【12】誰を愚かと呼ぶのだろう【07】
小雪の降る白い世界。燃える瓦礫。
赤い炎に照らされた、影より黒いドレスの少女。
この少女は、魔王に関わる重要人物。要捕獲対象だ。
その少女の周りには、人がいる。
黒い肌の男と、筋肉隆々な男? と赤金の髪の女がいる。
俺は──
剣を構え──ない。
赤金の女が倒れた村人に包帯を巻いている。
黒い肌の男が懸命にお爺さんに水を飲ませていた。
筋肉男? が少年の足に刺さった矢を抜き、必死に処置する姿。
そして、村の周りに転がった魔物の死体。
角有竜、山岳赤虎、群噛虫……数えきれない魔物だ。
見ずとも分かる。
俺はすぐにヴィオレッタに駆け寄り──その横を通り過ぎた。
わざと肩がすれ違うように。
そして、瓦礫を持ち上げ、その下にいた男性を抱き起す。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ……うう」
足に大きく傷がある。倒れた瓦礫で裂傷したのか。
あっちに運んで傷口を消毒しないと行けなさそうだな。
「【靄舞】──」
ヴィオレッタは振り返り──靄を飛ばしてきた。
攻撃か? いや。理解できる。これは。
靄は、わざと俺の鼻先を掠めてから、ターンして男性の傷口に密着する。
「──癒せ」
靄が発光した。なるほど、靄には属性魔法を付与出来る。
これは回復魔法を付与しているな。便利な術技じゃないか。
「……それが、本来の使い方だな?」
「くすくす。知らないよ、そんなの」
「おいおい、なんか馴れ馴れしいぞ、そいつ! 誰! レッタちゃん! そいつ誰!?」
「うーん。私も知らない」
「ああ、通りすがりの。なんだ。便利屋だよ」
「ふぅん! レッタちゃんとの関係は!」
この黒い男、ゴリゴリに敵意剥き出してくるじゃん??
「い、いや、別に」
「私の背中を斬った人、めーっちゃくちゃ深く」
「そういう紹介は酷ぇだろ。悪意しかねぇ」
「な、なんだって!?」
そして黒いのは俺の話の方は聞こえてないみたいだし……。
「それで私の体重を45㎏~50㎏って予想した失礼な人」
「そ、それは予測の失血量の計算で」
「っ! ぶっ殺してやる!! レッタちゃんの体重は羽根の重さに決まってんだろ!!」
「お、落ち着け。とりあえず今は戦う気はないから。な」
血の気の多い男なのか、それともヴィオレッタの恋人とかか?
まぁ、悪意は無さそうな奴だし、とりあえず村人たちを──っと。
その一瞬に対応したのは、俺とヴィオレッタだけだった。
俺は空中に跳び、剣で一閃。同時にヴィオレッタは靄を纏った蹴りをかました。
何を斬って何を蹴ったか?
透明化と消音の魔法を掛けて投げつけられた岩だ。
「すふふふ! これはこれは! お早い到着ですねぇ!
ヴィオレッタとその一行! と……知らない男!」
なんだあいつ。鳥の剥製みたいなものを被った魔族か?
にしても腕や足が枝みたいに細い。
が、敵であることは間違いないだろう。
隣に着地したヴィオレッタがあいつを見る目が鋭いのと……まぁ、攻撃魔法に透明化と消音まで掛ける殺意の高さ。
アイツは敵だと思うな。
◆ ◆ ◆
もしも、何か一つ違いさえすれば、運命と呼ばれる歯車は全く別の回転をしたのだろう。
──王国には、参謀本部という組織がある。
そこには参謀が十名以上在籍しており、その室長……参謀長という役職がある。
くすんだ赤毛の吊り上がった目。少し筋肉質なその男の名前は、ナズクル。
暗い部屋で、一人深く椅子に腰を掛けている。
そして、机の上の地図を見ていた。
地図の上に置かれたチェスの駒のような置物が、三つある。
二つは固まって、地図の端の方、共和国領クオンガという土地で動かない。
そしてもう一つは──雪禍嶺と書かれた場所にあった。
(スカイランナー。魔族の連合で現在の書記官補佐。
十二本の杖の序列で言えば上から六番目……いや、七番目か?)
