【12】いいえ、それは狼です【25】
◆ ◆ ◆
鳥の剥製を被った彼は、スカイランナー。
魔族の中でも小柄で、見た所身長は人族の女子程だろう。
彼は足音を大きく立てて廊下を行く。見るからに苛立っていた。
(パバト・グッピ。あの気分屋のクソ変態……どうしても好き勝手してくれますねっ……)
スカイランナーとパバトは『十二本の杖』という魔族貴族連合の一人だ。
組織自体の力は、今でこそ多少はあるが──狼先生が魔王の時代では、下部組織もいい所である。
その組織の中で、パバトという存在だけは特別に異質だった。
(元、魔王腹心『四翼』の一翼を担い……素行問題から『骨』に降格。その後も違法行為を繰り返して『十二本の杖』へ降格……。実力だけは折り紙付きなので、上手いことワタスシは使っていた……と思っていたのですが)
スカイランナーはため息を吐く。
彼もまた小物で醜悪だが……パバトはそれを上回る邪悪さを持っていた。
(胸糞が悪かったですよ。彼の部屋は……)
なんでも自由にしていいとは言った。
だが、『原型がなく』なっていた。
少女だったモノが。
ウェルカムドリンクと称されて渡された、目玉入りのワイン。
壁に飾られた少女の生皮。
ベッドの上には死体が無造作に二体転がっていた。
……その部屋を与えてから、まだ三日も経っていない。
それなのに、あんな惨状になるなんて。
(元魔王の彼が……閑職に就かせて戦場に出さなくなった理由も、なるほど納得ですね……すふふ)
(ただ……使いこなして見せましょう。魔王スカイランナーなら、余裕ですよ、すふふふ!)
スカイランナーはある部屋まで来た。
小さな扉。この向こう側は拷問部屋として使っている。
(さてと。朝の狼魔王さんイジメをして元気を出しましょうかね。今日は持参したこちらのノコギリで少し足を削ってやりましょう。散々馬鹿にしてくれましたからね。ワタスシより背を小さくしてやりますよ)
るんるんと鼻歌を歌いながら、扉を開けた。
「おはようございます! さぁ、楽しい拷問のじ、か……ん」
ノコギリが地面に落ちて、びょんという妙な音を立てた。
「な……なっ──!! 魔王も、オカマも……それに、サクヤまでっ!」
落ちた滑車と、天井の一部。
無残に転がった一部の鎖。
「どこへ! どこへ消えたっ! パバト! 脱走です!
協力してくださいっ! パバト! パバァアアアアト!!」
◆ ◆ ◆
──昨夜、夜中のこと。
『夜だからって見張りも立てずに放置するとはいい度胸だな、あの男は』
鎖に吊るされた狼先生は、あまりの愚昧さにため息を連発しながらそんなことを呟いた。
「そうね。我だって見張りは立てるけどね」
筋肉隆々の分厚い胸板。丸太のような太い足の、見た目は男性。心は女性のヴァネシオスが、スクワットしながらそんな返答をした。
『まぁ、よほど崩魔術式の鎖に安心しきっているのだろうな』
「そういえば、我気になったんだけどさ。
スカイランナーって、相手の術技を使える、みたいなこと言ってなかったかしら?」
『あー……言っていたな。実際、あのマフラーの少女から術技を引き出していた』
「だとしたら、何だか少し変よねェ」
『変?』
狼先生が首を傾げると、ヴァネシオスは深く息を吐く。
そして、腕立て伏せをし始めた。
「ええ。だって、狼先生の術技欲しいって言ってたじゃない?
なら狼先生を攫った時点でクリアじゃない?」
言われて、狼先生は頷く。
『確かにそうだ。それが出来ないということは、……術技の発動にルールがあるのだろうな』
「ルールって?」
『そこまでは分からないな。あの子のように敗北させた相手限定、とかもありうるし、術技の発動の瞬間を見るとか、相手の名前を知るとか……条件は色々と想像出来るな』
「なるほどね。じゃぁそれの対策は無理か~。……よし、と。我、準備完了よ」
『ああ、その筋トレ、準備だったのか』
「ええ。準備運動よ」
ヴァネシオスはニコォと笑い、狼先生の鎖を掴む。
その鎖を引き千切ることは失敗している。
だから、今度の狙いは鎖ではない。
「いくわよ~」
『思いっきり頼む』
狼先生を吊るす鎖を、引っ張る。
天井がぐらりと揺れた。
鎖は天井の滑車を通してぶら下がっている。ならば単純。
天井ごと、または滑車ごと、壊してしまえばいい。
言ってしまえば、定石通りである。
『行けるか?』「もん、だい、なし、よぉっ!!」
ミシミシと、音が立つ。
『でも隠密行動するんだから大音量はNGだぞ』「わかっ、て、る、わ、よぉおおお! はぁはぁ……」
『大丈夫か』
「ええ……それより、先生」
『なんだ?』
「隠密行動、って言葉、好きだから連呼してる感じ?」
『っ! 違う!』
ヴァネシオスは一つ笑った。狼先生も鼻を鳴らす。
改めて鎖を握る。そしてすっぽ抜ける。
大慌てでそれをヴァネシオスはキャッチ。
狼先生も着地。
「ふぅ。じゃ、えーっと隠密行動だっけ?」
『……ステルス作戦を実行する』
「ちょっとイジっただけですぐ拗ねるんだからもぅ~可愛いわねぇ~」
『ああ、そうだ。ヴァネシオス。悪いがその女の子も連れていけるか?』
「え……このずっと気を失ってる子? この子ってさ」
『ああ。私を討伐した一人だな』
「……いや、連れて行くのはいいけど、連れて行ってどうする気なの?」
ヴァネシオスと狼先生の目が合う。
狼先生は目線を外した。
『何、スカイランナーにとって重要な奴でもあるし……
彼女にはいくつか、質問したいことがある』
「……左手に鎖付き狼先生、右手に鬼人族のお嬢ちゃん。で、マフラーの子も連れてくの?」
『ああ。背中に背負えばいいじゃないか』
「あらいやだわ。なら狼先生を頭に乗せて合体兵器オスちゃんになるわよ」
『ふっ。それもいいな』
軽口を利いてから──ヴァネシオスは緩やかに扉に手を掛ける。
音を一つもなく、扉が開いた。
◆ ◆ ◆
夜になると、思い出してしまう。
『呼吸だけは出来るように焼いてあげますよ。食事は、無理ですがねぇ』
空気の抜けるような笑い声と一緒に、唇を焼かれた時のことを。
痛かった。熱かった。
涙いっぱい流したけど、赤い鉄の棒みたいな物に当たって全部、消えて。
叫んでも、泣いても、何をしてもやめてくれなくて。
焼かれた後もずっと痛い。今も、じんじんする。
目を瞑ると、特に、じんじんする。
何日も何日も、同じ痛い日が続いていて。
ああ。ジョンに会いたい。
飼ってた犬なの。大きくて、ふさふさで。白色の毛が凄い綺麗で。
会いたいな。
ぎぃっと扉が開いた。
やだ。また、あの大きな人が来たの? あの人は、怖い。何か変なことしようとするから。
やだ。……わたしが、布団に隠れたら。
『大丈夫か?』「マフラーちゃん、助けに来たのよ」
声がした。怖いけど、優しい知らない声だった。
ちょこっと、見た。あ。
男の人? 女の人? 分からないけど、優しそうな人だ。
あ……!
ワンちゃんだ!




