【12】パバト・グッピ【18】
どの種族にも、変わり者は居る。
そして、どの種族にも『変態』は実在する。
魔族。彼らは正直、人族と似ている。
分かり易い違いで良く上げられるのは目の色だ。
魔族の瞳は黄色。絵本にも出るほど有名な話だ。
実は、人でも黄色い目の人間もいるので、それだけで区別できるとは限らない。
魔族と人族の明確な違いは、背中に翼の有無と言われる。
羽の生えていない魔族もいるが、そういう種族は肩甲骨の下の辺りに翼支骨という丸みの帯びた骨がある。
この世界での医学的にはその骨で区分することが最も分かりやすいとされる。
そんな魔族は、長い歴史の中で他種族から敵視され続けてきた。
それ故、結束が強い種族である。
魔族原理主義の『考え』によれば、魔族とは人族から進化した種であり、高次元にいる。という考え方が根強い。
さて。そういう文化的背景もあってか、魔族の性的嗜好は魔族の女性を好む傾向が多い。
だが、どの世にも変わり者はいる。
特殊な性癖を持った者は、どの世界にも居る。
──マフラーの少女は、怯えていた。
両手に鎖。後ろ手で縛られてベッドの上で目に涙を浮かべている。
「僕朕はね、パバト・グッピって、名前でね。
ぶひひ、君と仲良くなりに来たんだよ? さぁ、仲良くしよう。ねえ」
その男は、少女の倍はあろう脂肪の塊。背丈もある、巨漢。
パツンパツンのスーツを着た、四角い眼鏡の男。
「大丈夫、痛くしないよ。怖くないよ。最初だけ我慢しようね。ぶひぃぶひぃぃ!」
鼻息荒く、彼は怯える少女に近づく。
男はスーツを脱ぎ、上半身を露出させた。
「さぁ。お互いが脱ぎ脱ぎしてさ。ぶひゅ、ぶひゅ。
仲良くなろうよね。優しく、するよ。優しくねぇええ!」
醜く肥えた脂ぎった体。少女は、より恐怖を覚えた。
そして、マフラーを剥ぎ取り──
──目を血走らせる。
「スカイランナァアアアアアアアアアアアッ!!!!」
扉を蹴破り、変態男は叫ぶ。
真っ直ぐに廊下を駆け抜け、中央の部屋の扉を殴り開ける。
ここじゃあない。
「どこだ。どこだスカイランナァアア!!」
鎖の音がした。
拷問用の部屋。今、客人を監禁している部屋から音。
パバトは走った。醜い脂の汗を撒き散らしながら。
「スカイランナァアアア!!」
吊るされた狼先生。その隣で今まさに鎖に繋がれたヴァネシオス。
誰もがそのドギツイ雄叫びに驚きを隠せなかった。
『パバト・グッピ……お前まで居たのか』
「先生? 知ってるの?」
『ああ。あれは十二本の杖の初期メンバーの一人だ。奴は元『骨』のメンバーで』
狼先生が何か言う前に、その巨大な豚のような大男はスカイランナーの胸倉を掴んだ。
「っ!? な、何の用です、パバト!」
「お前はカスだ! ゴミだ! 僕朕が直々に殺してやるっ!!」
「ちょ、落ち着ていくださいっ! なんですかっ!」
「なんでもクソもあるかっ!! あんな可愛いロリに、貴様、何をしたっ!!」
地団駄を踏むように床を踏み、それに合わせて床が──溶けていく。腐敗していくと言うべきか。
「ちょっ、暴れないでくださいっ! 魔法が漏れてますっ!!
貴方の魔法は面倒なんですからっ!!」
「スカイランナァアア。何で僕朕がお前の作戦に乗ってるのかァア!
忘れてないよねェエ!?」
「わ、忘れてなんて──と、とりあえず、外に出ましょう!
