【12】思い出話は終わったか?【11】
◆ ◆ ◆
──それは、十年以上昔のこと。
「魔王様! 魔王フェンズヴェイ様!」
金のシャンデリアに赤の絨毯を敷いた床。
顔が映りそうな程に磨かれた大理石の壁に、無駄に豪華な剣に盾、彫刻に剥製などの装飾の数々。
その細長い部屋の中で、男はわめいていた。
ここは、魔王城、玉座の間。
その玉座には、長い黒銀の髪の細身の男が座っている。
足を組み、指を組み、冷ややかな目で家臣を見つめる彼は、魔王フェンズヴェイ。
百年、いや、二百年……それ以上の長い間、命を繋いで玉座に君臨する絶対的な王。
「魔王フェンズヴェイ様! 緊急事態にございます!」
大声を張り上げたのは、鳥の剥製を被った細い男。彼の名前はスカイランナー。
魔王の表情は変わらずに、スカイランナーを見下ろした。
「なんだ?」
「『十二本の杖』の一人、ディープスがあの忌々しい勇者ライヴェルグにやられました!」
告げると、辺りにいた将たちは少しざわついた。
だが魔王の腹心である四人の幹部たちは何も顔色を変えないし、魔王自身は冷めきった目でスカイランナーを見つめていた。
「何が、緊急事態なんだ?」
「え、あ、は……それは、我々の一人ディープスが倒されたことが」
「そうか。同族が討たれたのは辛いな。戦争だから仕方ないな。心から弔おう。
で? だから何なんだ?」
「え、えっと」
「会議を止める程の案件なのか? それは今後の進軍作戦の会議よりも重要なのか?」
周りの魔族たちが笑っている。
「し、しかし、魔王様っ!
魔王様が命に代えても守れと命令された城が落とされてしまいましたっ……!
今、取り返すには、そこにさらなる兵を派兵していただかねば!」
スカイランナーの言葉に、魔王は目を瞑った。
「スカイランナー。何故、古参の魔族が多いはずの『十二本の杖』が新参の『四翼』の幹部よりも、言ってしまえば、さらにその下部組織の『骨』たちよりも下の序列か分かるか?」
「そ、それは。ま、魔王様がそうお定めになられたから……」
魔王は怒りを通り越して、呆れ……グラスを手に取った。
すぐに隣の男がグラスに葡萄酒を注ぐ。
グラスを揺らし、色を見、香りを感じ、一口を大切に飲む。
「最近、人間の町に行ったんだ。お忍びでな。
菓子屋に行った。そしたら子供がお小遣いを握り締めて飴だかを買って会計に行ったんだ。
そしたら、お金を落としたらしい。子供は、会計を辞めて、親の所に行き、お金を落としたどうしようと泣きついてた」
「は、はぁ」
「お前はその子供と同レベルだ。スカイランナー」
グラスがスカイランナーの顔面に叩きつけられた。
「いっ」
「その子供が最初にすべきことは、親に相談することじゃなく、金を探すことだ。
え? そう思わないか?」
口調は静かだが、確実に怒気の籠った声。
「す、すみませっ」
「考え方はそれぞれだが、お前は『親が財布を渡さなかったのがいけない』と、そう思っているんだよな?
いや、そもそも『子供を買い物に行かせたのが悪い』と、そう思っていなきゃ可笑しいよな」
「そ、そんなことは」
「思ってなければ、何故、『魔王様が命に代えても守れと命令された』なんて言い回しが出来たんだ? 責任を擦り付ける為じゃないのか?」
「ひっ……ち、違います。ワタスシに、そんな、意図は」
「まず、大前提だ。『金を落とすな』。与えられた任務だと自覚しろ。
そして、万一にでも落としたなら、自分で探して、自分で拾え。言っていることが分かるか?」
窒息した魚のように、口をパクパクと動かしながら、スカイランナーは頭を垂れた。
何も、言葉が出ない。
「そもそも、命に代えても守れと言った仕事が失敗したというなら──何故、お前は生きてここにいるんだ?」
「そ、ぅ、ぁ」
「逃げたから、ここにいるんだよな。戦ったのか? 戦ってないよな。
まずはお前が命令を遵守出来ていないことが問題だ」
魔王は立ち上がり、階段を降りて跪くスカイランナーの頭を踏む。
「言いたいことが山積みだ。
まず、お前たちの失態に、何故、私が命令を下して部隊を動かさなきゃいけない?
