表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/841

【12】見真似【21】


 ヴィオレッタが、俺と同じ上段の構えを取った。


 同一の流派なら、同一の構えになるのは当然だ。

 だが、それでも体格や癖による多少のズレはある。

 剣と長い時間向き合って来た人間なら。いや、そうじゃなくても。



 あの構えは『異質』。何故なら……指先の動き一つとっても、俺とまったく同じなのだ。



 足の位置。剣の握り方。目線の位置までも。

 ヴィオレッタの構えは、俺の構えと完全に同一。


 ヴィオレッタは前に跳び、消えた。違う、本当は消えた訳じゃない。

 理解してても目で追うのが困難な『変な移動方法』をヴィオレッタは使う。

 俺の視界から消えて──背後で竜の叫び声が聞こえた。


 振り返ると、残り二匹の害竜のうち、一匹の額に横一文字の傷が出来ていた。


 そして、ヴィオレッタは竜の前に立つ。



 昨日一日……俺は賭け(ゲーム)をヴィオレッタとした。

 迫って来る魔物を倒すというゲーム。

 だから、ヴィオレッタの隣で、剣を振るい続けていた。



 ヴィオレッタは、今度はまっすぐに剣を構え直す。それは、上段と中段の複合した構え。



 真っ直ぐに振り下ろされた剣は、風を切り音を裂く。

 刃は決して横に寝かさない。垂直に、ただ実直に斬り下ろす技。

 敢えて技名……というか型の名を言うなら、『直刃(すぐりは)』という。


 竜の額から顎まで、ばっくりと斬られる。

 目玉が上を見上げ、ばたんと害竜は倒れた。

 見事な直刃だ。


 そして、ヴィオレッタは一歩後ろに下がって、くるりと横に回転した。これは、ヴィオレッタのアレンジか。


 真横の薙ぎ払いも、肘を曲げ、肩の高さに合わせる。

 肩からの力を一切逃がさずに真横に振る横一文字。

 これは『平刃(たいらば)』。

 どちらも俺の元流派の技。つまり。



「俺の剣術。盗みやがったな」



「くすくす。正解」

 剣の運び、体の捌き。どれをとっても『完璧な動きの模倣』だ。

 だが……『まだ模倣』だ。

 それ故の──異質感。


 キィンと音が鳴る。

 害竜の角に黒い剣が当たり、刀身が折れて跳ぶ。靄になって消えた。

 殺しきれてないどころではなく、有効な一撃になっていない。


「ありゃ」

「見事な模倣だが、体の支点がずれてる。剣をまともに使うまでまだまだ修行が足らんからだ」


「そうなの? くすくす。じゃぁ──練習しなきゃねぇ。剣形(シュヴェート)

 靄がまた黒い剣となった。

 そして──マジかよ。


 獣のように体を低くし、剣を片手で持ち、真横に伸ばしきった独特の構え。


 俺は昨日、その技を一度しか使っていない。

 それは明確な──師範代に教わった剣技。


 害竜が真っ直ぐ向かって来たのに合わせ──体を捻りながら真っ直ぐに向かう。

 竜の死角である首下に潜り込み、全身を横に回し、遠心力と膂力(からだぜんぶ)を用いてその首を叩き斬る。

体幹(バランス)合間(タイミング)、そして正確に竜の首骨を捕らえる技術の複合技。

 対竜種の反撃技(カウンター・アーツ)



