【12】模倣する靄【20】
◆ ◆ ◆
──これは、夢の中だ。
最近は、あまりこの夢を見なくなったのに。
変わらない。もう何百回と見た夢の冒頭。
崩れ落ちた時計塔。少女がその瓦礫の下敷きになる寸前、俺が助けに行く。
間に合わない。俺は手に持った身の丈程の長さのある聖剣を瓦礫目掛けて投げる。
突き刺り、瓦礫が砕ける。俺は少女を抱きかかえる。
聖剣を拾おうと手を伸ばした瞬間、崩落。慌てて飛び出し、聖剣は回収できずに瓦礫の下敷き。
向こうで誰かが戦っていた。
いや、誰かっていうのは、もう分かっているんだ。
一緒に戦っているのは──この後、俺が殺してしまう人──女騎士。
俺の一つ上の『十七歳』の、俺の初恋の人。ああ……当時、十七歳か。
長い緑色の髪を靡かせて、翠の美しい目はまっすぐな目。
彼女は俺に槍を投げた。
彼女は、サシャラ──
──師匠! この槍を使ってくださいッス!──
じゃない? え、ハルル。なんでお前が。
銀白のふわふわした髪の少女。
真っ直ぐに魔王を睨みながら、いつも通りの明るい笑顔で、それでいて真剣に槍を構えている。
出来の悪い夢だ。
ハルルから渡されたのは銀の槍。
柄にはサシャラの紋章であるスズランの花が刻印されていた。
──待ってくれ。この夢が、いつもの夢の通りに進むなら。
それを強く握り、最後の戦いを続けた。
──これだと。このままだと。
頭では、魔王がサシャラに寄生すると分かっているのに。
ハルルと、距離が離れる。
夢の中の俺の体は、違う方向へ走る。サシャラとの連携の定石の挟み撃ちだ。
でも、ダメだ。爆炎を斬り裂きながら魔王へ突き進む。違う。すぐにハルルの方へ走ってくれ。
頼む。頼むから。
爆炎の向こう。
今見れば、その針は靄。靄舞だ。
そして、ずぶりと、ハルルの体に靄舞が突き刺さる。
白い皮膚に、血管が浮かび上がる。
バキバキと音を立てながら、目の色が黒く変わっていく。
──師匠……私が私であるうちに、私ごと……っ──
これは、何の罰なんだろう。
俺は許されたいと思っていたのか。
それとも、許されないと思っているのか。
もう一度、まったく同じ状況に立った時。
俺は──今、一番好きな人を、犠牲にしてでも。世界を。
いや。嫌だ。それだけは。
俺は。俺は……!
俺の夢には、感情や意思もなかった──まるで舞台の劇のように規定通りに進んだ。
伝う赤い血。
まだ人の温度のある血は、手を染めて。
槍の柄に刻まれた銀のスズランが、赤く……赤く。
◇ ◇ ◇
ああ……最悪の目覚めだ。
夢って分かっていても、クソ最悪な気分だ。
なんで、サシャラを殺す夢でも最悪なのに、ハルルを……。
クソ。……やっぱり早く合流しよう。
今、アイツが無事……だとは思う。
だが、心配は心配だ。
しかし、なんだ。息苦しい。
それに、くすぐったい。髪? ……ん?
……ちょっと何でこの子が俺の上で眠ってるんですかね。
髪の毛、滅茶苦茶に俺の顔にかかってるし。
「おい。俺を敷布団にするな、ヴィオレッタ」
小さめの声で言うと、ヴィオレッタはぴくっと体を動かした。この声でも大きかったか?
「……後五分」
「いや、そういうんじゃないんだが」
「……じゃぁ十分でいいから」
「増えてんじゃねぇか」
「……おやすみ」
「おーい」
◆ ◆ ◆
「ほんとにもう一眠りさせてくれるとは思わなかった」
「いや。お前、眠そうだったし」
「きっと寝てる間に体を好きなだけ触られたんだと思う」
「触ってねぇよ!!」
「触ろうとは?」
「お、思ってねぇよ」
「あ、そっちは嘘だ。くすくす。僅かにでもエロいことが浮かぶ瞬間があったね?」
「……いや、お前、あの密着のされ方でな……ああもういいわ」
「くすくす。真面目な人だねぇ、ジンは」
「うるせぇなぁ」
「好きな人でもいるの?」
「は、はぁ? ったく。何で女子はすぐに恋バナしたがるんだよ……好きな奴なんて」
ハルルの笑顔が脳裏に過った。師匠、と呼ぶ、その無邪気な顔が。
「ジンって本当に真面目で正直な奴なんだね。心音が一瞬で爆上がりしてる」
マジでもう何も喋りたくないかもしれない……ッ!
「くすくす。いじり甲斐がある人。ん──」
ヴィオレッタは音で気付いたのか。
俺は、雰囲気で気付いた。
「ジン。今日の賭けのルールだけどさ。敵意のある奴を早い者勝ちでよくない?」
「それ提案するってことは、白黒つけたいわけだな」
「うん。私の方が強いの、ジンは理解するべき」
「ははは。カタコト翻訳みたいな喋り方しやがって。まぁ、いいけどな。俺も、白黒つけたいし」
「それに、ジンは身体を動かした方がいい」
「あ?」
「気、晴らした方がいいよ。朝起きた時から、ずっと落ち込んでる」
「……お前、そういう気は使わなくていいんだよ。まだ子供だろーが」
「……16だし」
マジか!? 見えないな。もっと幼く……いや失礼か。
「アイツと同い年かよ」
「? 好きな人? え、歳の差結構あるんだね」
「……」
腹に弾丸受けたようなメンタルダメージだった。
「くすくす。じゃぁ、今の憂さ晴らしも兼ねて、やろうよ」
「ああ、いいぜ。昨日と同じで相手の妨害無しな」
それと、俺は個人的に術技使用無し縛り。
「もちろん。じゃあ、討伐競争のラウンド2……位置について」
「用意」
のそっと向かってくる。害竜種だな。黒い鱗で赤い目。
群れだ。合計、三匹。
害竜たちは加速してきた。確実に、俺たちを食い殺す気だな。
いや、今はもうそれ以上の感想は止しておこう。
「「どんっ」」
同時に地面を蹴り──俺の方が僅かに先か。
一閃、その首を吹き飛ばす。
よし、斬った。
「……身長差のせいだし」
「そうかもしれないな。まぁ、負けた時の言い訳にしては上出来なんじゃないか?」
「へぇ。煽るじゃん」
「言い訳する方が悪い。賭けだろうが試合だろうが……
本当の殺し合いだろうが、言い訳無しのガチンコバトル。それが師匠の教えなもんでな」
「ふぅん。いい師匠さんだね。じゃあ。【靄舞】」
靄が、ヴィオレッタの手元に集まる。あれは。
胸が、ざわついた。妙な胸騒ぎだ。
「剣形」
靄が形になり──黒い剣となる。
そして、その剣の形は──俺の持つ機剣と同じ。
鍔無しで、細い刀身。違いは色だけ。
おいおい。ヴィオレッタ。お前……まさか。
剣の構えは──俺と同じ上段。
持ち方、腕の置き方、足の捌き方まで……同一。