そもそも、何故、王に直接訊ねた? 指揮系統を理解していないのか?
まず上司に相談し、今後の決断をしてもらう。何故、一足飛びに私の所まで来たのか」
流れるような静かな言葉に、スカイランナーは青ざめる。
「そこまで考えが及ばなかったのか? だとしたら、それが全ての敗因だ。
しかし……そうだな、お前たち『十二本の杖』には責任は無い」
「え?」
「お前達の蒙昧さを計算に入れられなかった上層部の責任というのは、有るだろうからな。反省する」
魔王の言葉に、幹部たちとその場にいた将たちは抑えた笑いをした。
嘲笑。侮蔑。渦巻いた闇の中で、スカイランナーは拳を握った。
「もう下がっていいぞ、お使いもロクに出来ないお前に、渡す小遣いはないからな」
◆ ◆ ◆
「その時に思い描いたのです! ワタスシはいずれ、貴方を失脚させ! そして魔王になって、もっと辱めてやろうと!!」
『ん……そうかそうか。で、思い出話は終わったか?』
うとうとと……少し、眠っていた。
今は、暗闇の中。鎖で繋がれ、宙吊りにされている。
この輝きのある銀の鎖は崩魔術式という特別な鎖だそうで、魔法が使えない。
私は、魔王だ。
今は狼の姿をしているが、魔王である。
目の前の鳥の剥製を被っている男はスカイランナー。魔族だ。
数時間前に私を痛めつけてからどこかへ行った。
そして戻ってきたら全身に傷だらけ。至る所が血塗れになっていた。
少し見ない間に、なんでそんなボロボロになっているんだろうかね。
そして、そんな傷すらも手当せずに熱く語らい始めたから何かと思ったが、ただの恨み節だった。
十年以上前から恨んでいたらしいな、私を。まぁ、どうでもいいが。
「っ、貴様ぁっ!」
鎖を思い切り鞭のように振るって殴って来る。
拷問の仕方を心得ていないな。視界に映ったモノが与える痛みは、覚悟してしまえる。
刃とかが付いていればまた別だが……まぁいい。
だから魔族の使えない派閥として雑用実行部隊にしていたのだ。
ひとしきり、私を殴って疲れたようだ。
観察していたが……傷は二種類。一つは刀傷で、もう一つは魔法系の傷。
それはあの子の技だと、私には分かる。
「すふふ……そうだ。そう。別に昔話をしに来ただけじゃないんですよ。すふふ」
『何?』
「貴方にお土産があるんですよ。フェンズヴェイ……いいえ、狼先生」
スカイランナーがキザったらしく指を鳴らす。
扉が開いた。──誰だ、知らない少女がいる。
床までありそうなほどに長い茶髪、長いマフラーをぐるぐると巻いて口元を隠した少女。
その少女が目を背けながら、引きずって来たのは。
「狼先生の友達なんですよね? このオカマは!」
『……ヴァネシオス』
「おおかみ、先生……ごめんなさいね。捕まっちゃって、ボコボコよ……もう。
ハッチに、貰ったコスメ、台無し……けほっ」
上半身裸。両腕を縛られて、体中には斬撃の後。
軽口を吐く体力はあるようだが……いや、カラ元気か。
夥しい量の血が流れている。この出血量は、早く止血しないと。
「すふふ。運悪くワタスシと同じ場所に転移してきたからね!
プレゼントに連れてきたんですよ! すふふっ!」




