【12】ハルル VS パバト・グッピ ②【32】
◆ ◆ ◆
……声が、した。
なんだ。ハッチの声だ。
何て……何を喋ってるんだ。
何で背中こんな痛いんだ。あ、そうだ。
オレ、さっき……超、変なデブに殴られて……。
くそっ。思い切りぶん殴りやがって。滅茶苦茶に痛ぇじゃねぇか……。
目を開けた。眩しい。ずっと目を瞑ってたからだけど、薄暗い洞窟ですら眩しかった。
「ガー……!」
ぼやけた視界の焦点が合う。
「は、っち……っ、痛ぇ」
「大丈夫っ!? 薬は塗ってあるから」
「悪……いっ……って、ハッチ、その腕」
焼け爛れてる。毒、か。
「超痛いけど……後でこの毒から、いい薬作ってやるわ」
痛みを堪えながらハッチは強く笑って見せた。
「そして、最後に紹介するは、冒険者になった彼氏を待ち続ける牧場にいた女の子。
彼氏と文通しててね。その手紙を読みながらやるのは最高だったなァ。
顔は地味だけど芯が強い子でね。その子は両脚を失っても気丈に振舞っていたよ。だからね」
気持ちの悪い男、パバトの声がした。声の方を見て──オレは目を疑った。
血と毒薬に塗れたハルルッスが、槍を支えにして膝をついた、その瞬間だった、から。
「それくらいの怪我じゃあ、まだ立ち上がりなよ」
「は、ハルルッスッ!!」
左腕は火傷したみたいになって、血が。
それに、ピンク色の毒液だろうか、それが全身に掛かっている。
「おっと。お目覚めのようだねぇ、半人くん」
「っ! お前ッ」
パバトも血塗れだ。だが、平然としている。
どういうことか分からない。
上半身の服とかも全てなくズボンだけになってるから、ハルルッスの攻撃で燃えたんだとは想像がつく。
ただ、それなのに、なんであんなに平然と立っていられるんだ。いや、そんなことを考えてるような状況じゃない。
「安心してほしい。別に全員殺したりしないよ。
全員生きた状態で持って帰りたいのさ!
毒だってその為に致死性が低いモノにしてるんだよぉ?」
「ガーちゃんさん……ハッチさん。……ルキさん、まだ起きてないと思うので……
二人とも……ルキさんと一緒に、少し下がっててくださいッス……ここは、私が」
ハルルッスが、立ち上がった。
「ほおお! まだやる気があると! いいね! 本当にいい!
仲間を守る為に立ち上がる! 気高い! それ故に、堕としたいッ!」
「ダメよハルルちゃん! ガーが起きたら逃げるって約束でしょっ!」
「……大丈夫ッス。絶対に、絶対に勝つんで。物陰から、でも見てて、くださいッス」
物陰からでも?
変な言い回しが気になった。もしかして、何かあるのか、切り札が?
「ハルルちゃん! 何言ってるのよっ!」
「ああ、けなげで美しいなぁ! ほんっとに好き!
その真っ直ぐな目が、ほんっとにいい!
そして、勝てないと気づいた時に絶望する姿が!!
諦めて崩れ落ちるその姿が、早く見たいんだよぉ!」
「……それは、見せられそうにないッスね」
「はぁ?」
「勇者は……どんな時でも……諦めないんで」
「どこにでも売ってる、特価な言葉だ。
そして、そう言ってた人間こそ、崩れる時が美しい」
パバトは走り寄った。早い。なんでデブなのにあんな早いんだッ!
「崩れる時が美しい? ……随分、意見が違うッスね」
振り下ろされた拳はハルルッスの顔面に打ち込まれた。
だけど──ハルルッスは殴られながら、その腕をボロボロの左腕で掴んだ。
「っ、僕朕の拳を真っ向から受けて!? そして、怯まないだとっ!」
「困難に崩れて、辛くて泣き崩れたとしても……人は。少なくとも、自分が思うのはッ!」
「反抗的な目だなァ!! 服従させたくな──ぎぃっ!! 痛っ!!」
ハルルッスは──槍をパバトに突き刺した。
「立ち上がる時が一番、カッコいいに決まってるじゃねぇッスか……!」
「がっ! は、はっ。月並み、すぎて、笑えて来るなぁっ! また爆発かっ!
だが、分かってるんだろう!? その槍の爆発じゃ、僕朕は倒せないとっ!」
「一回だけ……この槍には、修理後、一回だけ使える大技があるんスよ。
当てるのが難しくて。逃がさない距離に、あんたをようやく誘導できて、良かった」
「な!?」
「逃がさないッスからね」
「おま」
パバトの腕がビキビキと音を立てる。
槍を握り込み、柄元にあるピンを──
「蛇竜の頭をも吹っ飛ばす最高の爆発、『爆竜撃』……! 一緒に味わうッスよッ!!!」
──その起爆ピンを抜いた。
◇ ◇ ◇
ハルルの持つ爆機槍は、一度だけ出来る大技がある。
それは──実際に竜の頭を吹き飛ばしたことから『爆竜撃』と製作者が名付けた。
大層な名前を付けられたその大技の正体は──誤爆。大失敗による誤爆発だ。
魔法機構と爆発機能を混線させることにより、槍は異常発熱と制御機能が無限ループする。
槍の中に爆発とそれを押さえる機能が同時に集積。一瞬で槍本体が耐えられなくなる程の爆発力を蓄積し、限界を超えることで放たれる一撃。
それは、小さな家を一軒吹き飛ばす程の大爆発となる。
極限まで白い発光。音を超えた爆音。
あまりの爆風だったが、間一髪、ガーはハッチとルキを抱えて岩壁の隙間に入っていた。
「ハルルッス!」
燃え盛る爆心地。超大なスプーンで抉ったように大穴が空いている。
ガーが叫び駆け寄った相手は──意識が無かった。
だが、良かった。見た目、怪我が少ない。
(ハルルの体が濡れてる? なんだ、爆風から何か、身を守ったのか? でも、この右腕だけはマジでヤバそうだ。焼け方が……なんだよこれ)
その腕は赤黒く腫れあがっている。炭のようだ。
(奇跡、か? あんな炎の中で右腕だけで済むなんて。いや……これは、流石に魔法、か?)
「……すまない。ボクが、いながら」
声がした。
地面を這う、紫の長い髪の女性。賢者ルキだ。
「ルキさんが、守ったんですか……?」
「ああ……だが、ボクの魔法でも守り切れない火力だった。右腕は、早く処置しないと……。
間に合って、良かった……っ。まったく、あんな爆発、至近距離でやるなんて……
この子は、本当に……アイツの弟子らしい……」
ルキが微笑んだ、まさにその時──
「火で炙るのは……ぶひゅ……そういえば、最近、やってなかったなァ……」
爆炎の向こう側。
右腕と、頭。
「あ、あの爆発で、まだっ」
肩のあるべき場所に頭を乗せて、最早胴体と呼ぶべき場所がない男。
ただ、着実に胴体のようなものが再生されていく。
死体のようなパバトが、血走った眼で蠢いた。
「ぶひゅ……僕朕の体を、ここまで、削り取るなんて。許されない。
許されないぞぉおおお!!!!」




