【12】これは絶景だね【30】
鵺竜の人間の声に近い唸り声が、うるせぇ。
人間の悲鳴のような甲高い独特な怒号。敵意剥き出しのその声は鳥の群れのような喚き声だ。
「粋が良いな。どいつもこいつも」
「くすくす。そーだね。まぁ、所詮七匹弱?」
「だな」
敵意を向けて貰ってるから、気兼ねなく暴れようと思う。
さて。ヴィオレッタと行ってる『魔物多く倒した方が勝ち』賭け。俺は個人的に規則を定めている。
それは、俺の術技発動の禁止という規則だ。
ハンデだな。……まぁ、大暴れしたければ術技を使うべきなんだけど。
規則は守りたいので……久々に、剣技というヤツをやろう。
ヴィオレッタの洞察力で真似されるか? まぁ、真似して簡単に使いこなされたらそれまでってことでいいわ。
俺は、剣を左手に持ち替える。
「その構えは見たことないね」
「ああ……俺も何年振りかだな」
左手で剣を握り、そのまま左腕をぶらんと垂らしたような。
下に構える独特の構え。垂手構え、というそうだが、どうでもいい。
俺のちゃんと学んだ剣術流派、天裂流。
天──つまり、己より高きもの、強きものを裂る為に作られた流派だそうだ。
だから、他流派にない異形の構えや特殊な技が多い。らしい。
いや、俺はこの流派しか触れてないからさ。
俺は、そのまま駆け寄り、跳ぶ。竜の真ん中へ目掛けて跳ぶ。
そして。
見る。
「八眺絶景 荒地」
絶景。これも、この流派の『特殊な技』の一つ。
自分で見ている世界の動きを緩やかに見る技術。
跳んだ血飛沫の数を数えることも出来るし、飛び上がった砂の欠片の形も正確に分かる。
絶景と呼ばれてはいるが、実際は誰にでも起こる普通の現象だ。
例えば、死地に置いて一秒が無限になる程に長く感じる『走馬灯』。
また達人同士の戦いではお互いの攻撃が緩やかに見える『達人感覚』。
それらを包括し、さらに戦闘用に改良が加えられた特殊な技。それが『絶景』と呼ばれる技だ。
まぁ、疑似的な時間停止だ。いや、時間遅行というべきなのか?
全ての物の動きが緩やかな『絶景』の世界。
そんな世界で動くには幾つかのコツが必要だ。
コツの一つは……呼吸を止めること。
竜たちの動きがとてもスローだ。
息遣いも見えるほどに。
絶景を使った技は、相手にとって不可避の速度から繰り出すこととなる。
そして『荒地』は、多数の敵と戦う時を想定した技。
身体をねじる様に捻り、駒のように回りながら、敵を斬る。
繰り出す足を斬る技。七体全ての足を回し斬る。
当然だが、鵺竜は何が起きたのか理解できずに大声を上げている。
絶景の世界では音も遅いが、長く聞こえる。うるさいものだ。
トドメと行こう。次は。
『くすくす。後は、首だね』
絶景の世界で──同じ速度で動くことが出来るのは、絶景を使える人間だけ。
ヴィオレッタは、俺の上を緩やかに跳んでいる。
そして抜いた剣で、竜の首に剣を入れる。
俺も、合わせて隣の竜へ。
まさか。ヴィオレッタ。
『お前も──絶景が使えるのか』
『絶景? この技のこと? ふぅん。なるほどね。確かに』
血飛沫が緩やかに跳ぶ異様な景色の中で、ヴィオレッタは確かに微笑んだ。
『これは絶景だね』
◆ ◆ ◆
「あの駄犬魔王……ワタスシ、キレそうですよっ!」
「僕朕はもうブチキレてる」
爆発の仕掛け罠で、部屋は黒い煙に包まれていた。
煙が充満する部屋から、二人の影が飛び出す。
一人は痩せた背の低いスカイランナーと、もう一人は背の高い巨漢のパバト。
どちらも顔を物理的に黒く染め──精神的には、真っ赤な怒りを滲ませていた。
「かくなる上は、魔族の大軍を」
「スカイランナー。鍵の転移魔法具を貸せ」
「え、何故です?」
「転移するからに決まってるだろ?」
「いや、実は壊れてて……」
「っち……使えないなぁ。仕方ない、勿体無いが自前のにするか」
パバトが深くため息を吐く。
仕方ない。パバトはそう呟いてから自分のズボンの中に手を突っ込み、股間の辺りをまさぐり始めた。
「な、何やってるんですか、気持ち悪いっ!」
「ぶひゅ。別に発情欲情した訳じゃないよ。これを取り出したかっただけ、さ」
それは長い棒──よく見れば、巻物だ。
羊皮紙のそれは、見る物なら一発で何かわかる。
「呪術巻物ですか。珍しい。話の流れからして、転移魔法の?」
「ぶひゅひゅ、そうだよ。そして、ただの転移魔法じゃない。粘着質な転移魔法さ」
「……付きまといの魔法付きですか?」
「ご明察!! 転移魔法の中でも異質な、対象者を選んで発動し、対象者の所まで転移するという、ストーカー御用達魔法!」
「流石、変態。まさか持ってる魔法具まで変態的とは……」
「ぶひゅぶひゅ。そんなに褒めても脱ぐことしかできませんよぉ」
気持ち悪い。とスカイランナーは苦笑いする。
「しかし、付きまといの魔法であっても、不響の魔法が散りばめられてますからね。きっと上手く発動出来ませんよ」
「大丈夫。効果が錯綜して対象者が選べないだけで……多分、適当な誰かの近くに転移するはず」
「……ほう。それは、つまり運が良ければ、魔王を見つけられると」
「その通り! それに運よくヴィオレッタに当たればっ! 僕朕はある意味その場ですぐに絶頂ですよぉ!」
涎を垂らした笑顔を浮かべて、パバトは巻物を空へ向かって投げた。
青白い光が眩く輝き、パバトの姿が消失する。
「さて。ワタスシもワタスシで……探しましょうかね」
(とはいえ、魔王は必ずワタスシに接触してくるはず。
何故なら、崩魔術式の鎖を繋ぐ錠。それの鍵をワタスシが持っているから。
さぁ、早く迎える準備をせねば)
◆ ◆ ◆
(さて。付きまとい付きの転移魔法で跳んできましたが……)
パバトは周囲を見回した。
大迷宮内には転移成功。薄暗い内部。
そして……目の前に立ち止まっている人間、四名ほど。
車椅子の寝てる女。黒い半人男? 美人な女に。
……。
パバトは口を開けて笑った。
涎が、溢れんばかりの涎がべちょっと地面に落ちた。
「次は何スか? 突然現れて……魔族、ッスか?」
銀白の髪。透き通る白い肌。華奢な体。
それに似合わない無骨な槍。そして、細い首。
何より。何より。
その目。まっすぐな──いい目。
「か。かかかか! かか! かわぁいいぃねぇ……キミッ!」
パバトは吼える。獰猛に。
銀白の髪の少女、ハルルに向かって、吼えていた。




