【12】ちょっとだけ、お節介【23】
細い悪路だ。ルキさんの乗った車椅子を押しながら、進み始めて早十分少々。
車椅子を押しながらこの道を行くのは割と大変かと思ったけど、意外と平気だ。何かの魔法を使っているんだろうか。とても軽い感じがする。
ルキさんは膝の上にある木製香炉を撫でた。
手のひらサイズの正方形で、四面に穴が開いている。穴は花びらを模している。
あの香炉、実は手作り。といってもアタシじゃなくて、狼先生のね。
前に作ってくれた。木製なのに香を焚いても燃えないように色々魔法まで掛けてくれて。
花びらの意匠はちょっと可愛すぎる気もするけど、素直に嬉しかったから大切に使っている。
「この魔物避けの香。良い香りだね。香、キミが調合したんだね?」
「え、分かるんですか?」
「まぁね。市販のモノによくある眩暈のする変な香りがない。いい柑橘系の香りだ。
ふふ。キミはいい仕事をする魔法薬師だね」
「大賢者ルキさんから褒めて貰えるって、素直に嬉しいです。
箔がつくんで売れますかね?なんちゃって」
「ふふ。まぁ、魔法薬に関してボクはシロートだから、箔はつかないと思うがね」
「え、そうなんですか?」
「ああ。昔から、魔法薬は学んでみたいと思っているんだが、機会が無くてね」
「てっきり一流級かって思ってました」
「三流だよ。専門は戦いの魔法ばかりさ。
魔法薬や回復も多少は心得があるが、ボクよりも優れた仲間がいたしね」
「あ。もしかして、聖女のアルテミシア様ですか?」
「彼女のことを知ってるんだね」
「魔王討伐隊のメンバーの中でも一二を争う有名人ですしね。
確か今は、雪禍嶺の先にある小さな島にいらっしゃるんですよね」
「それにしても詳しいじゃないか。興味あるのかい?」
「あはは。実は、ちょっと憧れでもありました」
「そうか。憧れだったのか。……趣味も込みで、かい?」
「趣味?」
「ああ。知らないならいいんだ。彼女は昔から趣味の人でな。
ボク個人はその趣味が苦手だから、ボクは絶対に会いに行きたくないね」
「どういうことですか?」
「まぁ……こればかりは本当に知らない方が幸せでもあるよ。もし行ったら、気を付けるように、としかね」
逆に気になるっ。
そして、アタシたちはそんな雑談をしながら進んだ。
前に付けてた香水の話が凄く盛り上がった。ルキさんは鼻がいいみたい。
なんか、話してて思ったのは……ルキさんは、すっごいちゃんとしたお姉さんって感じの人だ。
優しい雰囲気だし、喋りやすいし、何より何を喋っても打ち返せる知識が有る。
たくさん喋りながら、アタシたちは細い道を進んだ。
ゆっくりと進む。途中、足場が脆い所もあったけど、なんとかなった。
中腹。ようやく少しだけ広い道に来た。
まぁ広いと言っても横に二人並んで歩けるかな程度の広さしかない。
今更だけど……中々怖い。
さっきまではルキさんとの話に熱中してたから何も感じなかったけど……。
下から、風がひゅうと吹いた。ひぇえ、怖すぎ。
底、見えないじゃん。この辺り。
足が竦む。高い所が苦手って訳じゃないんだけど……別種の怖さがある気がする。
「この辺、落ちたらヤバいですよね。さっきの場所とは違って」
「そうだね。深層まで一直線の大穴……まぁ死ぬね」
「こわっ」
「さて。……少し休憩にしようか」
「そうですね。適度に休みましょ」
「悪いね、押して貰っちゃってさ」
「いえいえ、お安い御用ですっ!」
ルキさんの車椅子の隣、岩に腰掛ける。
足をぐんっと伸ばす。手もぐーんっと伸ばす。
煙草──を吸ったらあれか。なんか嫌がられるかも。
……まぁガー程ヘヴィじゃないから数日吸わなくても、ね。
「吸っていいよ。煙草」
「えっ。何で知ってるんですかっ」
「匂いだね。まぁ、キミは香や薬の匂いが染みてるから気付き難いけどね」
「あ、あはは……でも、大丈夫です。今くらいは禁煙で」
「ふふ。そうかい……。ねぇ、ハッチ。やっぱり前言を撤回しよう」
「あ、煙草吸っていいっていうのが撤回ですか?」
「違うよ。『何がどうしてそうなったか聞かない』という旨を前に伝えたが、撤回する──」
「えと」
そんなこと言われたっけ。あ、最初に言われたような。
しっかり覚えてなかったりするけど。
「キミは何故、ヴィオレッタと一緒にいるんだい?」
何故?
