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【01】……これ、覚えてないッスか?【02】

 

 俺の『今の』名前は、便利屋のジンという。

 そして、俺の『昔の』名前は、魔王討伐を果たした元勇者ライヴェルグ。


 十年前の魔王討伐後、『民衆に受け入れられず』当時の国王から『勇者』という称号を剥奪された。


 公には、魔王との戦闘で受けた傷により勾留中に死亡ということになっている。


 巷の噂では、国王が秘密裏に処刑した等とも言われているがな。

 詳しくは、図書館で当時の新聞でも見てもらうとして。


 実際は、王都から離れたこの交易都市で、便利屋のジンと名乗り生活している。


 生活に不便はない。『生活設備(インフラ)』もよくなり、蛇口捻れば水も出るいい所だ。

 道路は舗装済み、夜になればガス灯も点く。

 海も近いし山も近い割に田舎臭くない、そんないい都市に住めている。


 いくら王都から遠くても、顔バレするんじゃないかって? 

 ああ、それは大丈夫だ。


 勇者時代の俺は日常生活の殆どで、獅子の兜を被っていた。

 兜の理由は置いておくとして……。



 新聞にも取材にも写真にも、俺の素顔は残っていない。



 今の世で、俺の素顔を知る人間は限られている。

 勇者パーティの生き残り、十人以下。

 後は当時の国のお偉いさんが、二名だけのはず。



「お前、誰から聞いたんだ。俺のことを」



 俺の素顔を知る、ハルルという女。

 こいつは……何者だ。


「どうして俺の顔を知っている?」

 ハルルは、俺の問いに口元をにっと笑ませた。


「知りたいッスか、その理由」

 間が流れる。俺は目で、早く語れと告げる。


 ハルルは、枕代わりにしていた大きめのリュックを開けた。

 そして、その中から……取り出した。



「黄金の勇者、ライヴェルグ様のブロマイド! 

それから、《雷の翼》のバッチ!」



 ……ん? 兜を被った俺の写真……?

 に、俺たちのパーティ名である《雷の翼》のエンブレムを模したピンバッチ。


「こっちが、《雷の翼》大全! 全レジェンド勇者を網羅した大増量愛蔵本ッス!」


 それから、本? ……生年月日などが記載されている。


 そこから、ハルルは目に星なんか浮かべながら次々にアイテムを取り出してくる。


 サイン入りのポーション。勇者限定ラベルの砥石(未使用)。

 《雷の翼》ロゴ入り非常食(未使用)。

 ブロマイド、ブロマイド、ブロマイド……。



「そして、これが最も希少! なんと、黄金の勇者の書下ろし詩集!」



「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


「人の所有物を奪おうとするのは犯罪ッス」

 くっ、こいつ急に真顔で正論を。


「……金貨一枚で」

「ダメッス。超プレミアなんで」

「いや、もう、マジそれ捨てて。焼き捨ててくれ……」



「『彼方に観える雷雲が俺の心の』」



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」

 ハルルの 精神攻撃は 続いた ▽



◆ ◆ ◆



 精神攻撃され尽くし、致命傷を負った。心方面に。



「なるほど……な。お前、結構な粘着質かつストーカー気質の勇者ヲタク、ってことだな」



「ふふふふ~。そうッスよー! だから毎日、探しまくったんッスよ!」

 まさか虱潰しで見つけられたのか……。

 ハルルが、「で、これが最後のグッズですッス」と微笑みながら何かを取り出した。



「……これ、覚えてないッスか?」



「く、クソ……悪意が無いのが恐ろしい……

 で、次はなんだ、俺の描いた漫画か! ポエム第二集か!

 黒歴史はもう出尽くしたろ! って……」


 それは、随分と古ぼけていた。変色した紙。

 その端々は折れ曲がっていて、日焼けシミもある、子供用の綴羊皮紙(ノート)


「これは……」


 その表紙に、でかでかと書かれた汚い文字は……俺の字だ。


「……私の家、その時は宿屋で。って、農家と宿屋のダブル経営なんスけどね!

