表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

227/842

【12】正答の無い選択肢【49】


◆ ◆ ◆


 空中へ逃げたスカイランナーを追って、狼姿の魔王は上空へ跳び上がった。

 スカイランナーを砕き殺し──狼姿の魔王が落下する。

 ここは山岳中腹の砦。高さ的には落ちたら死ぬだろう。

あれくらいで魔力を使い切ったとは思えない。放っておいても浮遊の魔法で復帰するに違いない。だが。


(せんせー)!」

「っち」


 考えるより先に体が動いていた。

 迅雷によって雷化した足で、空中を踏み、落下する狼をキャッチする。


『……勇者。ああ意識が跳んでいたか』

「みたいだな。この高さから落ちても魔王だったら平気だったか?」

『まぁそうだな』

「そうかよ」

『……見殺しに、すべきだったのではないか?』

「殺すチャンスだったって?」

『そうだ』

「そうなのかもな。だけど」

『ん?』

 ヴィオレッタと約二日ほどだが、行動を一緒にして思った。

 魔王討伐を行った十年前は、もちろん俺の意志で戦ったが──始まりは国からの命令だった。

 魔王が人の脅威であり、多くの平和が奪われたから、戦争を終わらせる為に戦った。

 そう、戦争が終わった今なら。また、何か違う帰着があるんじゃないかと、思うんだ。


 これは、誤った選択なのかもしれない。

 だけど。


 着地する。


「少なくとも今は、お前を殺そうと思わなかった。それだけだ」

『……変わったな。……若い子たちは、次々に変わっていくな』

「あ? 嫌味か? 若くないぞ?」

『30前半なんてまだまだ若いさ』

「20代だッ! まだ26だッ!!」『す、すまん』


(せんせー)!! それに、ジン!」

 ヴィオレッタが駆け寄って来る。


『なぁ、勇者……お前は、ジンと名乗っているのか』

 魔王を下ろすと、小さな声で言葉を出してきた。

「え? ああ、そうだな」

『……魔王討伐の勇者だと、隠しているのか? 世間では死んだと言われているようだが』

「まぁ平たく言うとそうなるな。隠しているというか、まぁ色々あって名乗れなくなった」

『そうか』

 なんだ? 妙なことを聞く奴だな。


(せんせー)! 怪我っ!」

『大丈夫だ、この程度の怪──ォっ!?』

 ヴィオレッタは突進するように狼に抱き着いた。うん、今のが致命傷だろうな。


「一人でやるってカッコつけてたから何も言わなかったけどっ。その怪我で戦うとかダメだからね!!」

『いや、そのだな』

「言い訳無用だよっ」

『はぁ……すまないな』

 黒い靄を狼に巻きつけている。おお、されるがままだな。

 魔王より強いんだな、あの子は。はは。


『さて、旅の勇者のジンよ。……取引をしないか?』

「あ? 取引だと?」

「何、取引? どうしたの?」

 ヴィオレッタが訊ねると魔王は頷いた。

『ああ……今、私もヴァネシオスもこんな状態だ。……見逃してくれないか、という話だ』


 それは……。

「……無理だな。悪いが、魔王を野放しには、出来ない」

 どんなに更生していたとしても、それを証明できない。

 寧ろ、無害と証明するなら、一度正式に国に出頭し然るべき手順を取るべきだ。

『ならばこその、取引さ』

「何?」


『あそこに眠っているのは、王国民なら誰でも知っている魔王討伐の勇者の一人、鬼姫のサクヤだ。

あれは魔族のパバトという男が作った睡眠(やく)で眠らされている。

特殊な薬が無いと、目覚めることは先ず無いだろう』


「……その薬を用意する、ってことか。それなら取引になんねぇよ? 

