【12】ともかく運が強い【37】
◆ ◆ ◆
強い。
力が強い。獣竜種と殴り合って勝つ程の力。
体が強い。銃で撃たれても致命傷じゃないなら笑ってられる。
そして一番は、運が強い。
──そう、昔から異様に運が強い。
死亡率九割を超える猛毒の蠍蛇に噛まれた時も、死なずに済んだ。
名門貴族の令嬢の帰宅時に尾行て押し入って最初の■■を行った時も、走査線に名前すら載らなかった。
襲った女の子の親が銃で撃ってきた時も、偶然に心臓から弾丸が逸れて生存した。
そう──僕朕、パバト・グッピは、ともかく運が強い。
いや、運だけじゃない。
僕朕は、力も体も、性欲も強いのだ。
今日まで果てしない衝動に従い生きてきた。
泣いている女の子が可愛い。大切なモノを失って絶望していく姿が最高だ。
胸の中から湧き上がる衝動のまま、僕朕は生きた。
結果、慰み者にされた娘たちの家族は怒り恨み──報復に力を注ぐ。
幾度となく決闘を申し込まれたり暗殺者を送り込まれたりしてきた。
その都度、全てを返り討ちにしてきた。無残な程に、徹底的に。
世界は、本当の意味で正しいことを言った人間が勝つのだ。
自分の心に正しく向き合えた人間が──勝者なのだ。
ただ、その敵たちに、僕朕は楽勝を続けた訳じゃない。
何度も死に目に遭った。拷問で股間を切除されたこともある。
何度も何度も悔しい思いをし、僕朕は、勝つ為に力を磨いてきたのだ。
術技も獲得し──魔力を高め、筋トレもした。
全ては、可愛くて愛らしい女の子を──甚振る為に。
だから、あの高さから落ちても偶然死ななかったのは、ある意味僕朕にとっては、当然の結果だ。
運も良い、脂肪だらけの体だが、その下に鍛えている筋肉もある。
生き残って、当然なのだ。
ま。生き残ったはいいが、厳しい状態であることは間違いない。
まず、地上が遠い。どれほどの高さから落ちたのか。
落ちた場所を見つける。その場所は小指の爪ほどに小さく見えた。
……体を動かそうと力を籠めてもダメ。動かない。
いや……厳密には動かせない、だ。
手も足も、なんなら腰から下、無いのだから。
生き残ったはいいけど……
僕朕が落下した先に運良く鵺竜が居た。
それが緩衝材となり、生き残った訳だ。
とはいえ、上半身しかない、虫の息。
目を瞑った。
あの、煙草の男。あの顔、二度と忘れない。
あのハゲは……絶対に殺す。ただ殺すだけじゃない。
その家族や友人を全員集めて虐殺してから、その両目に煙草の火を押し当てて失明させてやる。
そして、白髪のハルルちゃんも忘れない。
芯の強い、一本気のある真っ直ぐな戦い方だった。
華奢で可愛い可憐さだけじゃない。
僕朕を殺すと決めた時の冷酷無情な冷たい目までも出来る子!
ああ、素晴らしい。素晴らしい!
必ず、僕朕の物に、して見せる……!!
ああ。楽しい。楽しいなァア!
「必ず捕まえで……ぐちゃぐちゃに」
ぐちゃぐちゃにしてやる。
目標が出来ることが、本当に楽しい。
全てはその為に──。
がぶり、と隣に転がる竜の肉片を齧る。
苦い。不味い。気持ち悪い。
それでも、食う。
これを食って自分の体の一部と定義することが出来れば。
【物質変形】で、失った体を再生することが出来る。
泥水のような肉汁、苦い。砂利のような舌ざわり、苦い。
でも、必ず。
必ず復活して、奴らを──絶望の底に叩き込んでやる。
◆ ◆ ◆
今、助けるからね……!
そう勇んでいた時期がぼくにもありました。
揺られる馬車の中。
どこへ行くのか外を見るが分からず、ため息。
「勝てなかったし、勝てる訳などなかった」
「即負けでしたね。シャル丸さん」
──王鴉のノア、そして、有翼の獅子のシャル丸。
二匹とも仲良く同じ動物籠に押し込められていた。
また、二匹は意思疎通が出来ているが、実際に人間の言葉で会話している訳ではないので悪しからず。
「いや、惜しい所まで行ったと思うけどなぁ」
「確かに、いい引っ掻きでしたよ」
「だしょだしょ。いい暴れっぷりだったっしょ」
「ええ、流石でした。いつも弟さんに噛み付いているだけありましたね」
「はは。あれはまぁ教育だからちょっと違うけどね」
「そうですか」
ノアはそう鳴いてから、少し間を開ける。
そして、あの、と声を出した。
「?」
「あ、えっと……そうです。これ、どこ向かってるんでしょう」
ノアとシャル丸を拉致っているのは、怪刻の二人組だ。
二人組はずっと喋っているが、ノアにもシャル丸にもその内容は正しく理解できていない。
ただ、誰かに会わせるというニュアンスだけは伝わっていた。
「まぁ、逃げれるわけでもないんだし、考えても無駄でしょ」
「シャル丸さんらしいですね。その考え」
ノアがそう言うとシャル丸は鼻を鳴らして体を伸ばした。
また二匹の間にしばらくの沈黙が流れる。
「……助けられなくて、ごめんね」
今度はシャル丸が口を開いた。
「え?」
「……いや、別に。やっぱ何でもないから忘れて」
「……シャル丸さんが、助けようと、すぐに向かってくれたのは嬉しかったですよ」
ノアの言葉に、シャル丸はそっぽ向いて自分の顔を撫でた。
「まぁ……ノアが巨乳の女の子だったら、もっと真剣に全力出したけどね」
「またそういうことを言って。まったく、どうしようもない人ですね」
ノアが笑うと、シャル丸も笑った。




