【12】見真似【21】
ヴィオレッタが、俺と同じ上段の構えを取った。
同一の流派なら、同一の構えになるのは当然だ。
だが、それでも体格や癖による多少のズレはある。
剣と長い時間向き合って来た人間なら。いや、そうじゃなくても。
あの構えは『異質』。何故なら……指先の動き一つとっても、俺とまったく同じなのだ。
足の位置。剣の握り方。目線の位置までも。
ヴィオレッタの構えは、俺の構えと完全に同一。
ヴィオレッタは前に跳び、消えた。違う、本当は消えた訳じゃない。
理解してても目で追うのが困難な『変な移動方法』をヴィオレッタは使う。
俺の視界から消えて──背後で竜の叫び声が聞こえた。
振り返ると、残り二匹の害竜のうち、一匹の額に横一文字の傷が出来ていた。
そして、ヴィオレッタは竜の前に立つ。
昨日一日……俺は賭けをヴィオレッタとした。
迫って来る魔物を倒すというゲーム。
だから、ヴィオレッタの隣で、剣を振るい続けていた。
ヴィオレッタは、今度はまっすぐに剣を構え直す。それは、上段と中段の複合した構え。
真っ直ぐに振り下ろされた剣は、風を切り音を裂く。
刃は決して横に寝かさない。垂直に、ただ実直に斬り下ろす技。
敢えて技名……というか型の名を言うなら、『直刃』という。
竜の額から顎まで、ばっくりと斬られる。
目玉が上を見上げ、ばたんと害竜は倒れた。
見事な直刃だ。
そして、ヴィオレッタは一歩後ろに下がって、くるりと横に回転した。これは、ヴィオレッタのアレンジか。
真横の薙ぎ払いも、肘を曲げ、肩の高さに合わせる。
肩からの力を一切逃がさずに真横に振る横一文字。
これは『平刃』。
どちらも俺の元流派の技。つまり。
「俺の剣術。盗みやがったな」
「くすくす。正解」
剣の運び、体の捌き。どれをとっても『完璧な動きの模倣』だ。
だが……『まだ模倣』だ。
それ故の──異質感。
キィンと音が鳴る。
害竜の角に黒い剣が当たり、刀身が折れて跳ぶ。靄になって消えた。
殺しきれてないどころではなく、有効な一撃になっていない。
「ありゃ」
「見事な模倣だが、体の支点がずれてる。剣をまともに使うまでまだまだ修行が足らんからだ」
「そうなの? くすくす。じゃぁ──練習しなきゃねぇ。剣形」
靄がまた黒い剣となった。
そして──マジかよ。
獣のように体を低くし、剣を片手で持ち、真横に伸ばしきった独特の構え。
俺は昨日、その技を一度しか使っていない。
それは明確な──師範代に教わった剣技。
害竜が真っ直ぐ向かって来たのに合わせ──体を捻りながら真っ直ぐに向かう。
竜の死角である首下に潜り込み、全身を横に回し、遠心力と膂力を用いてその首を叩き斬る。
体幹、合間、そして正確に竜の首骨を捕らえる技術の複合技。
対竜種の反撃技。
椿の斬──という技だ。
赤い血飛沫が飛ぶ。
ヴィオレッタは真横に跳び、剣を片手で振るった。
血を弾いたと同時に──害竜の首が落ちる。
散る椿は、首からもげて落ちる。
俺の剣技を一日ずっと隣で見て、技を盗みやがった。
学ぶっていうのは、真似ぶというと師匠も言っていたが……まさかここまで真似が上手いとはな。
『センスがある。』という言葉は、俺はあまり使いたくない。
センスって何か俺は良く分からないからだ。
だが……正直、このヴィオレッタにはその言葉を使わざるを得ないだろう。
戦闘のセンスが、ずば抜けてる。
昨日一日、俺の動きを見ただけで──それも相手から教わらずに、他人の剣技を真似られるなんて異常だ。
「くすくす。どう、貴方の剣術。良い技、手に入れちゃったね」
