【12】危険かどうかは私が決める【13】
◆ ◆ ◆
──地下大迷宮の、深層。
鍾乳洞のような洞窟で、虹色に光る蛍石が時折輝いている。
そんな深層の中腹に、野営にうってつけの場所があった。
人間くらいの茸みたいな平たい岩が幾つもある場所だ。
茸岩とでも言おう。その茸岩の一番上が本当に丁度いいスペースだ。
人間なら二人~三人横に慣れそうな平らなスペースである。
何より、高さがある。寝ている最中などに魔物から襲われるリスクを少し減らせる。戦闘になったとしてもすぐに防衛線も敷けるしな。
そんな茸岩の真ん中に焚火を作った。
俺とヴィオレッタは焚火を挟んで向かい合っている。
お互いの隣には、お互いが倒した魔物の爪やら牙やら頭部やらがある。頭部は嫌がらせだろ。
「くすくす。十八、十九……二十。ちょうど二十匹だね。流石に、私の勝ちかな?」
「ん。こっちも二十だな。引き分けか」
「……ふぅん」
「おい。おもむろに立ち上がるな。追加一匹狩りには行かせねぇよ」
「……ケチ」
「そうじゃないわ。もうすぐ飯も出来るし、何よりもう夜だからな」
飯と言っても、ただの焼き魚。焚火で串刺しの魚を焼いて塩を掛けただけのものだ。
この洞窟に来てから、八時間以上経過したくらい……きっと今は、二十一時~二十二時くらいだろう。
「じゃぁ『賭け』は明日も続行だね」
「そうだな」
『賭け』を、俺とヴィオレッタはしていた。
俺たちが居るのは、雪禍嶺の地下大迷宮の深層。
魔物討伐数ゲーム、だな。題するなら。
ここの深層は、魔物の宝庫。
強さは煩雑。
下は草原にもいる弱小の魔虫から始まり、上は昨今見かけない上級魔竜。呪われた武器を操る害竜の魔装害竜までもが殺意むき出しで闊歩している。
普通に逃げた魔物を追うのは禁止で、『向かって来た魔物』をどちらが『多く倒せるか』というゲームをしていたのだ。
まぁ逸れたら面倒なのでほぼ一緒にいたから不正等はしようがないので悪しからず。
後、ヴィオレッタは負けず嫌いのようで、それ相応に盛り上がっていた。
俺? いやいや、いい大人だからな。
「途中の大鎌魔虫は私を狙ってたから私の獲物だったよ」
「いやいや、先に攻撃された方が倒していいルールだったろ」
「負けず嫌いだね」「お前に言われたくないがな」
……まぁ、俺も負けず嫌いであった。
「ほら、焼けたぞ」
「ありがと」
ヴィオレッタは魚を受け取り、魚の腹から食べる。
……地下で、数時間程だが接して分かったことが幾つかある。
この子は、ハルルのようにとても素直だ。
いや……自分で言っていてアレだが、撤回する。ハルルと違った素直さだ。
ハルルが何でも受け入れられる素直さなら、この子は何でも自分の中で作り直す素直さか。
俺が教えたことを吸収するのがハルル。
俺が教えてないことを模倣するのがヴィオレッタ。
と、言った所か。
魚を齧っていると、ヴィオレッタがくすくす笑う。
「ゲーム。私が勝ったら、約束忘れないでね」
「ああ。そうだな。でも俺が勝ったら分かってるな?」
「くすくす。分かってるよ」
「ならいいんだ。俺が見届け人で、ちゃんと」
「えっちなお願いだっけ」
ごふっごふっ、と咳き込んだ。魚を喉に詰まらせてしまった。
「大丈夫? そんなに喜ぶ?」
「違うわっ……からかうのも大概にしろっ……!
出頭な! 素直に罪を認めて自首しろ、って約束だ」
「ああ。そうだったね。くすくす。忘れてた」
自首しろ、とは伝えた。
たかがゲームの口約束。本当に自首するとは思えないがね、一応ね。
「大丈夫。約束は守るよ。私は」
くすっと笑うヴィオレッタと目が合う。
今のタイミング。まるで……俺の考えが読まれたみたいだ。
「だから、貴方も約束は守ってね」
「ああ。俺が負けることがあったら、便利屋として無料で仕事を受けてやるよ」
この子に負けたら、一度だけ仕事を無償で引き受ける約束をした。
違法なことは一切やらんとも伝えてあるし、内容によっては断ると言った。
いや、負けないけどね?? 念の為ね??