薬ならうちの賢者がいる」


『いや、賢者とて時間は掛かると思うがね。パバトは毒を司る魔族だ。

そいつが調合した魔法毒を解析し、それに合った薬を作るというのは』

「……作れるのか? お前なら」


『厳密には、もうある。あの娘と一緒に監禁されていたのだ。

彼女の受けた魔法毒の解析をする時間は嫌と言う程あったからな』


 狼は笑って見せる。


 ……正直、揺れていた。

 魔王は……話したら分かり合えるかもしれない。

 だが、それでも。そうだ。違う。


 甘言だ。

 見逃してはいけない。ここで、野放しにしてはいけない。



「投降して、治療に専念してくれないか」



『ふむ……安心できる場所で治療したいんだがな、私たちは』



「……ジン。(せんせー)に、そんな敵意(おと)を向けないで欲しい」


「悪い……。だけど。そいつは……やっぱり魔王なんだ。

悪いが、頼む。俺に……剣を抜かせないでくれ」


『ほう。それが答えか?』

 狼は起き上がる。ヴィオレッタも、その隣に立つ。


「絶対に、悪いようにはしないと誓う。何かあったら、俺がどうやってでも守る。

だから……罪を償う道を、歩んでくれ」


『……本当に変わったな。君は』

「俺は変わってなんか」

『いいや。昔は、優しさという甘さだった。今は……優しさという強さを感じている』

「何、ジンと(せんせー)って知り合いなの?」

『ああ。そうだよ』

 十年の歳月は、多くのことが変わる。狼はそう呟いて、転がった石をタンッと叩いた。

 石がくるりと回転し、ガラスの瓶に変わった。


 見事な成形魔法だ。なんだ、その中に液体が溜まっていく。

 透明な水だが、光を放っているような綺麗さがある。魔法薬か。


『名前の無い薬だからな。睡眠毒解呪薬とでも名付けよう。この瓶の半量も飲めば目覚めよう』

「おい、俺は取引に応じた気はない」

『ああ、そうだな。だが、私は話を聞かない性質(たち)でね。これを受け取り見逃して貰う』

「っ、逃がさなっ──なっ」

 いつの間に足を靄で絡め捕られて。まずい。

 攻撃が来る。身構えた。


 何かが投げられる。


 絶景で時をスローにし、弾──いたらダメだ。さっきの瓶を投げてきやがったのか。

 薬は嘘か? いや、本当に薬だったら受け止めないとまずい。


 スローモーションの世界で瓶をキャッチすると同時。

 その向こう側で、既に──鴉と猫も含めた一人と三匹が、靄に包まれていた。



『では、さらばだ。狼らしく尻尾を巻いて逃げるとしよう』



 ここでは転移魔法はここでは使えない筈だ。何故。


 ──その時に答えは出なかったが、地下大迷宮(ダンジョン)の出口にある転移魔法を妨害する不響(ジャミング)の魔法の元になっている剣が全て抜かれていたと、のちのサクヤの調査で知る。

 ──スカイランナーとの戦闘中に、脱出まで計算して小細工をしていたとは、脱帽の魔法技術だった。




 跳躍した。

 捕まえることは出来ない。



 ──見逃すという選択肢は、絶対に違う。



 迅雷状態で、絶景を使えば──この距離なら魔王の喉を指で切れる。

 指で、殺せる。



 ──だったら、殺すという選択肢。それが。選べる。



 今なら絶対に殺せる──殺せるのに。




 何故、躊躇う。俺は。




「ジン、ばいばい。色々とありがとうね。ちょっとだけ楽しかったよ。

後、あの賭けだけどさ──どっちも勝ちってことにしよっか」

「っ!」



 そして──靄の中に魔王たちは消えた。



 ◆ ◆ ◆



 その後、薬を俺は皮膚に垂らした。毒の反応がないことを確認してからサクヤに飲ませた。

 多分、これで大丈夫だろう。唸っている。もうすぐに起きそうだ。

そして、その後、数分もせずに、転移魔法でルキが飛んで来た。

「ルキ。すまん。魔王を逃が──」


 次の瞬間、俺は、言葉を失い、体中の血の気が引いた。

 ルキの隣で寝かされているのは──ハルル。

 その右腕は。


 焼け爛れ、腫れ上がり──見たことのない程の赤黒い皮膚の色になっている。


「ジン! サクヤを起こせ! 今すぐに!! 彼女の術技(スキル)ならハルルの腕を治せるかもしれないっ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