「キミと話していて分かった。
魔法薬が得意で、流行の香水にドキドキ出来る、普通の今時の女の子だ
……ああ。悪い意味じゃない。寧ろ……いや、それは止そう。
ともかく、キミは手配書も出回っていない。今なら、ボクがどうにか──」
「ルキさん」
今、アタシの思ってることは、色々ある。
だけど。感情とかのままに言葉は出さない──あれ、それ悪癖なのかな。
レッタちゃんと居る理由なんて──アタシには無いんだろうなぁ。
凄く理解できる。アタシはただ付いてってるだけ。
そう……言われても仕方ないね。でもさ。
「心配してくれてるんだよね。ルキさん。優しいから」
「優しさとは違うが。まぁ、そういう、気持ちも無くはない」
「ありがとね。ルキさんは、きっと色々な人を見てきてさ。
ルキさんが言うこと、超正しいんだと思う。でも。さ」
アタシは、笑う。
計算され尽くした聖女の笑顔と違う──これがアタシの出来る一番の、テキトーな笑顔で。
「ちょっとだけ、お節介」
そしてアタシは、言葉を続けた。
「友達と一緒にいるのに、理由なんていらなくないですか?」
「……確かに。そうだね。お節介だったね」
「ちょっとだけですからね! ちょっとだけ!
本気で色々言ってくれたから嫌じゃない感じですからね!
でも……アタシは、まぁ、流されやすいのもあるし……
ルキさんとか、レッタちゃんから見たら普通の女の子らしいから、心配ありがと、なんだけどさ。
だけど。一緒に居る相手くらいは、自分で選べる、って思ってる」
「そうか」
「うん。何があっても。自分で選んだ友達と一緒に居て。
嫌になったらまたその時、じゃない?」
「確かにそうだな。ふふ、悪かったね」
「ううん。ルキさんの見てる物の方が正しいし賢いんだと思う……ごめんね。アタシ、馬鹿で」
そう言うと、ルキさんは優しく微笑んでいた。
「そうだね。ボクの言い分が正しいよ」「高飛車かよー」
「ふふ。でも、確かにキミの行動の通りだね。
……間違った経験が無ければ、正しいことも言えない。
愚かしいことを知っていれば、それをしないことが、賢さに繋がる」
「そうなの?」
「そうだよ。成功者であればあるほど、人に言えない失敗が──ハッチ、しゃがめっ!」
えっ! はいっ!
頭の上を何かが飛んだ。
魔法。何? 何??
顔を上げて振り返る。上だ。何か、張り付いている。まるでヤモリみたいに。
いや、ヤモリの大きさじゃない。
人面の長い首の竜。
「鵺竜」
ルキさんが呟いて、指を振った。
「厄介なのが出て来たね」
一瞬で岩が削れて三本の槍と変わって、弾丸みたいに竜に向かった。
でも、竜に刺さらない。
竜は避けた。あの壁を自由に走り回っていた。
向こうも魔法を使えるみたいだ。
なんだろう。景色が滲む。
「風の魔法だ。景色が歪むほどに圧縮された風を飛ばしてきている」
ルキさんは指をくるくると回して(きっと意味があるんだろうけど、アタシにはただくるくるしているようにしか見えなかった)岩の塊をぶつけて、見え難い何かを食い止めている。
「ハッチ、ボクから離れないように!」
声に余裕が無さそうだ。
場所が、悪いのか。足場も逃げ場も無い。
向こうは壁を縦横無尽に逃げ惑う。
アタシも回転式拳銃を抜く。
その時、ルキさんの背後に──光った。
ルキさんは気づけていない。
「っ!」「ハッチっ!?」
車椅子ごと、少し先の道の方へ押す。
音が消えた。痛みはないけど。
体、空を飛んでる。
違う。あー。
風で飛ばされたんだ。世界が嫌にスローに見えた。
大穴の真上に、吹っ飛ばされちゃった、みたい。
足場が、遠い。
あー、やば。落ちる。
これ、落ちたら死──
「ハッチ!」
その声は聞き覚えのある声だった。
いつもいつも、好きな女の子のことしか考えていない、どうしようもない奴の声。
でも、なんでアンタここにいるの?
っていうか、なんで、アンタまで……飛び降りて来てるのよ──ガー。




