【12】馬鹿もここまでいくと清々しい【26】
◆ ◆ ◆
十二本の杖という組織は、十二人で構成されている。
その誰もが大昔から貴族だった魔族たちだ。
しかし、十年前、人魔戦争の歴史で見れば、十二本の杖はただの後方支援組織である。
というのも当時の主力は、魔王腹心、魔族の最高戦力の四名からなる『四翼』。
そして、その『四翼』直属の戦闘集団にして、最前線での指揮を取る『骨』。
この二つはもっとも有名な主力だった。
その時代の歴史書をパラっと開けば記載がない頁はないだろう。
実際に、強かったのだ。十二本の杖という貴族の組織が手を出せない程に。
それ故、十二本の杖という組織は、歴史書にほんの数行名前が出る程度である。
その時代では、閑職の代名詞。
だが、現在では違う。
その戦時中からあった組織という箔。
そして、当時の魔王が名を与えた組織であるという事実。──左遷場として名付けたという悪い方の歴史は時間経過で葬られた。
現存する魔族たちの中で、人間に対して反旗を翻そうと考える者たちの多くは十二本の杖に所属している。
今や、魔王軍という名前に代わる、大組織と言っても過言ではない。
◇ ◇ ◇
「雪禍嶺周辺にいるワタスシの軍、一番隊から三番隊! 緊急連絡です!」
スカイランナーは水晶玉に触れながらそういった。念話。
上司から部下に一斉連絡するタイプの念話だ。
「ゴリラみたいなオカマと狼と鬼人が逃げた!
ワタスシのいる『雹厳の砦』の周辺の村を探せ!
一匹も逃がすな! 見つけ次第捕まえなさいっ!」
(ああ~……一番隊から三番隊、みたいなセリフ言える日が来るなんて……すふふ。
上官み、いえ、魔王みあっていいですねぇ)
少し上機嫌なスカイランナーではあるが、その隣で座っている脂肪の塊のような男、パバトは眉間に皺をよせていた。
腕を組み、スカイランナーの対応に懐疑的な目を向けている。
「何故、村を探せと?」
「すふふふ。足跡ですよ! ワタスシ達のいる砦周辺に足跡がありました!
村へ最短で行くルートです! 途中で気付いたのか足跡は上手く消されておりましたがね!」
……この険しい上に雪が降り続くこの山道を、それも夜に進めるだろうか。
それに、向こうは狼姿の魔王と、もう一人を抱えている筈。
パバトは内心で疑問を持つが口には出さない。
そんなことよりも、パバトは違う感情が渦巻いていた。
「……で、僕朕を起こした意味は?」
「はい? いや、今から一緒に探すんですよ。近隣の村。もう住民はいませんが、そこで──ぐぉ」
スカイランナーの胸倉が掴まれる。
「スカイランナー。お前は馬鹿だし、使えないが……僕朕を怒らせることだけはしないと思っていたのに」
「は、はぃっ……!?」
「朝はゆっくり目を覚ましッ、内なる血流ッ! そそり立つ自らをッ!
白濁する神セイな力を、温かい少女に発散するのがッ! 日課ァアアアアア」
(パバト。異常性癖と、異常な性欲のド外道っ。下品な……朝から本当に何を言ってるんでしょう……ッ)
しかしスカイランナーは口を噤んだ。
「スカイランナァッ! 貴重な朝の時間をォ! 無駄にしてくれたなァ!!」
そのまま首が振られる。
(とはいえ……ッ! 現在の十二本の杖の中でッ! 痛ッ! 彼が、トップクラスに強いのは! 疑いようのない事実ッ! 異常者でもッ! なんでもッ! 使えるものはッ!)
