【12】お前、気に食わないな【47】
今、俺の目の前にいる狼は、魔王だ。
多くの人間を殺した奴。不遜で冷酷、最終決戦の時ですら最後まで命に執着した相手。
人の命を、命と思わない。そんな狼が。
『……頼む』
頭を垂れて、俺に言った。
この鎖を斬ってくれと、言った。
……身体に巻いてあるその鎖は、魔王のファッションじゃないようだ。
その鎖は、きっと。
俺は頷いて、答えた。
「分かった」
「すふ!? すふふ!! なぁに面白いこと言い出してるんですかね、お前達は!
斬ってくれ!? 分かった!? すふふふ!! 無理無理ッ!!
その鎖は王国騎士団が作り出した最高傑作ですよ!
至銀 と不破鋼で作られた鎖は、最強最硬!
物理的拘束も兼ね揃えた最高の崩魔術式!
そもそも至銀だけでも最強クラスの剣がないと傷すらつけられないのです!
破壊など不可能ッ!!」
全部説明してくれるなこいつ。
「そうか……至銀と不破鋼の鎖か。
剣で斬るには骨が折れそうだな」
「骨じゃなくて剣が折れますよッ! すふふ!」
上手いことも言われてムカつく。
しかし、そうだな。魔法を禁ずる崩魔術式まで乗っていて、普通に斬っても斬れないだろうな。
「すふふ!! 至銀だけでも最高クラスの剣がないと傷すらつけられない! そんなものを!」
狼に、近づいていく。
「……お前は、魔王だな」
俺が知ってるだけでも、何人の命が、どれほど多くの仲間がお前に殺されたか。
お前が、どんな望みを持っていたか知らないが、長い時代を生きる為に数十万人の人間を殺した事実は変わらない。
『そうだ。……勇者よ』
俺は、お前を決して許してはいけない。
魔王が、勇者を許さないように。
なのに。
『……すまない』
その懸命な目に、答えない奴は──勇者じゃないだろ。
「動くなよ」
この技は──直線であることが大切な技だ。
剣技全てに通じる単純性。
両手で剣を持ち、体の芯をずらさない構え。
剣と一つになる、その気持ちで。
剣と何千何万回と振った、同じ構えで。
ただ、振り下ろすのみ。
天裂流の教えの一つ。
正確に斬れば、斬れない物など無い。という根性論を体現した一撃。
「断ち斬り」
金属音が響く。
じゃらりと、落ちた──切断された鎖。
断面から薄白い光が零れた。そして白い煙がぽうっと浮き上がり消滅していく。
「は、はあああああ!? き、ききき、斬ったああッ!?」
スカイランナーが絶叫しているが、そっちを見る必要は無さそうだ。
体の自由を取り戻した狼が、スカイランナーを見据えている。
『……ありがとう。勇者』
「どういたしまして。魔王」
『昔と技名が違うようだな。今の技……確か昔は
閃轟魔斬の覇界滅とかじゃなかったか?』
「その技名はマジで忘れろ。マジで」
俺は、狼が魔王だと分かっている。
そして、狼も……魔王もまた、分かってるようだ。
俺が、勇者だと。
『ここから先は、私一人でやらせてもらえないだろうか。……君も、手を出さないでくれ』
君。そう呼ばれたのはヴィオレッタか。
気付くとヴィオレッタも靄を両腕に纏わせていた。
「……師がそういうなら」
「私一人で? ……随分と、思い上がってますねェ! 骨に釣られた駄犬王の癖にッ!」
魔王は返事をせずに真っ直ぐにスカイランナーを見つめ、何かを口の中で唱えていた。
体の傷が、燃えるようになくなっていく。
治癒系の魔法だ。
「……すふふ。少女を殺されて敵討ちですかぁ!?
でも、貴方分かってますぅ?
魔王として、この少女みたいな子、何百人も殺したんですよ!」
スカイランナーは両手を叩いて笑う。
「今まで無数の人間を殺し、他種族を殺し、獣人も奴隷に!
悪辣の限りを尽くした魔王が、今更一人の少女の為に敵討ちなどしないでしょう!」
『そうだな……その通りだ。私には、敵討ちに燃える権利などないだろう。
それに、昔からそうだ』
「はい?」
『私は今も昔も、相手が気に食わないから、殺してきたんだ。
だから、スカイランナー──』
『お前、気に食わないな』
冷気が充満し、草木が震えた。そして、皮膚がビリっと痙攣する。
一瞬で気温が氷点下に落ちたような、そんな凍え。
「っ! と、凍結魔法などっ!!」
スカイランナーは溶岩の剣を投げる。
「【火炎】! そして【樫の拳】!!」
炎、そして樹の拳。
それらが真っ直ぐに魔王に向かう。
最初に投げた溶岩の剣は──凍り付いて地面に落ちている。
火炎も消失し、樹木が編まれた拳は魔王まで届きはするが動かない。
「な、なら【槍色変化──雷】ッ!」
次に槍を投げた。だが──それも凍り付く。
俺は、知っている。これは。
「っ、なんて強大な魔法ッ! これが『魔王術』ですかッ!!
数十、数百の魔法を組み合わせて作り上げた魔法の究極体ッ!!
魔王術『絶氷領域』ッ!! ですが、こっ、これくらいッ!!」
スカイランナーは何かを唱える。魔法だろう。
身の丈程ある赤熱した槍。
「『獄焔の槍』!」
赤い炎尾を残し、氷の世界を矢のように槍は進む。
魔王の手前、鼻の先まで到達するが──その槍は消失する。
「っ……な、なんて強大な魔法ですか、流石魔王術──」
『スカイランナー。何か勘違いしていないか?』
そう。俺も、知っている。
世界が凍結する程のこの高純度の魔力。これは──。
「は?」
『私はまだ、魔法を使っていない』
ただの、魔王の魔力。
魔王が内在していた魔力を外へ放出しただけ。
「ま、魔法を、……は、はァ!? つ、使っていない!?」
魔王の魔力は巨大だ。
ただ外に放出するだけで気温が下がり、空間も捻じ曲がる程。
つまり。
魔法でも技ですらない、ただの魔力に──スカイランナーの術技と魔法は弾かれた。
『まさか。この程度で最強と名乗ったのか?』
見て取れるほどに、スカイランナーは震えていた。