 椿の斬──という技だ。



 赤い血飛沫が飛ぶ。

 ヴィオレッタは真横に跳び、剣を片手で振るった。

 血を弾いたと同時に──害竜の首が落ちる。


 散る椿は、首からもげて落ちる。


 俺の剣技を一日ずっと隣で見て、技を盗みやがった。

 学ぶっていうのは、真似ぶというと師匠も言っていたが……まさかここまで真似が上手いとはな。


 『センスがある。』という言葉は、俺はあまり使いたくない。

 センスって何か俺は良く分からないからだ。

 だが……正直、このヴィオレッタにはその言葉を使わざるを得ないだろう。


 戦闘のセンスが、ずば抜けてる。


 昨日一日、俺の動きを見ただけで──それも相手から教わらずに、他人の剣技を真似られ(ぬすめ)るなんて異常だ。


「くすくす。どう、貴方の剣術。良い技、手に入れちゃったね」

 ヴィオレッタがあっけらかんと笑う。


「……はぁ……ったく。なんで見様見真似で覚えられるかね」


「怒ってる? 剣術、盗まれて」

 ヴィオレッタが問いかける。俺は、ため息を吐いた。


「呆れてる。正直、見様見真似で出来る次元じゃない技術なんだがね」

「くすくす。凄いでしょ」


「ああ。本当に凄いわ。素直に称賛する」

「ありがと」

 ヴィオレッタはくすくす笑う。


「もっと怒ると思ったのに、なんだか意外」

「そうか? 技術ってのは見て真似て盗むものだろ。

もし俺が怒る必要があるなら、見られて真似られた己の技術の無さになるだろうな」


「くすくす。逆だと思うけど。……ジンの剣術は、凄く真似しやすかった。

構えが綺麗だからだよ」

「……そ、そうか。ありがとうな」

「まるで……」

 ヴィオレッタが言い淀んだ。

 なんだろう、珍しいな。こいつ、言い淀んだり躊躇ったりとは無縁な人間に見えたが。


「まさかね」


「ん?」

「ううん。大丈夫。勘違い。

あの人は……そんなに型を大切にする優しい剣技じゃなかったから」

 ヴィオレッタは剣を靄に戻す。


「なぁ、ヴィオレッタ」

「ん、なぁに?」

「……いや。やっぱりいいわ」

「あ、私に剣術を教えたくなった、とか? くすくす」


「んなワケあるかよ。……逆だけど、無駄かと思っただけ」

「無駄?」

「ああ……俺が見せた剣術のせいで、お前が誰かを殺すんじゃないかって、な。不安になった」


「ああ、そういうこと」

「だけど、それはどうでも良いかと思った」

「くすくす。そうなの?」

「ああ。剣も剣術も、人を殺す為の道具に技術だからな」


「そうだね。それに、ジンが気負う必要もないもんね。技を盗まれた被害者だし」

「いや、気負うぞ、俺は。だから決めただけだ」

「?」


賭け(ゲーム)に勝ったら、命令なんでもいいんだろ?」

「ああ、なるほどね。くすくす。いいよ」

 ヴィオレッタの目を見る。

「俺が勝ったら」



「エッチしたい、ってことでしょ。本当に素直」

「ぶっとばすよ???」



「くすくす。冗談。いいよ、ジンが勝てたら、この剣術は人を殺す為に使わない。

ま、あの首落としは竜にしか使えなさそうだけどね」

「他に昨日見せた技があったろうから。一応な」

「そーだね。あーでも、相手に出来る命令は一つだよ。

ジン、自首を命令するんでしょ」

「そうだな。困ったな」

「困らないよ。私が自首したら、即刻処刑されると思うし」


「……そ」

 そうはならない、と言おうと思った。

 だけど、違うと言葉を収めた。そうだったか、と思ったんだ。

 魔王復活に関わっただけで、極刑と言い渡されるかもしれない。

 ……いや。それ以前に、この子は多くの人間を殺し過ぎている。

 だが。


「俺の仲間が、軍の上層部でさ」

「急に自慢?」

「違うっての。……そいつに、絶対に死刑はするなって言うから、大丈夫だ」

「……くすくす。色々考えてくれてありがと、ジン。でもさぁ」

「ん?」


「そもそも、私に勝てるのかな、この賭け(ゲーム)で。

私、二匹で、ジン、一匹。私がリードしてるよ」


 ヴィオレッタは挑発的にくすくすと微笑む。

「私に勝たないと、そもそも取らぬ狸さんの皮算用だねぇ」

 俺もつられて少し笑う。

「確かにそうだな。まぁ……負けないけどな。俺」

「私の方がリードだし、私の方が強いけどね」

「しつこいねー、お前も」

「ジン程じゃないけど」「……」「……」


 通路の向こう側から頭が蛇の竜──鵺竜(キメラドニク)が向かって来た。

「「絶対」」

 二人は同時に駆け出す。


「「勝つ」」


 本日の一番可哀想な魔物は、意地乗り合いに巻き込まれたこの鵺竜(キメラドニク)かもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