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【12】鮮明な赤【44】


 ◆ ◆ ◆


『病気になったんだって、可哀想』

 五月蠅い。

『大丈夫だよ。すぐには死なないから、気を強くもってね』

 何その言い方。ムカつくんですけど。

『その病気すらも運命だからね、受け入れないとね』

 はぁ?

『昔から外で遊ばない子だったし、もっと親が健康に気を遣ってたらさ』

 何それ、家族のせい?



 ……ほんと。なんなの。

 あいつら、全員。大嫌い。



 私は□□□。

 四人姉兄姉私(きょうだいしまい)で、私は末っ子。

 

 パパの顔は知らない。戦争で死んじゃったらしい。

 ママは私が産まれてすぐに死んじゃったらしい。


 だから、親と言われたら、お姉ちゃんたちの顔が真っ先に浮かぶ。

 特に、大姉ちゃんを私は本当に好きだった。あんまり一緒にいられる時間はすくなかったけど。お母さんみたいに思ってた。

 一緒に暮らしてる小姉ちゃんも好きだったし、冒険者のお兄ちゃんのことも好きだった。

 私は、姉たちと年が離れていて、大姉ちゃんとお兄ちゃんとも大体10個程離れていた。だから皆がこぞって世話をしてくれたんだと思う。


 私は、生まれつき体を病んでた。

 未熟児。身体の重さが本来の赤ちゃんよりもかなり軽かったらしい。

 それに、逆子だったのもあって母の胎を裂いて産まれたって聞いた。



 だから、私の世界は、家のベッドと、そのベッドから見える外の世界だけ──



 ──に、ならないように、してもらっていた。


 大姉ちゃんとお兄ちゃんが、手紙をくれた。


 冒険でこんなことがあった。こんな仲間と今一緒に居る。

 こんな魔物を捕まえた。こんな嘘みたいな冒険をした。


 ああ、すごい。楽しいな。こんな冒険したいな。


 外の世界はこんなに広い。楽しいぞ。と、大姉ちゃんもお兄ちゃんも言いたかったんだろう。

 おかげで、当時から無駄に色々な知識を吸収していた。


 冒険者も楽しそう。

 

