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【12】今だけサービス期間だよ【10】


◆ ◆ ◆



 暗い湖面は、今は波が立っていて地面と湖の境界線がはっきりと分かるが、先ほどまではまるで平らな地面のようだった。

 水の中には岩と同じ色の魚たちが群がってきている。


 その地底湖は天然の罠だ。

 細い道を通り抜けてここに来て、最初に目につく少し大きめの明かりは、湖の先にある。

 歩いて進めそうだと勘違いして進めば、そこは水。しかも急に深く、一瞬で膝下まで水に浸かる。


 慌てたら最後、そのまま滑って湖の中へと落ちていく。

 すぐに出られればいいが、それを妨害するのがあの魚たち。


「キミ。運が良かったよ。ボクが居なかったら埋溺魚(ケルピッシュ)の晩ご飯になっていたね」


 埋溺魚(ケルピッシュ)

 本来は海に生息する魔物で、泳いでいる生物に群れで近づき、海底へ引きずり込む。

 そして、獲物の足を岩の間に嵌め込んで、泥の魔法で固定。

 そうやって獲物を溺死させてから、水に溶けた肉を食う。

 単体では恐ろしくないが、複数集まったら厄介な魔物である。


「怪我はない?」


 輝鉱石の薄い黄色の灯りに照らされながら、彼女は岩の上に座っていた。

 彼女の名前はルキ。

 星を(ちりば)めたような紫の夜色の長い髪を持つ魔法使いである。

 その右腕と両脚は、鋼鉄の義肢。新調したばかりの鈍く光る義肢たちは、訓練をすれば歩けるようになるという。


「はい。本当にありがとう、ルキさん」

 礼を返したのは、ビショビショになっている女、ハッチだ。

 赤染めした金の髪。さっぱりとした短髪のハッチは着ていた服を脱ぐ。


 あられもない姿だが、女性しかいないし気にはしていられない。

 ルキに背を向けて服をぎゅっと絞った。嘘みたいに水が出る。


「キミ。名前は?」

 ルキが訊ねて、ハッチは少し苦笑いする。


「ハッチ、です」

「……キミとはどこかで会ったような気がするのだが」

 ギクっとハッチは服を絞りながら顔を強張らせる。

 実際、ハッチとルキは面識がある。

 とはいえ、ハッチと名乗る前──彼女が『ハニエリ』という名前だった頃だ。


 ある町の聖女としてハッチは暮らしていた。

 ヴィオレッタを助けて匿った最中、彼女を探しているルキが町に訪れたのだ。

 会食を終えた後……ハッチは嫌なことを思い出す。

 そのルキとの会食の後だった。ハッチのことを商品としてしか見ない両親との口論になり、彼女は父を殺害してしまう。

その後、成り行きとはいえ、その罪をヴィオレッタが肩代わりした。

 そして、ハニエリという聖女はその時に死んだことになっている。

 だから、ルキに『自分(ハニエリ)が生きている』などとバレる訳にはいかなかった。


 ハッチはおもむろに振り返る。

「や、やだなぁ。魔王討伐の大賢者のルキさんと、会ってる訳ないじゃないですか」

「ふむ。そうか……いや、それより、どういう顔だそれ?」

 顎を突き出し、目を(すぼ)めてしゃくれ顔。

「も、元から、こういう顔、的な」

「無理があるだろ」

「で、ですよねぇ」

「ふぅ……まったく」

「は、ははは~」

「所で」

「はい?」



「ボクはまだ名乗ってないんだが、どうして知っているんだい?」



 服をぼとっと落として、ハッチは目を泳がせる。

 ──だけど、すぐに冷静さを取り戻した。

 嫌だなぁ、と笑いながら服を拾い上げて──脳をフル回転させた。


「ルキさんのことを知らない人はいないですよ。魔王討伐の勇者様じゃないですか」


 あの言い回しはカマかけだ。ハッチはそう内心で落ち着かせる。

 魔王討伐隊の顔は雑誌や写真で良く見かけているし、一方的に知っているのも不思議じゃないはずだ。


「ふむ。それもそうだな。悪かったね」

「そうですよ。ははは~」


