【12】項垂れるな。私を見ろ【27】
◆ ◆ ◆
──スカイランナーが騒ぎ立てた朝より前。まだ夜の頃。
その『小さな部屋』にて狼先生とヴァネシオス、そしてマフラーの少女はぎゅうぎゅう詰め状態で一緒に居た。
壁際でヴァネシオスに寄りかかる様に狼先生。狼先生に抱き着いているマフラーの少女という図。
マフラーの少女は気持ちが落ち着いたのか、とろんとした目をしていた。
狼先生は尻尾で少女の背を『とん、とん』と優しいリズムで叩きながら見守っていた。
「ほんとに、狼先生ってロリコンよねぇ」
『ヴァネシオス。大人が言ってはいけない言葉を言ってやろう。死ね、貴様』
「あらん、酷いワネぇ~冗談よ~!
というか言葉を間違えたわ~、少女を釣るのが上手い、っていうのかしら」
『後で魔法を使えるようになったら逆さ釣りにして雪禍嶺に置いて行ってやる』
「うふふ。そういう放置プレイかしら」
『まったく……』
「ね、先生。本当に、この部屋は大丈夫なの?」
外の景色は見えない、この薄暗い『小さな部屋』。
ヴァネシオスの質問に、狼先生は小首を傾げる。
『ん。どういう意味だ?』
「いや、先生が教えてくれたこの魔法さ、初級魔法でしょ?」
『ああ、そうだな。だが、それでもすぐ覚えられる魔法ではないからな。
ヴァネシオスが魔法をすぐ使えて助かったよ。ありがとう』
ガーが相方だったら詰んでたな、と笑った。
「もうっ、そういうの素直だから好きよ。
……でもそうじゃなくてね。魔法の方は、だからこそ心配というか」
『ん?? 魔法の方?』
「こんな超簡単魔法で、ホントに姿隠せるの? 道隠しとか影潰しみたいな高等魔法じゃない訳じゃない、この魔法」
『ああそういうことを心配していたのか。なら大丈夫だ。
まぁ、パバトが出てきたら見つかるかもしれないがね。スカイランナー程度なら見破れないだろう』
「何それ」
『単純なトリックだからな。今時の子供は誰でも知ってるらしい』
「ふぅん。まぁ……先生が言うなら大丈夫だよね」
『それと、もう一つ、魔法を仕掛けたいんだ。そっちも簡単だからこの後教える』
「はいは~い。お任せあれよん。……それより、いいの? 外へ逃げなくてさ」
『まぁ、今は夜で雪だしな』
その会話を聞いて、狼先生に抱き着いたマフラーの少女がぎゅっと力を入れた気がした。
狼先生は少女を見やる。少女と目が合うと、少女はすぐに口元をマフラーで隠した。
少女は、自分の口が焼かれた顔を人に見せたくないのだろう。
『……別に君のせいじゃない。あー、えっと、イオ、だったか』
マフラーの少女の名前はイオというそうだ。イオは頷いた。
彼女は持っている板とチョークを使って筆談する。
そして何かを書いた。
《助けてくれたのに 足手まといで ごめんなさい》
イオは目を伏せた。
「あら。もうそんなことを気にしなくていいのに。ね、先生」
ヴァネシオスが笑い飛ばすと、狼先生はため息を吐いた。
『ああ。その通りだ。本当に気にする必要はない。足場の悪い雪道の夜というのが危険なだけさ』
それでもイオに元気が戻る気配は無かった。
ヴァネシオスが少し困ってからイオの頭を撫でて、狼先生は尻尾をとん、とんと同じリズムで鳴らし続ける。
イオは板に何かを書く。
《私が 小さいから 雪山を越えられなくて ごめん》
「違うわよ、先生も言った通り夜道が危ないだけよ~」
《でも 私がいなければ》
『はぁ……。おい、イオ。項垂れるな。私を見ろ』
先生がそういうとイオは顔を上げた。
「ちょっと、先生、言葉が荒いわよ?」
『ふん。『ごめんなさい』を連発されるのが嫌いなのだよ。
……似たようなことを……また似たような少女から言われたことがある。
その少女は『体が弱いから迷惑をかけてごめん』と毎日のように言ってきた』
狼先生は、こほんと咳払いをしてから、出来る限り優しく言葉を続けた。
『いいか? 自分の人生に協力してくれる相手に言うべき言葉は『ごめんなさい』なんていう謝罪の言葉じゃない。もっと単純な言葉だよ。──』
◆ ◆ ◆
「魔王は、この砦の外に逃げてない。そして、多分だけど、いる部屋はね……」
にやりねっとり、ぐっちゃりと、パバトは汚く微笑んだ。
──そして、『その部屋』の前に来る。
「パバト……ここは、拷問部屋? いやいや、パバト! 魔王はこの部屋から逃げ出したんですよ!」
「小声で喋れ馬鹿」
ここは、狼先生やヴァネシオスが吊るされていた部屋。スカイランナーの言う通り、ここから狼先生やヴァネシオスが逃げ出した。
「はぁ……馬鹿に分かり易く説明すれば、『だからこの部屋』ですよ」
パバトは扉をゆっくり開けて、部屋の中を見る。
地面には壊れた滑車と天井の欠片が転がっているだけの殺風景な部屋だ。
ゆっくりと閉めて、小声で喋る。
「ここから逃げ出したんだから、ここには居ないと、スカイランナーは思うでしょ?」
「……いやいや、流石に隠れる場所なんて何もないですよ!?」
「いいえ、あるんだなぁ、これが。水の魔法には……『鏡』の魔法がある。まぁ、見てなさい……『麻痺毒』」
パバトは右手に過激鮮明イエローの液体を生み出す。
そして、部屋の扉をゆっくりと、音を立てないように開けて……パバトは入っていった。スカイランナーも続く。
そして、パバトは隅に近づき、にったりと笑う。
スカイランナーは目を見張った。
鏡だ。本当に鏡がある。
パバトは鏡に向かって拳を構える。
「かくれんぼ、おしまいだよぉ!」
砕け散る鏡。乱反射する光。
その向こうに狼──
──の絵。チョークで描かれた、『あっかんべー』をした狼だ。
そして……その場の二人は見たことのある魔法陣。
とても単純な魔法陣で、綺麗な正円に縦一本だけの線。
周囲にはそこに『力のある言葉』の羅列。
魔族なら誰でも知っている。簡単に書けて、使い道豊富。
正円に縦棒。硝石を意味する魔法だと。
火力は少なめ。一個では殺傷能力は無いに等しい。
だが。
同時に、部屋の壁一面に、無数の同じ魔法陣が浮かび上がった。
一つが起動したときに、同時に複数起動する罠。
「ば……」
「爆発術式──!」
城塞内に、爆音が響いた。




