【12】狼先生のスカイランナー分析講座【35】
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『後で、あの子にやらせよう。大丈夫、傷は残るかもしれないが。
あの子は人体操作の魔法は詳しい。顔を作る魔法も心得てる子だ』
狼先生は優しい口調で少女イオに言った。
イオはぺこりと頭を下げてから、マフラーを手に取る。
イオは、鼻から下、口が焼かれて口が利けなくなっている。
喉にも指程の針が数本刺さっている。食事は口があった場所の一番左側に管があり、そこから液状の食事を摂っていたと、狼先生とヴァネシオスは読いた。
こんな拷問染みた被害にイオがあったのは、彼女の持つ術技をスカイランナーが悪用する為だ。
【瞬間複製】。それが少女の術技だ。
目で見た術技を複製する。
そして、その複製術技を一度だけ使える。
スカイランナーの持つ術技は【猿猴月取】。
読み仮名は彼が自ら付けたと公言していた。
【猿猴月取】は、相手の持っている術技を自分が代わりに『借りて』発動出来る。ただし、条件付き。
なのだが、何が条件か、狼先生もヴァネシオスも知らないでいた。
狼先生の術技はどうやら『借りられない』。
だが、少女の術技は『借りられる』。
そして──今、隣で眠り続けている鬼人族の『魔王討伐の英雄の一人』であるサクヤ。
彼女の術技は『借りられない』。ようだ。
「サクヤちゃんの術技を借りられないってどうして分かったの?」
ヴァネシオスが訊ねると鎖に巻かれた狼先生は鼻を鳴らして見せた。
『サクヤは【交換】という術技を持っている。
術技や魔力を取り換えることが出来るのは勿論、病気や毒などの状態異常から怪我の状態までな。
好きな物をそっくりそのまま交換できる術技だ。条件は手での接触。
三秒間接触すれば発動可能。もし、借りられていたら、私の持ってる術技を奪いに来ただろう』
スカイランナーの目的は魔王の持つ固有術技の一つ、【魔王書】を奪うこと。
読んでも大したことは書いていないが、古代魔法も記載されており、力に憧れるスカイランナーからすれば喉から手が出るほど欲しいのだろう。
「え。その子の【交換】って、超強くない??」
『ああ。正直、魔王討伐隊の中で最も厄介な術技と思っていたよ。当時からな』
ふと──イオがつんつんと狼先生を突いた。
『なんだ?』と声を出すと、イオは板に文字を書いていた。
──喋れない彼女は持っている板で筆談するのだ。
《背が低い相手からしか 術技を採取出来ない って言ってました》
『……なんと。スカイランナーの術技のことであっているか?』
こくっと、頷くイオ。
《視界内に居る 背の低い相手 名前を全部 呼ぶと 発動できるそうです》
「あの鳥、滅茶苦茶みんなに言いふらすわね。自分の社外秘」
『……昔からそういうヤツだったからな……左遷はそういう理由もある。
敵にやられた時に魔王軍の秘密をペラペラとよく喋る癖があったな……』
「先生も苦労するわね。まぁ、今回はその癖のおかげで発動条件を知れて良かったワ。
ふふん、イオちゃん、お手柄よ!」
ヴァネシオスがイオを撫でた。
イオは少し困ったように照れてマフラーで顔を隠す。
『しかし、そうか。……ふっ。ハイカードか。
相手と比べて自分が高くないと勝てない。的確な自己分析じゃないか、ヤツにしては』
「……あれ、狼先生。貴方、スカイランナーより低いんじゃないの?」
『この狼の姿ではそうだが、実際は180cm越えだ』
「うそぉ」
『その上、自分でいうのもなんだがイケメンでね。
とても端正な顔立「まぁ先生の術技が奪われることは無さそうね」
『被せるな。私の会話に。皆読み難いだろ』
「ごめんごめん~。ほら、イケメン自己申告なんて超痛いから早めに突っ込んであげようと思ったわけじゃない? 怒らないでよ、狼先生」
『はぁ……だが、これで奴の狙いが分かったな』
「我も分かったわ。
イオちゃんの術技を全部スカイランナー自身に移動させたいのね」
『だろうな』
少女イオとスカイランナーの二人を対象に『術技』を【交換】したならば。
イオの術技【瞬間複製】と、イオが溜め込んだ【複製術技】がスカイランナーへ移動する。
『複製で作られた術技がスカイランナーに移ってから発動後に消失するかどうかは不明だがな。
またその後に必要な術技を交換していきノーリスクで発動出来る術技だけを残すということもあり得る。
交換は大戦時から何でもありな──』
「狼先生、言っていいかしら」
『またか』「え?」
『またか、と言ったのだ。お前ら全員、どうせ分からないって言うんだろ! 説明が難しいとまた言うんだろ!?』
「ピンポーン!」
『……ふんっ。分かった、術技の詳細はもういい。
ともかく、スカイランナーに交換が渡らないようにすればいいんだ。
この二人を守り抜けば大丈夫ってことだ!』
「凄い分かり易いわ~流石、先生♪」
『調子が良いな、まったくっ……』
「それとさ。狼先生?」
『ん、なんだ?』
「ここ、本当に安全なの?」
『まぁ、屋内よりかはな』
今いる場所は──屋根の上だ。
雪でちょっとした雪洞を作り、その中に全員収まっている。
『屋内で遭遇戦をするより屋外の方がまだやりようがあるだろう』
「まぁ、……そうかもだけど」
『それに、ここからなら地下大迷宮の出口が見える。
あの子たちが出てきたらすぐに合流出来るだろう。早く合流してここを離れよう』
狼先生はそう言いながら、地下大迷宮の出口を見た。
洞窟に開いた穴。その穴の周りには柱が埋められていて、朽ちた遺跡を彷彿とさせる奇妙な出口である。
出口から中に入ることは出来ない。ここから遠目で見ても分かる。風景が歪む程の魔法がそこに掛けられていた。
出ることは出来るがここからは入れない。
(これを作ったのは太古の鬼人族。まさに鬼畜な修練場を作ったものだな……)
「狼先生、何か焦ってるの?」
ヴァネシオスは、訊ねた。少しだけ優しい口調で。
狼先生はヴァネシオスを見ない。
隣のイオが、狼先生の耳から頭を撫でた。
『おい、イオ。そう撫でるのは止せ……まったく。……はぁ』
──ヴァネシオスを、狼先生は見る。
『……焦ってなどいない』
「そ。まぁなんでもいいけどね」
(……嫌な感覚がする、などと告げられないだろうに)
狼先生は、ため息を吐く。
(この感覚のヤツが……まさかとは思うが……接触などしていないだろうな……あの子に……)