「お詫びと言っては何だが、その服を貸してくれ」

「え? あ、はい」

 ハッチがビショビショのシャツをルキに手渡す。

 ルキは指を軽く振る。白っぽい赤みが掛かった光がシャツを包み──水気が抜けた。


「すごっ!」

「ふふ。乾燥魔法とでも言おうかな。雨が続いても服をすぐに干せる便利魔法だよ」

「へぇ、魔法って何でも出来るのね」

「何でもは出来ないさ……さて、そうだ。もう一つ聞いてもいいかな?」

「なに?」



「キミは手配書が無いが……ヴィオレッタの仲間かい?」



 その深い紺色の目と、ハッチの目が合う。

 気軽に尋ねているようで、賢者の目の奥は笑っていない。

 質問の意図は至極明快。


(誤魔化すべきだ。そうだ、あの村の怪我人ということにすればいい。

そしたら、この人に守って貰いながら先へ進めると思う──けど)




「仲間だよ」




 ハッチの回答に、ルキは逆に面食らった。

 だが、表情に出さないように腕を組み直し、ふむ、と声を出した。

「……嫌に正直だな。嘘を吐いて民間人だと言う方が、利点が多くあるように見えるがね」


「そうね。でも、嘘でも仲間じゃないなんて言いたくないわ」


 真っ直ぐな目に、ルキは息を吐きながら頬を掻く。

 正直、その目を嫌いになれなかった。


……嘘を吐いてくれれば問答無用で拘束したものを……。


 ルキは消える程に小さくそう呟いた。

「うん? 今、何て言ったの?」


「いや。気にしないでくれ。とりあえず、出口を探そう」

「え?」

「ボクは義足がまだ馴染んでなくて歩き辛くてね。

たまに肩を貸して欲しい。その為には、キミを拘束するのは非合理だろ」

「……それは」

「ほら。肩を貸してくれ」


 ハッチは言われるがまま肩を貸す。

 ハッチの肩を掴んで、よいしょと立ち上がり、ルキは歩き出す。

 あ、肩を貸すってそういう物理的な方向? とハッチは苦笑いした。



「さて。ほら、行くよ。きっちり借りは返す主義だから、

魔物が出たら全部まとめてボクが倒してあげるよ」



「え? 借りは返す主義? なんの話?」

「ああ、そうか。溺れてるの助けたから相殺でも良かったか。

まぁ人命救助はノーカウントにしておくとするか」

「ちょっとさ、勝手に話進めるのやめてよね。どういう意味って聞いてんの」

 ルキは、ふふ、っと笑った。



「グラス、割ってくれたお礼さ」



 振り返らずにルキは歩く。

 あ……とハッチが声を出した。


 それから、ハッチは困ったように、それから少し嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 『ハニエリ』だった時の会食で、ルキの嫌がる話題をグラスをわざと割って止めたことがあった。


 ──バレてるわ、ハニエリだって。


「ほら、早く行くよ、『ハッチ』」

「は、はい……そ、そのルキさん」

 ハッチは慌ててルキの隣を歩く。

「ん?」

「ありがとう、ございます」


「ふふ。気にしないでくれ。成功例を知っているだけだから」

「成功例?」


「ああ。……本当の名前ではなくなったのに、本当の生き方をしている人を、知っていてね」

 優しい声で、そして目を少しだけ逸らしてルキは笑った。


「……それは」

「何がどうしてそうなったかは知らないし、聞かない。

だが、さっきの真っ直ぐな目は本物だろう? 仲間のことを言う時の目はさ。

だったら、これ以上何か言うのは野暮だろう」


「ルキさん」

「もちろん、ヴィオレッタの勢力として居続けるなら、捕まえるけどね」

「今だけ特別ってことですか?」

「ああ。そうさ。今だけサービス期間だよ」

 ルキは、ころころと笑った。

 つかみどころのない笑顔に、ハッチもつられて笑った。


 

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