ここには人質の狼先生、いえ、魔王が居ますので!」
「魔王様ぁ? ……あ」
その言葉に、パバトは目をぐるりと回してから狼先生を見る。
『……パバト。君は相変わらずのようだな』
「おお……。お久しぶりでございますね。
魔王様は、随分と……毛むくじゃらになられましたね」
にんまりと脂の乗った笑顔をパバトは浮かべた。
『君はまた一段と肥えたな。そして、性根の腐った悪臭がするよ』
「ぶひひ。それは性根というか僕朕の根っこの硝煙の臭いでしょうねぇ。ぶひゅひゅ」
『マグナム? はは。汚いそれを見たことは無いが短小な小型銃の間違いだろう?』
「ぶひゅひゅ。まぁ僕朕のマグナムを見れるのは可愛い少女だけ。
魔王様とはいえ見れませんので、残念ですねぇ」
気持ち悪い。と狼先生とヴァネシオスが同時に引き攣る。
『しかし……まさか君がスカイランナーに肩入れしている、のか?』
「ぶひゅひゅひゅ。そうですよ。スカイランナーが魔王になるのを、応援しておりますです」
『……何。何故だ』
「何故? ぶっひゅっひゅ。それは公約故ですよ」
『公約?』
「そう公約です……! 可愛い人間の女の子!
十八歳以下の女子!! 好き放題! やり放題!
身長155㎝以下、体重は不問、胸囲も不問!!
いつでもどこでも、二十四時間やり放題!! 是!?」
パバトの性欲まみれの笑顔に、その場の全員が言葉を失った。
いや、スカイランナーは物理的に喋れなかっただけだが。
スカイランナーの胸倉を掴むパバトの手には一段と力が入った。
「特に好みは強い女子!!
気丈な女の子が村を守る為に小さな体で懸命に奉仕する姿は涙ぐましくて勃■!
明るく元気な利発な子が、痛みと絶望の血の海の中で四肢を失いながら喘ぐ姿が勃■!
魔法を覚えて冒険者になったばかりの少女が、組み伏され抗えずに絶望していく様が勃■!!
妹を守る為に体を捧げる姉にも勃■るし、その妹が隣の部屋で無残にも犯されているのも勃■!
そして、その妹の素晴らしい姿を姉に見せた時の精神が崩壊したような絶望に歪む顔にはもう、
絶頂を禁じえない……!」
恍惚な笑顔。どろりとした汚い脂の涎。
生理的に無理、とヴァネシオスが目を背ける中、狼先生は目を細くした。
『……昔から、品の無さが変わらないな。パバト』
「ええ! 魔王様も変わりませんね。その石頭は!
いつも戦争では『奪うな・殺すな・犯すな』ばかりでした!」
『民間人に罪は無いし、民間人を殺せばその後の生産性が落ちる。それを効率的に──』
「しかし!! スカイランナーは違います!!」
『話を聞かんのかい』
「奪った土地に住んでる人間を奪ってよし! 殺してよし! 犯してよし!!
法律で是にすると約束してくれております!!」
『そういう馬鹿な法律ばかり立てると国が傾くんだぞ』
「すふふ。傾いたらまた違う国で同じことをすればいいんですよ」
二人の馬鹿さ加減に狼先生は呆れを通り越した最大のため息を吐いた。
「何なの、この人……マジで気持ち悪いわよぉ」
『ああ。同感だ。パバト・グッピは個人的には嫌いだ』
「というか。狼先生、魔王なの?」
『……話してなかったな。実は』
「歴代最も残酷にして、最強の魔王と呼ばれた魔王フェンズヴェイ!
それが彼の名前ですよ! すふふふ!
しかし、実際は! 魔法を極めた癖に、勇者ライヴェルグにあっけなく討伐される!
喜劇役者のようなクズ魔王ですよ!」
無理矢理にパバトの手を解いてスカイランナーは饒舌に語った。
『反撃できないからと、言いたい放題じゃないか』
「すふふ。事実ですよ。戦うことしか脳が無かったのに、負けたんですからねぇ!」
睨み合う狼先生とスカイランナー。
だが、その間に──パバトが割って入る。
「とりあえず、スカイランナーのロリに怪我させた罪は後に小指つけさせるとして。
魔王様。よくよく考えれば、丁度よかった」
『……』
パバトは──ポケットから紙を取り出す。
それは、何か体液で汚れたような独特の染み方がある紙。
だが、それは、ただの紙じゃなかった。
「この子。魔王様の器でしょ。紹介してくださいよぉ」
ヴィオレッタの手配書だ。
「こういう強気な顔のロリっ子……超好なんですよ。魔王様ぁ」