魚の身を食べ尽くし、しばらくしたらヴィオレッタは横になった。
俺は、パチパチと爆ぜる焚火を見つめながら、念の為、寝ずの番をするつもりだ。
まぁ、貫徹なんて久しくやっていないが……戦中は何度かやってたから大丈夫だろう。
「……ジン。貴方も早く寝たらいいのに」
「ああ。気にしないで寝てくれ。俺も適当な所で寝るから」
「……あとどれくらいで寝るの?」
ごろん、と寝返りを打って俺と目が合う。
「二、三時間かな。武器を磨くつもりだ」
軽い嘘を吐いておいた。
すると、ヴィオレッタは目を細める。
「嘘吐き。そういう見栄は嫌い。
敵が来たらすぐに分かるから、寝てて大丈夫だよ」
「いや、別に、見張りとかじゃなくて」
「見張りでしょ。大丈夫、寝ていいよ」
ヴィオレッタはそう言って目元を笑ませた。
俺は苦笑いする。番するのがバレていたか。
「気遣いは嬉しいが……そうだな。
見張りをしないと、魔物に寝首なんてかかれたくないだろ」
「それなら大丈夫。私、気付くから」
「気付く?」
尋ねると、ヴィオレッタはくすくす笑って、自身の耳を撫でていた。
「私、耳が凄く良いの。みんな怖がるくらいに」
「そうなのか?」
「うん。寝てても凄い聞こえるんだ。
貴方の心臓の音まで聞こえるくらいにね。
生まれつき、人より音が多く聞こえる体質みたいなの」
「そりゃ……すげぇな。じゃぁ遠くの会話とかも」
「聞こえるよ」
「あ、だからさっき壁の向こう側の敵の位置が分かったのか」
「そーだよ」
そういえば……何かの本で読んだことがある。
確かその本では病気として紹介されていたな。
聴覚が発達し過ぎて、普通の音すら嫌になってしまう病気。
成長すれば、およそ10代半ばには耳の中にある音を拾う毛が弱くなり、どんどん普通の聴覚に戻っていくと書いてあったが。
今も鼓動まで聞こえるんだとしたら……それは凄いことだが、同時に相当の苦痛なんじゃないだろうか。
「くすくす。心配してくれてありがとう」
「え?」
「そういう心音、してる」
「そんなのも分かるのか。凄いな。……正解だ」
「だから貴方も寝た方がいい。……明日は、きっと疲れるよ」
「……そうだな。お言葉に甘えて、少しだけ寝るよ」
そういうと、ヴィオレッタは少しだけ目元を微笑ませてから、俺に背を向けて自分の黒い毛側に包まった。
……その小さな姿を見て、俺は唇を噛んだ。
「なぁ、ヴィオレッタ。お前は多くの人間を殺した。だが、やり直せると思うんだ。
その罪を償って真っ当に生きる気はないか?」
俺の言葉に、ヴィオレッタは振り返りもしない。
だけど、聞こえてはいるんだろう。
「魔王と居るんだろうが……あいつは危険だ。だから」
「危険かどうかは私が決める」
凛とした声に、俺は目を背けた。
嫌な言い方をしてしまったと、少し反省した。
でも、あいつは。いや。
「悪い」
「気にしないで。貴方が、せんせーを嫌いなのは伝わってたから」
「そうか。……なぁ、何故、魔王と一緒にいるんだ?」
「夢を叶える為だよ」
声がとろんとしている。あ、眠ってしまいそうだ。
「夢? それって」
俺が質問をすると、返事が返ってこない。
ヴィオレッタ? と声を出すも、寝息ですやすやと聞こえるだけ。
この子は凄い大物になるぞ。急に寝やがったからな。
それだけ疲れていたのだろうか……まぁいいか。
それよりも。
『危険かどうかは私が決める』か。
……そうだな。俺自身も、魔王のことは正しく理解していない。
国からの命令で、討伐した。
そうだ。俺自身は、何も決めてなかったんだ。
「確かにそうだな。悪かった」
聞こえていないだろうが、俺は小さく謝った。
そして、ふと思った。
魔王。
この十年後の今、ちゃんと話したら……何か、変わるだろうか。
魔王。……そう呼ばれる男と、話してみたくなったな。




