【12】おおかみさんは その子のこと【41】
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雪が降り積もった屋根の上を、黒銀の狼とマフラーの少女が進む。
狼先生の体には鎖が巻かれている。外すことは困難であった。
この鎖は──王国騎士たちが、人間の英知と財力と人材を、文字通りにかき集めて作った対魔最強クラスの術式、『崩魔術式』が組み込まれている。
それ故、狼先生は一切の魔法が使えない。
元より魔法を封じることが狙いの鎖の為、足枷などはあるが身動きは出来た。
だが、……狼先生は動いてみて実感する。予想より遥かに、身体の自由が奪われていることを実感していた。
(聖夜のツリーの如くに装飾を巻くじゃないか……。流石に体が重いぞ。それに……足が。いや、気にしてはならない)
前足がカクンと動く。足が抜け落ちるような動きを──必死に制御し、屋根を行く。
(折れてるな。あの拷問もどきのせいで。まったく。……痛みには、慣れてはいるが、動き難いじゃないか)
ふと、イオが狼先生の隣に立って目を向けてきた。
その優しい目の光で、狼先生は察する。
『はぁ。すまない。バレていたか。……大丈夫だ。心配しなくていい』
イオは──喋れない。
スカイランナーが口と喉を焼き潰したからだ。
『早く行かねば、ヴァネシオスも持たぬ』
狼先生は背を低くしながら下を見る。
ヴァネシオスはスカイランナーと戦っている。
だが、相性が悪すぎるのが、見て取れる。
(近距離の肉弾戦主体。そして技を見る限りあれは……暗殺術の類。
表に立った時点でほぼ通用しないというのに、ヴァネシオスはよく粘ってくれている)
イオはヴァネシオスも心配そうだ。
だからか、コクっと頷いてすぐに前へ行く。
屋根は傾斜が強い。雪国仕様ということなのだろう。
体を斜面に預けながら、ゆっくりと進んでいく他なかった。
イオは時折、自らの手に息を掛けていた。
雪で手足が痺れていく。その姿を見て、狼先生は小さく言葉を紡いだ。
『……私の、教え子は優秀な魔法使いでね』
話を聞きながら歩けば、少しは気がまぎれるだろう。
『最初に、あの子は……傷を癒す魔法を覚えた』
イオはその言葉を聞きながら進んだ。
『イオの口と喉も、私の足も、たちどころに治してしまうさ。それくらい腕が良いんだ』
暫く進んだ当たりで、イオは狼先生の背をかるく叩いた。
振り返ると、イオの手に木の板がある──彼女は筆談で会話する。
《おおかみさんは その子のこと だいすきなんだね》
その文字に、狼先生は鼻を『ふん』と鳴らす。
『私はそもそも子供が嫌いだ。何を考えているか分からないし論理的じゃない。
よく泣くし五月蠅いからな……』
その言葉に、イオは目元を微笑ませた。
狼先生はバツが悪そうに前を向いてまた鼻を鳴らす。
『ふん。まぁ……だから早く子供ではなくなるように、色々教えている、というだけで。だな』
開けた屋根に出る。地下大迷宮の出口、その上だ。
『立ち入り禁止の魔法』の発動媒介である『剣』を抜けば、魔法は解除できる。
そうすれば、地下大迷宮の出口から中に入って、ヴィオレッタに合流出来る算段だ。
『……しまったな。……どの剣だ』
屋根の上に刺さった無数の剣。
これは、単純な魔法だ。遠くで見た時、剣は確かに一本だった。
だが、侵入者がこの場所に来たと同時に幻影か複製かの魔法で……『剣』が増える。
(魔法が使えればすぐにでも見破れるのだが……っち)
イオは察したのか、何も言わずに剣を抜こうと駆け寄って、力を入れていた。
『……そうだな。一本ずつすぐに抜いて終わらせよう』
◆ ◆ ◆
ヴァネシオスが壁を走った。
そして、空を飛ぶスカイランナーの顔面に目掛けて手刀が放たれる。
「おぉっとぉ!? ば、化け物ですか貴方ッ!」
スカイランナーは間一髪避け、改めて杖を構えて狙いを定める。
「ちょこまかと! 逃げるなっ!」
風の魔法は、空気を操る魔法が多い。
性質上、半透明の塊や刃に変質する。
その為、可能な限り凝視しなければ避け辛い魔法である。
ただ、他の魔法と違い、『魔法によっての』防御は容易である。
のだが、ヴァネシオスの魔法は防御が不得手であった。
風の弾丸が地面を叩き、雪と土埃が舞う。
「すふふ! 息が上がってきているじゃないですかっ!」
虫の息の獲物を啄む鳥のように、スカイランナーは笑い声をあげて魔法を放ち続けた。
「それだけボロボロなら! 当然ですけどねぇ!!」
(我は、まだ動ける。自分の傷の状態を、確認……
回避時の、擦り剥きや攻撃で出来た擦過傷。17ヶ所。
風弾によってつくられた挫創。5ヶ所。
鋭利な風刃による軽傷含む切創。24ヶ所。
内……重症の切創は……胸部下の傷。1ヶ所。しくじったわ)
ふんっ、と筋肉に力を込めて血を止める。
圧迫止血──は本来、手で傷を押さえて血を止める物だが、激痛に耐える精神力があれば筋肉でも不可能では無い。あくまで、不可能ではないだけであって正しい処置ではないが。
「降りてきて、直接やりましょうよん」
「すふふ、断りますよぉッ!」
空中からの一方的な魔法攻撃。
もっとも簡単かつ出足が早い『風弾』『風刃』を乱雑に撃つだけという色気のない戦術だが、ヴァネシオスは防戦一方だ。
攻撃をくるりと避け──怪刻が落とした長槍を拾う。
「これでも喰らえヤアっ!」
真っ直ぐ投げる。
「はん。槍程度っ!」
スカイランナーは避け、槍が後ろの城壁に刺さったのを見た。
そう、一瞬、スカイランナーはヴァネシオスから目を離した。
ヴァネシオスが空にいた。
「なっ!?」
槍が、空中に落ちていた。もう一本落ちていた槍。それを使い──
(棒高跳びでもしたってことですかっ!?)
ギリギリで避けた──避けることも、ヴァネシオスは折り込み済みだった。
城壁に刺さった槍を、裸足で捕らえた。
そのままもう一撃、スカイランナーへ跳ぶ。
「オラァアア!!!」
真っ直ぐに向かう拳。これは、入る。スカイランナーは唇を噛んで目を閉じた──そして。
その中で、最後、すがる様に。
「『イオ』ォオオオっ!!! 術技、【光防壁】!!!!」
ダメ元の大声で、少女の名と、少女が保管している術技名を叫んだ。
スカイランナーの術技は、(本人名付けで)【ザ・ハイカード】。
自分より背の低い人間の名前を呼び、その術技を言えば、発動できる。
呼ぶ、というのはつまり、声が聞こえてなければならない。
そして。イオにその声が聞こえたのなら、イオの意志とは関係なく──
ヴァネシオスの拳が──光り輝く膜で、止まった。




