【12】愚かしい選択が、一番良い時【39】
◆ ◆ ◆
馬車に轢かれそうな子供がいたら、貴方はどうする?
え、何、助けに向かえば助けられそうなら行く?
ずるいわよ、その解答。
じゃぁ……八割だったらどうかしら。
二割、助けられる。八割、助けに行っても間に合わず自分ごと『吹っ飛ぶ』かもしれない。
ね。そんなの……行くべきじゃないのは頭で分かってるけどね。
助けに行った所で、『吹っ飛ぶ』ことが八割……いえ、それ以上の確率で待っていても。
我は、行くことを選ぶわ。
でも……そう。条件は絡み合うのよ。蛇の喧嘩みたいに、複雑に。
我は……背中に、他の子を背負ってる。
イオちゃんだけじゃない。
狼先生も、知らないサクヤちゃんとかいう子も。
賢く生きるべき。
賢い選択を、するべき。
みんなのことを背負ってる。だから。
それが、一番……一番、大切なことだから。
◇ ◇ ◇
『ヴァネシオス』
「分かってるわよ。ええ、分かってるわッ」
声を殺しながらヴァネシオスは唸る様に答えた。
眼下──翼の生えた子猫のようなシャル丸が、スカイランナーに蹴飛ばされている姿を見ながら、歯軋りを止められずにいた。
(今、ここで跳び出したら、イオちゃんも、サクヤちゃんとかいう子も……狼先生も、無事でいられないでしょうからッ!)
ノアを守るように戦っていた。
スカイランナーをとにかく引っ掻いて、周りの怪刻が押さえつけ──今、また踏まれている。
『いや、ヴァネシオス』
「……分かってるわッ、賢い選択をするに決まってるじゃないッ」
『分かってない』
「うるさいわッ! 分かってるったら!」
ぱしっと狼先生の前足がヴァネシオスの頭に乗った。
『落ち着け』
「……先生」
『そんな顔をするな。凄い顔をしているぞ』
「我は元からこういう顔よ」
『化粧が崩れるぞ』
「崩れるほど薄い化粧はしてないわ」
『イオが怯えるぞ?』
「それは──」
『怯えてはいないな。ただ、その顔は』
イオは、ヴァネシオスに手を伸ばすような姿勢で、その顔を向けていた。
『心配しているぞ』
「……イオちゃん。……その」
イオはそっとヴァネシオスの手に触れた。
目線が、シャル丸の方へ向いた。
その行動は。
『助けてあげて、と言っているようだな』
「でも、そしたら」
『ヴァネシオス。さっきから私の言葉を散々遮ってくれたから伝えられなかったが、止める気などないぞ』
「え?」
『やるなら安全に、かつ確実にやるべきだ。
賢い選択などと吹いていたが……賢い選択が正しい選択とは限らない。
愚かしい選択が、一番、良い時もある』
「それは矛盾してない? 愚かしいことが一番良い時なんて無いでしょ」
『いいや、あるんだよ。愚かしい選択が──』
その返答に、ヴァネシオスは笑った。
「何それ。もう、先生ったら……そうね。確かに、そうね」
『ああ。だろう?』
「素敵。……先生、いいわよ、我を抱『さて、作戦は単純だ』
「先生も遮るじゃない」『イオに悪影響だろうからな』
狼先生はカラッと笑う。
『あの出口。地下大迷宮への出口は、通常、こちらから入れない』
「なんとなく知ってるわ。不正防止よね、迷惑な魔法だわ」
『ああ。しかしだな。ここの地下大迷宮の『立ち入り禁止の魔法』は、
『不響』と違ってそこまで念入りに組まれていないようだ。
いや、見た所、後付けで足したのだろう。その辺の歴史は置いておくとしてだな』
「説明長くなるパターンかと思ったわ」
『ふん……。まぁ、あそこの、出口の上に刺さってる剣があるだろ』
「剣? 見えないわよ」
『何……そうか、認識阻害も丁寧に掛けてあるのか。まぁ、いい。
何にしても、あれを抜くのは私がやろう。
ともかく、あの剣を抜けば『立ち入り禁止』の魔法は解ける』
「なるほど、出口から地下大迷宮に逃げるのね!