で、その、ライヴェルグ様が、私を、助けてくれて。それで」


 記憶が蘇る。そうだ。

 面影を思い出した。ハルルは、あの時に助けた子か。


 助けてから二日間だけ宿を借りた。

 随分と懐かれて、そのノートにサインをしたんだ。


「結局、全ページにサインしたな。根負けして」


 ぽそっと呟いてしまった。


「なるほどな。だから兜を外した顔を知ってたんだな。

ずっと俺に付きまとって、兜を唯一外してた風呂まで入ってきたもんな」


「えへへ。どうしても顔が見たくて。で、ずっと忘れなかったッス」


 だが、それでも俺を見つけるなんて、よくできたな。

 世間的には俺は死んだことになってるというのに。


 と、声を出そうとした時、俺は、声に詰まった。


 目の前のハルルが、急に、泣いていた。


「お、おい」

「よ……よがっだ」

「え?」

「勇者様が……生ぎでて」


 ……おいおい。


「よがっだ!! やっぱり、生ぎでたっ……」


 急に鞠が弾けたように抱きつかれる。

 びっくりはしたが、受け止められた。


 こいつ、まさか……十年も経ってるのに、この広い国で、俺を探し回った、のか。

 まったく……。こいつは。


 仕方ないから、泣き止むまで頭でも撫でてやることにした。




 ◆ ◆ ◆




「……でも弟子にはしないぞ」


 泣き止んで開口一番、俺が言い放った。

 ベッドの上で、ちょこんと座ったハルルが、がーんと、絵にかいたような顔をした。

 そんなハルルを横目にフライパンに油を引く。


 勇者だろうが便利屋だろうが、朝飯は必須なのだ。


「そ、そんな! お願いッス師匠!」


「嫌だ。というか、せっかく魔王もいなくなって平和になったのに。なんで力を求めるかね、お前は」


 冷蔵庫から卵を一つ……いや、二つ取り、目玉焼きを作る。

 卵料理の中でも目玉焼きは一番得意だ。

 目玉焼き一種しか作れないから、『一番』得意で間違ってない。


「いやいや! 戦争はなくなりましたッスけど、まだ魔物や竜、それに人間同士の諍いだってあるッス!」


「そういうのは、専門の奴に任せればいいだろ。世間で言う『勇者』様方にな」

「でも、ほら、未開の大陸が! 

未踏世界が待ってるッス! 心震わす冒険が!」


「はいはい。そういうのに憧れてるのな。よし出来上がりだ」


 焦げてさえいなければ食べられる。目玉焼きは最強だ。

 それと特に焼いていない保存パン。

 適当に皿に載せ、机の上に置く。


「ほれ、朝飯。とりあえず、お前も食うだろ」

「あ、ありがとうございますッス! わ! 美味しそう!!」

「美味しそうって、お前……お世辞が過ぎるだろ」

 ただの目玉焼きだぞ。まったく。


 いただきます! と手を合わせてから、ハルルはナイフとフォークを器用に使い、白身と黄身を切り分けて食べる。

 面白い食い方だな。


「おいしいッスー!!」


「大げさな。マジで焼いただけの目玉焼きで」

「えへへ。でも私の為に作られてると思うと、それだけで感激ッス!」

 口の周りも少し汚して、ぱぁっと明るく笑った。

 お前、よく、そんなことを真顔で言えるな。はぁ……まったく。


「俺の分も同時に作ってるから、半分だけだけどな」


「半分も私の為って超嬉しいッス!!」


「あのなぁ……」

「あ、照れてます?」

「照れてない」

「えへへ」

「早く食えっての」

「ちょっと待ってくださいッス! 閃いたッス! もったいないから記念に氷系防腐魔法で永久保存を!!」

「お前、発想時々怖いな……」

「あああっ! もう半分以上食べてたッス! 食欲掻き立てる魅惑の食事に理性が勝てないッス!!」 


 などと愉快に叫んでいるハルルを無視して食べ終わる。

 誰かと食事を一緒にするなんて、何年振りだろうか。

 懐かしい気持ちもあるが、……まったく。


 本当に騒がしいな、こいつは。


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