「いたたたたたっ! 首取れるっ!! ちょっと、手加減してくださいっ!!」
「ええいっ!! 分かるかっ? え!」
投げ飛ばされるスカイランナー。パバトの肥えた手と指は、震えていた。
「お前と組んでもう三日ッ! 三日もまともに【※不適切表現の為、削除致しました※】」
パバトの両手から液体が零れ始める──白くはない──まるで豚肉の断面の鮮やかなピンク色。
いや、それよりも濃い。人工的に作られたような過激鮮明色ピンク。
「ぱ……パバトさんッ!」
「スカイランナー。王になるって、相当に面倒なことだ……。
だから僕朕は大臣に収まりたいって思っていた。
それも、馬鹿な王や、幼い王の陰に隠れて全部やれる。
それが一番、僕朕に合うし、何かに隠れた方が性癖的に燃える」
どろりとしたピンクの液体は、石畳みの床の上で白い煙を出している。
スカイランナーはそれを知っている。
(『破壊毒』ですかっ! パバトの術技と固有古代魔法の融合した、彼の決定打となる技っ! ちょっ)
「こ、殺す気ですかっ!!」
「ああ。死ね。──我が性欲の前に」「最悪の前置詞」
(けど、マジで殺す気の目だっ。そんな朝の一発邪魔したくらいで!?)
「ちょ、ちょっと話し合いましょう!!
そうだ、声は出せないですが、あの少女!! イオを抱いてきていいです!
こ、壊さないでくださいね!!」
桃色の毒の液体を体に纏い、パバトは怒りで体を震わせていた。
「馬鹿もここまでいくと清々しい。僕朕を馬鹿にするな。
お前に起こされてからすぐに向かったのは少女の部屋だ。一発やる為に」
(マジでクズじゃん?)
「声が出ない【検閲削除】ールだと思って使おうと思った。だが、もう拉致られた後」
「えっ! 拉致ッ」
「スカイランナー。僕朕に明確な利益を提示できないお前は、敵だ」
「っ……! あっ!」
ガクンっ、とスカイランナーは膝をついた。
身動きが取れない。
(しまった、液体に気を取られ過ぎた。──あの白い煙は別の毒、かっ)
「本気でお前が魔王でいいと思ったんだよ。僕朕は。
ただ、禁欲させる気なら、もういい。死ね」
(やばい。こんなふざけたクソ変態だが、本当に殺す気なら、ワタスシじゃ秒も耐えられない。どうする。どうすればっ!!)
「『禁欲粉砕の毒拳法』──網代本拳」
毒液塗れの拳が強く握られた。
スカイランナーは頭を回転させる。
生き残る為に。今言える。最大の。
(パバトは性欲。それだけ渡せばいい。好みは、身長155㎝以下。体形は不問。
拳が来る怖い怖い怖い。そうだ、強気勝気な子がいいってっ!
だからヴィオレッタがいいって。いやでもヴィオレッタを餌にしたところで。
そうだ。そうだっ!)
「まっ! そうだ! 少女が、居ますぅ! しかも、あなた好みのっ!!!」
声が裏返る。拳が、止まる。
「……何?」
「て、転移魔法の発動者はですね、発動時に対象者たちを識別できるんですよっ!
そ、それで今回の誤爆時に、見つけたんですっ! 白髪の少女!
身長もあなた好みの155㎝以下くらいでした!!」
「……会わせろ」
「えっと、今は地下大迷宮にいて」
「それさ……それさぁ」
パバトの拳がぎちぎちと音を鳴らす。
「生殺しだろっ!!! もっと辛いじゃあああん!!」
スカイランナーの足元の拳が殴られた。
溶け砕ける。僅かに飛び散った毒がスカイランナーの枝のような足に当たる。
たった数滴。それでも。
「ぎっ……ぁあああぎああああっ!」
激痛。
「はぁ……。いや、そうだね。悪かった。
僕朕……イライラしすぎてた。ごめん、スカイランナー」
パバトが呼吸を整え、歩き出す。
「い、いえ……」
「とりあえず、その白髪の子がいると分かっただけでも、いいね」
「は、はい。地下大迷宮の入口に部下を立てておきますからっ」
パバトはつかつかと歩き出す。
「ど、どこへ行くんですか」
「何にしても、魔王を捕まえないとヴィオレッタちゃんに『魔王を開放して欲しくば僕朕に従ええっち』が出来ないんで、捕まえてくる」
「む、村に行くんですね。では一緒に」
「行かないよ」「ええ」
「ああ、一緒にってことじゃなくて。村にってことね」
「はい?」
パバトは足早に歩く。
スカイランナーはどこへ? とか、何しに? とか質問しているが、総シカトする。
「魔王は、この砦の外に逃げてない。そして、多分だけど、いる場所はね……」
にやりねっとり、ぐっちゃりと、パバトは汚く微笑んだ。




