 ──賭けは成功。

 右腕から傷は消えていた。

 ルキの義手が焼け焦げたが、その義手の代金くらい、いくらだって出せる。


 よかった。

「し、師匠……?」

 俺は、ハルルの手を握っていた。

 握って、握って。


「なんで危ない戦い方ばっかりするんだ、お前は」

「い、いやぁ、ノリと勢い、じょ、冗談ッス! いや、今回は」

「分かってる。元四翼、つまり魔王の腹心クラスの敵だったんだろ。聞いたよ」

 実力でいったらあのスカイランナーとかいう男より遥かに強かっただろう。

 よく……本当によく、生き残った。それを喜ぶべきなんだろう。


「その、皆を守る為には必要なことでしたッス……寧ろ、あの状況なら腕の一本くらい覚悟の──」


 ビンタしようと手を振り上げた。

 だけど、どうにもそれが出来なくて、そのまま……ハルルを抱きしめていた。


「ハルル。お前がやったことは凄いことだよ。誰より凄い。

魔族四翼衆なんて、昔の俺でも手を焼いたんだ。だけど、違うんだ──」

 俺は、言葉を振り絞った。


「──お前も無事じゃないと、ダメだ。お前の守りたい皆に、お前を含めてくれ。

お前が犠牲になって、皆を守ろうとしないでくれ」

「師匠……」

「頼むから。……もう」


 瞼の裏に浮かんだのは、身を挺して俺を守ったサシャラの姿。

 私ごとやれ。その言葉は、これからの人生でずっと耳の中にあるんだろう。

 

 ──ただ、俺はもう。

 大切な人を。お前を。




「失いたくない」




 その言葉に、ハルルは言葉を詰まらせてしまった。

 

「すまん。我儘だ。お前は……自分で決めたことを自分で成し遂げればいいと思う。

だけど、俺は。……ああもう、分かるだろ」

 俺はハルルを見た。

 ハルルは──笑っていた。いつもよりも満開の笑顔で。


「師匠、顔赤いッス」

「いや、そのだな」

「えへへ。そんなに心配でした?」

「……別に、そんなの」


「いや、嘘だね。心配していたよジンは。

最初にしたボクの提案を理解していなくて

『お前じゃなくて俺の腕でいい! 早く傷を交換しろ! 

いや、俺の腕をあいつに渡してもいい! だから早く!!』って叫んでいたのは」


「別の世界の俺の話だ。俺は叫んでいない」

「それは無理があるだろ」

 車椅子に乗った賢者ルキは、長い夜色の髪をかきあげて、ふふ、っと微笑んだ。


「えへへ。……極力、無茶しないようにするッス」

「そうだね。それが良い。ただ、勇者には危険が付き物だよね、ジン」

 ルキは悪だくみした猫のように笑った。

 察せるよ。はいはい、察せる。


「……弟子にして正式に教えてやれ、と」

「流石、ジン。話が早くて助かるよ」

「弟子にはしない。……というか、弟子と認めてなくても勝手に弟子だって名乗ってるだろ」


「はい! 勝手に弟子ッス! 押しかけ弟子ッス!」

「……弟子として認める訳じゃないが……もっとちゃんと稽古は付ける。

戦闘技術も、護身術もな」


「ええ!? いいんスか!? いつもなら教えないっていいそうなのに!!」

「真剣に頼まれたら、俺だって技術くらいは教えたよ。

まぁある程度の下地は既に教えていたが……今度はもっと丁寧に教える」


「えへへ……ありがとうございます!」

 ハルルの顔が近かった。この距離で見ても、ハルルの笑顔は本当に暖かい。

 俺は、この笑顔をずっと見ていたい。本当に──



「さて、ジンとハルル。いつまで抱き締め合っているつもりだい?」



 ぱっと俺は手を離した。ハルルも顔を赤くして、頬を掻く。


「やれやれ。とりあえず……ジンは大丈夫なのかい?」

「何?」

 ルキはいつになく真剣な顔で俺を見た。



「魔王──倒せるのかい?」



 その言葉に、俺は口を噤む。


「ジン。キミは、迷ったんじゃないか? 魔王を殺すべきか、それとも」

「ああ、迷った」


 俺の言葉に、ルキは目を伏せた。


「答えは出たのかい?」

「ああ。答えは出ない。ってことが分かった」

「何?」

「目的も良く分からん。魔王国復興だったら、12本の杖と合流するだろ?

そうじゃない。──だったら……やっぱり直接聞くしかないと思ったよ」


 不治の病に侵されているヴィオレッタ。

 そして、その目的。

 何かが、繋がりそうだが、まだ黒い靄の向こうに姿が見えない。



 黒い靄の森の中、偶然見つけた轍を辿る様に、俺は出口(こたえ)を見つけられずにいた。



「大丈夫だ。次こそは──「絶対に捕まえるッス!」


「……俺のセリフだろ、それはっ!」

「えへへ! 早い者勝ちッス!」

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