……でも待ってよ。それじゃ逃げても、スカイランナーも追ってこられるんじゃない?」
『だろうな』
「だろうなって」
『だが、入ってしまえば勝ちだ』
「え?」
狼先生は鎖で上手く動かないが、どうにか前足を伸ばし首筋を掻くような仕草をして、首筋を見せる。
毛の中に隠れていたのは──黒い真珠のような小さい玉。紫黒の花のような紋様が、僅かに光って浮き上がっている。
「それ……あれ、なんか見覚えあるかも。確か、そう、スカイランナーに拉致られた後に落っこちてた奴よね」
『そうだ。置いて行ったんだよ。お互い、近づいたら分かるように置き土産さ』
「見守り機能? 過保護ねぇ」
『ふん。まぁ、そういうことだ。だから、ヴァネシオスよ』
「?」
『見ろ、敵は丁度よく減った。牛頭はどこかへ行ったぞ。
奴の腹心のような怪刻が二体だけだ』
「あら、ラッキーね」
『今が好機だ。……頼めるか?』
「もちろんよん。……ありがとね、先生。大好きよんッ!」
◆ ◆ ◆
シャル丸は叫ぶように鳴いた。ただ、それは痛みで鳴いていないのが分かる。
怒りだろう。そして、意思も感じる強い声。
「あのですねぇ。ワタスシは魔界貴族の爵位。貴方はいくら有名でも魔物如きなのです。
意味は分からないと思いますが……歯向かっていい相手ではないんですよぉ?」
蹴り飛ばされる。何度目の蹴りか分からないが、その都度、シャル丸は立ち上がっていた。
シャル丸は鳴いた。その意味を知るものはここにはノアしかいない。
スカイランナーはシャル丸をひょいとつまんで持ち上げる。
「すふふ。まぁレア素材らしいので、良い感じに解体してあげましょう。
いや、いっそ売ってしまう方が高いんでしょうかねぇ」
威嚇の声が上がる。だがスカイランナーに爪は届かない。
「勝てないと分かっているのに挑むのは愚かです。本当に愚か!
というか、本能はご存じ無いでしょうかねェ!」
シャル丸の首を、締め始める。
「動物は生き残る為に仲間を見捨てることを厭わない。
鳥は捕食者たる蛇に襲われた時、我が子である卵を差し出す!
魚の群れは自分以外の誰かが食われても自分だけは生き残りたいから群れを成す!
生物とは、とにかく賢く生き汚い! 勝てないと悟ったら早く諦めなさい!
それが賢い選択と──あ?」
顔に影が落ちる。見上げると、そこには。
「ズッ、ギュゥウウウウウンッ!!!!」
自前の効果音を上げながら、スカイランナーに拳を構える筋肉隆々の魔女男。
振り被った拳は、スカイランナーの右顎を正確に捕らえ──撃ち抜くように放たれた。
頭を振るい、脳を揺らし、スカイランナーの華奢な体が後ろへ飛んだ。
だが、殴った本人は分かってる。ダメージは入ったが、致命傷ではない。
(魔法の防御かしら。用心深いわね、意外と)
岩盤を叩き割って着地する巨躯。
シャル丸を左腕で抱きかかえ、迷いは一つも無い晴れた顔で右拳を握る。
「シャル丸──」
『……シャァ』
がぶりとヴァネシオスの腕に噛み付いた。
「オッケー、いつも通り元気でよかったわ」
「かっ、あっ。この、オカマッ!!」
「うふん。オスちゃん、って呼んで頂戴」
「っ……すふふ! お前も愚かしい選択をしますねッ!
我が配下もいる現状に飛び込んでくるなど! 三対一!
すふふ! 愚かしいにも程がありますねェ!!」
兄弟怪刻とスカイランナーの計三名。
「愚かしい選択が、一番良い時があるのよ」
「はぁ? 無いですよ、そんな状況」
「さっき教わったわ。愚かしい選択肢が、
一番『気持ちが良い』時がある、ってね」
「……は。馬鹿ですねェ! 今から気持ち良く惨殺されるのはお前だというのに!」
「いいからん。脅しよりも……──さっさと掛かって来いやア!!」




