【12】真雪の銀【43】
◇ ◇ ◇
ワタスシの名前はスカイランナー。
最強の魔王になりたい。魔王になってちやほやされたい。
そして、ワタスシを馬鹿にしてきた奴らを見返したい。
背が低いと笑ってきた奴らを見返したい。
身長イコール収入とか、服が似合うとか似合わないとか。
結婚する相手に相応しいとか相応しくないとか。
いい加減にしろという話ですよ。
顔が不細工だと笑った奴らを見返したい。
ちょっと鼻が上を向いているのは、半獣半人の血筋が四分の一あるからです。
そして、何より。
ワタスシを笑いものにした、魔王を見返したいのです。
……そう、先代魔王フェンズヴェイは歴代最強の魔王と言われております。
彼は、魔法を極めたそうです。
嘘か本当か、世界にある全ての魔法を極めたそうで。
しかも何百年も生き繋いでいるそうです。
……魔法では敵わない。
諦めるのは早かったです。でも、打倒する執念を捨てた訳じゃないです。
魔法で勝てないなら術技で倒せばいいじゃない。
最高の術技をかき集めよう。
ちょうどその頃、ギュスィと出会ったのですよ。
そして、術技をストックする女の子を見つけて──とんとん拍子にコトが運びました。
ただ……現状のままでは、少女がストックしている術技を一つしか発動出来ない。
一部術技は実質の同時発動は可能ですが、それは本当の意味の同時使用ではないのです。
最強になる為には、これではだめ。
最後に、少女と術技を全て【交換】し、少女が最初から持っていた【瞬間複製】だけを消失させることが出来れば。
理論上、無制限で術技を打ち放題。
魔王を超えた最高の魔王になれるのです!
◇ ◇ ◇
「ですので、こんなに簡単にくたばられてしまうと、拍子抜けでしかないのですよ。狼先生。それに……貴方、イオを隠すので手一杯でしたか?」
スカイランナーはその場に転がされた女性の髪を掴んでいた。
長い薄水色の髪、額には角。彼女は【交換】の術技を持つ鬼人族のサクヤ。
毒を自在に調合出来るパバトに強力な睡眠薬のようなものを飲まされて未だに意識が戻らない。
「こんなすぐ見つかるところに隠して! すふふふ!
これで【交換】は手中に落ちたのですよ! 後は、イオを見つけるだけ。さぁ、くたばってないで、まだまだやりましょうっ!」
スカイランナーは笑って目の前の狼姿の魔王を見やる。
狼先生の頭部から流血は止まらない。脈々と血が流れる。
左目も塞がり、右目は赤く充血していた。
胴体の至る所には内外問わない出血。
後ろ足は引きずって、動く気配すらない。
それでも狼先生は立っていた。
そして、まっすぐに睨んでいた。
『確かに、この程度の攻撃では……くたばれんな』
「すふふ。まぁ、いいですよ! そうやって強がって立ちあがってくれても!
ずっと前から思ってたんですからねェ!
こうやってぶん殴るのは本当に楽しいので、何度でも起き上がってくださいよォ!」
『生憎、ただサンドバックにされる為に立ちあがった訳ではないのでな──【靄舞】』
狼先生を中心に黒い靄が生まれる。
煙幕。スカイランナーの視界から姿を隠した。
「小癪すぎるッ! だけどもこれしき! 一撃で吹き飛ばせますよ!」
手を振り回しながらスカイランナーは拳を握り直す。
「【強風吹】!」
スカイランナーを中心に風が巻き起こり靄は吹き飛んだ。
そして、その刹那に、牙を見た。
そう、目の前に牙があったのだ。
「なっ! いっ! いたたたたたっ!!」
スカイランナーの腕に狼先生は噛みつく。
どうにか振りほどこうとスカイランナーは術技を忘れて狼先生の頭を何度も殴る。何度も何度も。
「っぁああ! 【樫の拳】ゥっ!!」
力技。術技で腕を樹化し硬化した。
その拳を力の限りに振り下ろす。
肉が剥がれるような、生々しい音だった。
狼先生は地面に叩きつけられ、何バウンドかしてから、砂場に転がる。
「はぁ……はぁっ。くそっ。痛かったッ!!」
スカイランナーが腕を押さえる。
(術技に確か回復系が……えっとっ)
「【回復】ッ! ではないなら、【快癒】!? あ、【治癒】だ!!」
最後のワードに反応し、スカイランナーの傷が発光し始めた──その時。
「アァアアアアッッ!」
「っ!?」
ビクッとスカイランナーが硬直した。その背後から、雄叫び。
腹部に槍が刺さったまま、筋肉魔女男。
ヴァネシオスは最後の力を振り絞って走った。
最後の一撃を。
そう思いながら、スカイランナーの足に目掛けて突進した。
スカイランナーは押し負けて手前に転ぶ。
「こ、この死にぞこないがァアア!!」
馬乗りにされる。
マズい。それだけはマズい! 必死に暴れ、ヴァネシオスの傷口に蹴りが当たる。
スカイランナーは、ヴァネシオスの太い腕をすり抜けて、顔を蹴り飛ばす。
そして間髪入れずに後ろから狼が跳んで来た。
「二度目は流石に気づきますよ、この駄犬ッ!! 【溶岩の剣】!!」
その剣の刀身は岩だった。ただその岩の中に血管のように細い溶岩が流れた剣。
あるだけで陽炎が生じる剣が、スカイランナーの前に顕現する。
「そいっ!!」
思い切り振り下ろされたその溶岩の剣の太刀筋は悪く、速度も遅かった。
だが、狼先生はそれを避けられなかった。
地面に叩き付けられ、ぼやけた視界でどうにかスカイランナーを見つける。
(もう一撃、来る。今度は溶岩の剣の先が、随分鋭い……ああ、使えば使う程、形状と火力が変わる系の、武器か)
やけに、攻撃がスローに見えた。
ヴァネシオスが何かを叫んでいた。
だから、受け入れることにした。
(今まで、多くの命を殺した。今更……虫が良すぎたか。
私だけ例外を望むことが、おかしいことだった。
……まぁ、最後の相手が、こんな小物、というのも……皮肉で嫌らしく、諦めもつく、か)
そして──狼先生は目を閉じた。
真雪の銀が降り始めた世界で、どこまでも赤い鮮血が舞った。