ヴィオレッタがあっけらかんと笑う。
「……はぁ……ったく。なんで見様見真似で覚えられるかね」
「怒ってる? 剣術、盗まれて」
ヴィオレッタが問いかける。俺は、ため息を吐いた。
「呆れてる。正直、見様見真似で出来る次元じゃない技術なんだがね」
「くすくす。凄いでしょ」
「ああ。本当に凄いわ。素直に称賛する」
「ありがと」
ヴィオレッタはくすくす笑う。
「もっと怒ると思ったのに、なんだか意外」
「そうか? 技術ってのは見て真似て盗むものだろ。
もし俺が怒る必要があるなら、見られて真似られた己の技術の無さになるだろうな」
「くすくす。逆だと思うけど。……ジンの剣術は、凄く真似しやすかった。
構えが綺麗だからだよ」
「……そ、そうか。ありがとうな」
「まるで……」
ヴィオレッタが言い淀んだ。
なんだろう、珍しいな。こいつ、言い淀んだり躊躇ったりとは無縁な人間に見えたが。
「まさかね」
「ん?」
「ううん。大丈夫。勘違い。
あの人は……そんなに型を大切にする優しい剣技じゃなかったから」
ヴィオレッタは剣を靄に戻す。
「なぁ、ヴィオレッタ」
「ん、なぁに?」
「……いや。やっぱりいいわ」
「あ、私に剣術を教えたくなった、とか? くすくす」
「んなワケあるかよ。……逆だけど、無駄かと思っただけ」
「無駄?」
「ああ……俺が見せた剣術のせいで、お前が誰かを殺すんじゃないかって、な。不安になった」
「ああ、そういうこと」
「だけど、それはどうでも良いかと思った」
「くすくす。そうなの?」
「ああ。剣も剣術も、人を殺す為の道具に技術だからな」
「そうだね。それに、ジンが気負う必要もないもんね。技を盗まれた被害者だし」
「いや、気負うぞ、俺は。だから決めただけだ」
「?」
「賭けに勝ったら、命令なんでもいいんだろ?」
「ああ、なるほどね。くすくす。いいよ」
ヴィオレッタの目を見る。
「俺が勝ったら」
「エッチしたい、ってことでしょ。本当に素直」
「ぶっとばすよ???」
「くすくす。冗談。いいよ、ジンが勝てたら、この剣術は人を殺す為に使わない。
ま、あの首落としは竜にしか使えなさそうだけどね」
「他に昨日見せた技があったろうから。一応な」
「そーだね。あーでも、相手に出来る命令は一つだよ。
ジン、自首を命令するんでしょ」
「そうだな。困ったな」
「困らないよ。私が自首したら、即刻処刑されると思うし」
「……そ」
そうはならない、と言おうと思った。
だけど、違うと言葉を収めた。そうだったか、と思ったんだ。
魔王復活に関わっただけで、極刑と言い渡されるかもしれない。
……いや。それ以前に、この子は多くの人間を殺し過ぎている。
だが。
「俺の仲間が、軍の上層部でさ」
「急に自慢?」
「違うっての。……そいつに、絶対に死刑はするなって言うから、大丈夫だ」
「……くすくす。色々考えてくれてありがと、ジン。でもさぁ」
「ん?」
「そもそも、私に勝てるのかな、この賭けで。
私、二匹で、ジン、一匹。私がリードしてるよ」
ヴィオレッタは挑発的にくすくすと微笑む。
「私に勝たないと、そもそも取らぬ狸さんの皮算用だねぇ」
俺もつられて少し笑う。
「確かにそうだな。まぁ……負けないけどな。俺」
「私の方がリードだし、私の方が強いけどね」
「しつこいねー、お前も」
「ジン程じゃないけど」「……」「……」
通路の向こう側から頭が蛇の竜──鵺竜が向かって来た。
「「絶対」」
二人は同時に駆け出す。
「「勝つ」」
本日の一番可哀想な魔物は、意地乗り合いに巻き込まれたこの鵺竜かもしれない。