 そう思わされたのは、もしかすると七つ上の小姉ちゃんの力かもしれない。

 当時十二歳の小姉ちゃんは、文章を読むのが上手だった。

 綺麗な声で読んでくれる手紙が本当に好きだった。


 二人が手紙と一緒に仕送りしてくれていて、生活に不自由がなかった。

 冒険者として凄いことなのか分からないけど、色々な称号を手に入れたらしい。

 話を聞くたびに私はとても誇らしかった。大姉ちゃんもお兄ちゃんも、私の自慢だった。


 もちろん、小姉ちゃんだって、尊敬する人だ。

 小姉ちゃんは何でも出来る人だった。

 バレエが得意で、料理も出来て、澄み切った綺麗な声……背も同い年の子たちの中では頭一つ抜けて高い。

 私以外全員背が高い。ズルいなぁって思ってた。


 一緒に長くいたのは、小姉ちゃんだ。けども大姉ちゃんも、お兄ちゃんも大好き。

 手紙で、一緒に居るような気持だった。ずっと、ずっと。一緒に居るような。

 だから。幸せが、続いて、毎日暖かい気持ちでいられた。


 その数年後、私の病気は悪化した。


 環境の変化が原因だった。どう変化したかは……今はいいかな。


 咳が止まらなくなり、血も吐くようになった。

 頭痛も多くなって、酷い悪夢ばかり見るようになった。


 そして、お医者様と小姉ちゃんの会話で知った。



 この病気は、治せるものじゃない。



 いわゆる、不治の病。

 お医者様と小姉ちゃんが隣の部屋で小さな声で話していた。

 私は、異常に耳が良い。壁二つ隣でも聞こうと思えば話声なんて聞こえる。

 酷く動揺したのを覚えている。でも、動揺した姿を見せちゃいけないことも、よく分かっていた。


 その日は寝るのが怖かった。

 でも、小姉ちゃんが寝るまで一緒に居てくれて。優しい指で頬を撫でてくれて安心したのを覚えてる。

 寝る時の小姉ちゃん、凄く好きなんだ。

 布団を掛けてくれて、お気に入りの耳当てを付けてくれる。

 耳当てで、少しでも音が聞こえないようにって。小姉ちゃんの手作りで。




 くすくす。


 ああ。こんなにゆっくり夢が見れたのは久しぶり。

 洞窟で、音が少ないからかな。

 良かった。

 お姉ちゃんたちの顔を見れて、良かった。



 ◆ ◆ ◆



「……ジン。凄いね。心音以外一つも音を立てないでくれたんだ」

「ヴィオレッタ……あのな。お前、寝る時もうそうだったが、起きる時が唐突過ぎる」

「くすくす。目覚めパッチリタイプだから」


 そう言って笑うヴィオレッタ。

 アイツはさっき唐突に寝落ちした。

 お前も絶景が使えるのか、と問いかけた瞬間、一秒もせずバタンッ! と寝落ちたのだ。

 本気でびっくりしたわ。

 鵺竜を倒し終わった後だったから良かったものの、戦闘中にそんな寝方したら死ぬぞ。


 んで。まぁ、熱があった。息も荒かった。……多分、病気だ。

 何の病気かまでは分からないが……ヴィオレッタの持病だろう。

 どこか休める場所まで移動しようかと考えたが、こいつは滅茶苦茶に耳が良い。


 下手に動かすと起きてしまうかもしれない。 

 ので、仕方なく胡坐をかいた腿の上にヴィオレッタの頭を乗せて、起きるのを待ったのだ。

 他人の心音まで聞こえるらしいから、物音を立てないように俺は過去の仲間の日誌を読み返して暇を潰していた所だ。


「……ありがとうね。起こさないでいてくれて」

「いや。気にするな」

「もう少しでゴール?」

「ああ。そこを曲がれば、最後は一直線だ」

「ようやく出れるね」

「だな」

「勝負は引き分けかな。魔物の音もしないし」

「そうなるな」

 ヴィオレッタは起き上がった。身体をぐいっと伸ばしてくるりと一回転して見せた。


「どっちも負けにする? それとも、どっちも勝ちにする?」

「あ? 選べるのか?」

「んー。じゃぁ先にゴールした方が選ぶ、ってことにする?」

「最後は短距離走かよ。いや、中距離走?」

「不服?」


「いや、流石に俺が有利過ぎてね」

「ふぅん。じゃあハンデでこの場で一時間滞在はどう?」

「そんな距離ねぇよ!? 右に曲がって徒歩十分くらいだぜ!?」

「じゃぁ……三分待ち?」

「妥当だな。それくらいないと俺の圧勝確定だし」


「……やっぱりハンデ無し」

「あぁ?」

「代わりに私、術技(スキル)も魔法も使うから」

「まぁいいけど。じゃぁ」


「レディゴ!」 駆けだしたヴィオレッタ。


「ずるくね!?」

 なんだかんだと、楽しそうな顔だ。

 ……この子が、本当に悪党、なんだよな。

 いや、迷うな。この子に染み付いた血の臭いが物語っている。

 ……その時が来たら、俺は、全力を持って。


 ヴィオレッタを追いかけて角を曲がる──その直線で。



 直感的な寒気を感じ取った。



「ヴィオレッタ」「分かってる」

 競争(ゲーム)している暇じゃない。

 俺も、ヴィオレッタも真剣な顔だった。


 ヴィオレッタの足が黒い靄に包まれた。

 俺も、足に力を籠め、地面が凹む。


 同時に、地面を吹き飛ばして直進する。


 地下大迷宮(ダンジョン)を跳び出し、出口の門前──白銀の世界。




 ──俺は、状況が呑み込めなかった。




 腹に槍が突き刺さり、倒れている血塗れのオカマは、唇を噛んで泣いていた。

 赤黒い大剣を持つ血に濡れた鳥頭は高笑いをしていた。

 夥しい血を被り、血溜まりの上にいる狼。



 真雪の銀に、鮮明な赤。



 雪の上に、マフラーが落ちている。

 風が吹き、そのマフラーが血塗れだと気づいた。



 胸に大きな穴の開いた少女。



 広がる血の量は、もう助かる次元を超えている。

 その少女の隣で、狼は俯いていた。



 ヴィオレッタはすぐに動いた。狼の──魔王の元へ。

 そして、靄を出し、少女の応急措置へと入った。

 俺は、混乱した。

 それは──。


『イオ、喋ろうとしなくていい。大丈夫だ』


 少女に向ける影のある顔。

 悲しいとも取れる優しい顔をした魔王が、一人の生命体(にんげん)に見えてしまったからだ。


 

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