【12】頭部八所、身心急所【40】
◆ ◆ ◆
急所とは、人体における弱点部位である。
攻撃されると生命にかかわる部位のことを総称して急所という。
攻撃を正確に急所へ当てることが出来れば、人体へ様々な影響を与えることが可能である。
それこそ魔法のように。
体の麻痺、平衡感覚を奪う、痙攣など。
自在に物理的な状態異常を与えることが可能だ。
「シャル丸は、少し下がっててね」
腕に抱いた有翼の獅子のシャル丸を座らせ、ヴァネシオスは肩を回す。
上半身裸。乳首に星のシールを付けた筋肉ムキムキのその男、ヴァネシオス。
彼はピンク色の髪を掻き上げてから、ふぅと深い呼吸をした。
そして、両腕を握り締め、力こぶを表現する構え──いわゆる、マッスルポーズをして見せる。
上腕二頭筋を強調したポージングで、魔女男は満面の笑みを見せた。
「我の名前はヴァネシオス。見ての通りの、筋骨隆々マッチョよ!」
怪刻の二人は槍を握る。
「ふむ! 異様な生き物ですね! 何族ですか?」
「失礼ねッ! 人間よッ!」
「誠ですか! 何かしらの鬼族かと思いました!」
「まったく!!」
「何喋っているんですッ! さっさと片付けてしまいなさいッ!」
スカイランナーが怒号を上げる。
だが、怪刻のさっきから大声で喋っている方も、黙っている方も、分かっている。
ヴァネシオスの構えは、隙だらけだ。
筋肉を魅せる為の、両腕を頭の後ろにやった腹筋魅せな構え。
それは戦いにおいて、両腕を自身で封ずる無意味な構えである。
だが。
(あのオカマ……隙はありますが、嫌な感じがしますね! カウンターでも狙っているような!)
(だけど、攻めないと、鳥頭うるさいしなぁ……)
「ふふん。貴方達も、良い筋肉ね。いいわ!
腕も足も、鍛錬がされてて素敵なエロさを持っているわ!!」
「……こわぁ」
「仕方ない! 先陣を切ろう!! いざ!」
怪刻の元気な方が槍を構え突進してくる。
その後ろに元気のない方も続く。
対してヴァネシオスは無手──武器無し。
「はいやっ!!」
素早く突き出された槍。
その槍を、ヴァネシオスは身をかがめて避け、掌底で防いだ。
それはまるで攻撃が来るのが理解出来ていたかのようだった。
「生物は攻撃をする為にデザインされている」
槍に乗った力があらぬ方向に行き、怪刻はバランスを崩した。
すぐにヴァネシオスはその懐に入る。
「人体構造、特に、筋肉と目の動きは、攻撃を行う時にしっかりと対象物を捕らえる。
それを腕の筋肉の動きまで把握し、目の動きもあれば、攻撃を外させるのは容易よん。
ま。師範等に習った受け売りだけどねん」
「おっ!?」
「そして、魔族も人間も、急所は同じ」
掌を水平──チョップのように構える。
「頭部八所、身心急所。脳、感覚、機能を封ず。
【平打蟀谷】、すなわち、平衡感覚を殺消す」
放たれた一撃は怪刻の横顔面を打った。
その位置は、こめかみ。
「カッ!?」
「顔には弱点が八つあって、こめかみを殴られると、フラフラするってことよん」
元気な方の怪刻はその場に崩れる。
焦点が合わず、立ち上がれない。
「拳法使いー? つよー」
「拳法。まぁ、言っちゃえばそっか。そうね、そうよ。厳密に言うと少し違うけどねぇ」
「じゃぁなんなのー?」
「それはね、秘密よん」
元気がない方の怪刻も槍を振るう。
こちらは突くのではなく薙ぎ払い。鞭のようにしならせた槍筋だ。
薙ぎ払いは厄介な技である。
範囲が広い。避けても二回三回と攻撃が続けば不利となる。
破壊力もある。先端の刃を避けて、芯を受け止めたとしても、遠心力を得た槍を素手で止めれば骨が砕かれる。
それ故、対処は攻撃後の隙を狙う──のが通常。
ヴァネシオスは前進し──大きく腹筋を突き出した。
「我の腹筋、硬いのよぉ!」
ビシッタンッ! と槍の芯が腹筋に当たり鈍い音を立てる。
槍が止まった。本来なら骨が砕けるはずだが、止まった。
「えええええ」
「これが筋肉の力よ!」
槍を掴み、無理矢理、怪刻を引き寄せた。
拳はまっすぐ正拳突き。
狙う場所は下顎の真ん中。
「頭部八所、身心急所。【正打顎下】、すなわち、意識を殺消す」
怪刻の顔が前後に揺れた。
叫びも音もなく、その場に崩れる。
「顎を殴れば脳震盪。最も有名な急所ね。仕組みは単純。
顎下をまっすぐに拳が叩くことにより、首の付け根がテコの支点になって、頭が前に振られる。
それで、まぁ意識が跳ぶってこと。詳しくは──体感した方が早いわよねェ」
地面に伏した怪刻二人の横で、ヴァネシオスは胸筋を動かす。
「……貴方、ただの変態オカマではなさそうですね。
……というより、ワタスシ、知ってますよ。まぁ、思い出したというべきですが」
「何かしら。我の男の好み?」
「すふふ。厳密には、貴方たちのこと、でしょうか」
スカイランナーの言葉に、ヴァネシオスは顔色を変えず──ただ瞳が暗くなった。
「……その『衆団』は乱波透波衆の中でも異質。
多くの衆で使われる暗器と武器の類を禁じ、市井に紛れ込むことを得意とする。
民間人を装い目標に接敵。鍛えた己の肉体のみを使った暗殺術を用いる『暗殺者衆団』。
たしか──」
そして、次の言葉をスカイランナーが言うより早く──拳が打ち出される。
拳は、スカイランナーの被り物を掠めた。
避けられた。
何かしらの風の魔法で盾でも張っていたのだろう。
「っ。喋ってる最中にッ!」
「あら、お喋りしてたら、その舌ごと抜くけどいいのかしらね」
「すふふ。ともかく暗殺者であろうが何であろうが、所詮、人間の戦士。
魔法との相性は最悪だと、ご存じのはず」
スカイランナーは空中に浮く。
「そうね。魔法は苦手よ。使われる前に本来なら倒すからね」
「でしたら、大人しく、ボロボロにされるがいいでしょう!!」
風の刃が舞う。
ヴァネシオスは迷いなく避ける。だが、限界もある。
見えない刃は回避しきれない。血も舞う。それでもヴァネシオスはまっすぐに見据える。
(スカイランナー。倒せるなら倒したけど、無理そうねん。
なら……我の目的は、当初の通り、時間稼ぎ)
スカイランナーの背後に視線を一瞬だけ向ける。
まだ、屋根と屋根を渡っている最中。数分の時間は掛かりそう。
地下大迷宮の出口の上に向かい、狼と少女がこっそりと動いている。
(魔法は苦手だけど、大丈夫)
「この筋肉で、魔法なんて防ぎきってやるわよッ!」