ナズクルはその耳に付けた耳飾型通話機を机の上に置く。
(あの魔族は、頭は悪いが行動力はある奴だ。何より、野心がある。
蒙昧で中身のない野心だが……魔王になると本気で志していた。)
まぁ、魔王になった後、どうしたいか決めてない節があった。
話していたが、取るに足らない幼稚な帝王学を語られた。
だが、それでいい。それくらい馬鹿であることこそ、行動は読みやすい。
魔王を捕らえさえすればいい。その為に助力はしてやった。
魔王さえ。あの魔王、フェンズヴェイさえ捕まえてくれればいい。
私は、あの魔王に用があるのだから。
だから、ある意味丁度良かった。
ライ公と、ルキ。勘のいい二人が共和国に居るなら、目的を達成しやすくなる。
耳飾型通話機には、彼らに伝えてない機能が付いている。
それの一つが、位置情報を親機に伝える機能。
そして、この耳飾型通話機を持ってるのはもう一人。
魔族の鳥頭、スカイランナーである。
「後は、魔王を捕まえるか……お前自身が魔王の囮になってくれ」
しかしながら、ナズクルは腕を組んで自嘲気味に笑う。
あくまでスカイランナーは、予備策。
あんな馬鹿が本当に魔王を捕まえられる訳がない。
雪禍嶺に居るのが良い証拠だ。
少し前の報告では西部方面でティスの下部部隊とやり合ったそうだ。
ナズクルは盤面を放置する。
目的達成も大切だが、同時に王国を運営する通常業務も大切だ。
──結果的に、ナズクルは失態だったことにはなるだろう。
保険で立てておいたスカイランナーが、まさか魔王を捕獲しているなんて夢にも思っていなかった。
更には、ジンとルキが荷物をクオンガに置いていたこと。
二人が雪禍嶺に向かっていることも知る由が無かったのだ。
──かくして、彼は目的達成の機会を一つ失い……歯車がぐるりと回ることになる。
もしも、何か一つのボタンが掛け違って、ナズクルが雪禍嶺に出立していたら。
タイミング的に扉の前に来た彼女とは入れ違いになっていたはずだから。
「報告であります、ナズクル先生!!」
焼いた鉄のように赤い髪。笑顔が眩しく背の低い少女。
「ティス。先生は止めろ」
「何故でありますか! 自分は師匠殿から先生を先生として崇めるように規則ております!」
ティス。この少女は『旧友』の弟子。
そして、その旧友の依頼で自分の手元に置いている。のだが。
「はぁ。引き受けるんじゃなかった……面倒を見るなど、面倒だ」
「光栄であります!!」
褒めてはいない。と
「で……なんだ。何しにきた?」
「出撃命令を頂きたく参りましたであります!」
「出撃命令? ああ、書類まで持ってきたのか。
うむ……おい。ただの出撃許可証じゃないか。
この書類なら他の部署に印を押してもらえ。私の命令じゃなくても大丈夫だ」
これはただの出撃許可証。しかも小規模。十名以下の隊を組んで出撃するという許可証だ。
「こんなもの、ギルドに提出すれば翌日には許可が出るだろう」
「いえ! 直属の上長の印、またはサインとあります!
直属の上長は自分にとってナズクル先生であります!!」
暑苦しい。最近こういう温度の少女を見た記憶がある。
ああ、ジンの所の弟子のハルルだ。
あっちはあっちで違った暑苦しさだったが……。
「最近の若いのは、熱量が凄いな」
「光栄至極であります!!!!」
声がデカい。
「分かった分かった……サインするよ。ほら。では、私は疲れたから休む。じゃあな」
「先生、まだ昼過ぎですよ!」
「参謀は公休が無いんだ。早上がりもルールのうちだ」
「なるほど! お疲れ様でした!!」




