【12】もしかして : 【22】
◆ ◆ ◆
声を出しちゃダメッス、と言われたけど──声なんか、出せるかよ。
オレと、ハルルッスは固まっていた。
岩陰に隠れて、とにかくやり過ごす。それしかない。
なんだよ。あれ。化け物じゃねぇか。
『たすけて たすけて』『きゅんきゅうびたい』『いたい』
人面が、人の言葉のようなモノを操って闊歩している。
竜だ。人の顔の付いた竜。それも、首が長い。
気色悪いのは、その首にも顔が付いていること。
振動がした。
後ろ、今、通過している。
見れねぇ。
見たら、目が合うんじゃないかっていう錯覚がある。
あの声は、ニセモノ。あの声に釣られて助けに来た奴を食い殺す疑似餌みたいなものらしい。
そして、まんまと掛かったのがオレたちだ。
ハルルッスは戦う気だったが、オレは引っ張って逃げた。
いや、これは駄目だろ。
オレの直感もあるけど……マジで戦っちゃ駄目だと思ったんだ。
ハルルッスがいかに強くても、あの竜は絶対ダメ。
振動が遠のいていく。急に走って行った。獲物でも見つけたのだろうか。
「……ガーちゃんさん。あれ、ヤバかったッスね」
「だろ?」
「多分、鵺竜っていう竜ッスね。竜辞典で読んだことあるッス」
何だその珍妙な辞典。と思ったが、よくよく考えれば勇者とかの為にまとめられたガイドブックか。そう考えるとオレも欲しい。
ハルルッスが丁寧に説明してくれた。
鵺竜キメラドニクは、食べた魔物や人間を取り込んで成長していく害竜。
討伐系の依頼で勇者に回ってくる時の等級は二等級以上。
等級って勇者の階級とは違うそうで、二等級のクエスト=二級勇者四人のクエストってことらしい。
つまり、単独は無理。
「……なんで、ガーちゃんさんは、あの竜が怒ってるって分かったんスか?」
「え? 分かるだろ。目、めっちゃ赤かったじゃん」
そう、目、真っ赤だったのだ。
遠くから見ても分かるくらいの、ギンギラ輝く赤い目。
「え? 赤ッスか?」
「赤かったよ」
「……? 比喩表現ッスか?」
「はぁ?」
「少なくとも私の目には色は見えなかったッスけど……ガーちゃんさんの術技ッスか?」
「マジ?」
相手の怒りが見える! 的な?
「……いや、でもなぁ。なんかそういうのじゃなさそうな感じがする。
術技、持ってないから発動した感覚とか分からないし」
「自分も術技無いんで分からないッスけど!」
「無いのかいっ!」
「えへへ。……というか、ッスね。ガーちゃんさん、目、黄色く光ってません?」
「へ? どれどれ、目の色を覗き込もう~ ──って、自分で見えないよ!? 目!」
「なんか魔法なんじゃないッスか?」
今のオレのノリはスルーなんですね、オッケー。ははは。
「え、そういう魔法あるの?」
「分かんないッスけど」
「分かんねぇんじゃんっ」
「まぁ、置いておきましょう。後でルキさんか師匠と合流出来れば教えてくれると思いますし」
その二人でもいいけど、オレは狼先生に聞きたいな。
あの人、回りくどいけどしっかり教えてくれるからさ!
「そして、竜辞典によると鵺竜は仲間意識が強い害竜らしいッス!
普段は害竜の中でも人種を襲わない部類だが、仲間竜が討伐されると報復で近くの村に襲撃を掛けたりすることが報告される……って書いてあるッス!」
いつの間にか竜辞典を取り出して読んでた。そのデカいリュックに色々入ってるのね……。
「……じゃぁ誰かが鵺竜を殺したってことか?」
「そうなるッスね」
「あんなバケモノを? 馬何頭分のデカさだよ」
「辞典によると馬二頭って書いてありましたけど……今のは蛇竜よりデカかったッスね……」
「蛇竜を知らねぇよ……でも」
ハルルッスとオレは目を瞑る。
[巨大 バケモノ 竜 殺せる奴]検索
もしかして :
「師匠」「レッタちゃん」
「はい?」「ああ?」
「鵺竜殺せるとしたらうちの師匠ッスよ。超強ぇッスもん」
「いいや、レッタちゃんだよ。角有竜を一瞬で五匹狩れる実力者だぜ?
靄舞、刻め、だぜ?」
「いやいや。こっちは地竜をほぼ素手で倒せるッスからね??
黒曜石の角、逆鱗、顎下の油腺脈、
首胸部中心けい窩部、そして目ッスよ!!」
「なんの魔法詠唱だよ! というか地竜を素手とか嘘だろ」
「嘘じゃないッスよ!! バリ強の最強師匠ッスもんっ!」
「レッタちゃんのが完全最強頂点だってっ!」
お待たせしました凄い奴だっての!
「はぁ!? それだったら師匠は」
──……! …………!! ──
聞こえた。何かが。
崩れた音? 壊れたような音か。
戦闘。だとしたら。
「ハルルッス」
「聞こえたッス」
一も二も無くオレたちは物陰から飛び出て、音の方──鵺竜が進んだ方へ走る。
◆ ◆ ◆
ルキさん。ルキさん。ほ、本当に。
「ほ、本当に、こんな細い道、行くんですか?」
洞窟を進むと、急に開けて明るい空間に出た。
ひぇえ高い……。下が見えるのが逆にリアルな高さね。
教会の屋根の上から下を見た時と同じくらいかな。
落ちたら……大怪我だね。
そんな空洞の崖沿いに、車椅子はギリギリ入れるような道があって、そこをルキさんは指さしていた。
「ああ。一番近道だよ」
「そう、なんですね。怖いですけど」
「何、大丈夫さ。落ちてもギリギリ死なないよ。この高さなら」
流石、魔王討伐隊の一人、豪胆だなぁ……。
「魔法では浮かせられないんですか?」
「ふふ。まぁ魔法にも術技にも制約は必ずあるからね」
「制約?」
「そう。どんなに強い魔法も何回も使えない。
実は、浮遊魔法は今、品切れなんだ。浮くことが出来ない。理由は言えないが、飛べないのだよ」
「あ、そうなんですか」
「そうだよ。強い術技であればあるほど、発動条件は厳しくなる。そういうものだよ」
歌うようにルキさんは教えてくれた。
「道は危険で、事故も起こりうる場所だ。だが、そのルートで行ってくれるかい?」
「了解です。大丈夫、安全運転するから」
「安全運転って……ふふ。キミは面白いな」




