【12】弱点というのは、自分の個性だ【06】
◆ ◆ ◆
童話の狼さんは、いつも主人公たちに悪いことをする。
西の童話の赤い頭巾では狼さんは女の子を騙して食べちゃう。
東の童話の七匹の仔山羊でも、狼さんは仔山羊を六匹も食べちゃう。
私が出会った狼さんも、例にもれずに悪い狼さんだった。
でも、まだ食べるつもりはないらしい。
だけど、いつも怒ったように喋ってるの。
『お前はいつも怯えているな』
『あ、ぅ……ご、ごめんなさい』
だから、お話をする度に私は、ああまた怒らせちゃったなぁ、私が体が弱いから迷惑を掛けてしまってるなぁ、って思ってた。
そして生活を始めてどれくらいかした時に、夕飯を全部零してしまった。
運悪く、その時に『咳』が込み上げてしまったのだ。
『体が弱いから迷惑を掛けて、ごめんなさい』
そう謝った時、その狼さんは鼻を鳴らして詰まらなそうにした。
ああ、また怒らせてしまった。『ごめん。ごめんなさい』
そう項垂れていると、狼さんは言った。
『体が弱いから迷惑を掛けて、当然だ。と言っているように聞こえる』
『え?』
『昔話だが……『頭が悪いから失敗してごめんなさい』や『目が見えなくて申し訳ない』とか、
『腕が無いから出来なかった』と謝る奴がいた。私は性格が悪くてね……。
失敗することが当たり前だからそれを認めろよ、と言われている気分で、とても腹が立った』
『……何それ。……じゃぁなんて言えばいいの』
その時の私は泣きながらそう言ったのをよく覚えている。
くすくす。今思うと、あの頃はまだ十歳にもなってない私に酷いこと言うよね、師は。
『弱点というのは、自分の個性だ。頭が悪いのも、目が見えないのも、腕が無いのも。
……体が弱いのもな』
『……弱点なのに個性なの?』
『ああ。個性だ。弱点に向き合い、工夫し改善していく障害だ。
無論、自分だけで解決出来ない個性もあるだろう。そういうものは、他人に補ってもらう』
『……補ってもらえる個性ならいいだろうけど……私のは』
『補ってやる』
『え?』
『その病を、私が払ってやろう』
『そんなこと出来るの?』
『もちろんだ。代わりに──』
◇ ◇ ◇
「レッタちゃん、大丈夫?」
オレの腕の中で超絶可愛い眠り姫が目を覚ました。
オレの腕の中で、ってのが重要な。な!
「ん。ガーちゃん。おはよ」
「よかった。目、覚めて……心配したぜ、倒れるから」
「ん。大丈夫だよ……。どれくらい寝てた?」
「丸一日、かな」
「そっか。うん」
起き上がり、レッタちゃんは身体を伸ばした。
そして、ぶるっと体を震わせた。
「え? 寒いね。ここどこ?」
「あはは。実は、急に知らない場所に来たよ」
オレは苦笑いする。
「どうして?」
「いやぁ、多分、狼先生のこれかな」
オレは胸ポケットから、これを取り出す。
「何それ、煙出てるけど」
「狼先生が急に居なくなったのは覚えてる?」
「うん。あの山賊勇者みたいなのが囮で、きっと私たちが戦ってる間に攫われたんだよね?」
「やっぱそうだよね」
狼先生、魔王なのに攫われてしまったのである。
「でね。狼先生がいたような場所に、この黒い真珠みたいなのが落ちてたんだ」
真珠? とレッタちゃんは首を傾げる。
「これに触れたら変な場所に転移しちゃってさ。
今はこの周辺をオスちゃんとハッチが散策してくれてる。多分、北部だとは思うんだけどね」
レッタちゃんは真珠を手に取って眺める。そして、くすくす笑ってポケットに入れた。
「それって、多分、狼先生の魔力の塊とか、その一部だよね」
「うん。そうだね。転移魔法のおまけつきで、私へのプレゼントかな」
「なるほどな!」 レッタちゃんがそういうならそうだろう!
「レッタちゃん! よかった、目が覚めたのね!
ちょっとガー、すぐアタシを呼びなさいよ!」
ハッチが大慌てで走って来た。
「大丈夫!? レッタちゃん、ほら! 頭痛薬と傷薬と腹痛の薬あるからね!」
色々薬を出している。本当にお母さん感が出て来たなぁ。
「くすくす。ありがと、ハッチ。でも大丈夫。痛いのは無いよ」
「ならいいけど。あ、後ね、オスちゃんが多分、この辺りは雪禍嶺の周辺じゃないかって。
嫌に寒いし、あの山の面から見ると、多分、共和国よりの面かな? って」
「そうなんだ。ありがとね」
「でも、狼先生は見当たらなくてさ……」
「ああ、それなら大丈夫。多分、狼先生のいる場所は分かる気がする」
「そうなの?」
「うん。あの山。あの天辺に居る──ただ、それより前に」
「うん?」
「あっち、何か焦げた臭いがする」
焦げた臭い? するの? そんな臭い?
レッタちゃん。そういえば感覚鋭いもんな。
「行ってみる?」
「うん。オスちゃんが戻ってきたらすぐに行こ」
◆ ◆ ◆
焦げた臭いがした。煙もあった。
だから、ルキとハルルより先に、俺が斥候として跳んで来た訳だ。
そして──燃えた煉瓦と真新しく焼け落ちた瓦礫が燻る村が見えた。
思わぬ相手と会ってしまった。
小雪が降る世界に、燃える瓦礫。
赤い炎に照らされた、影より黒いドレスの少女。
長い黒緑色の髪。愛らしい小動物のような整った顔。
作り物のような白い肌に、菫色の瞳。
手配書通り。
「お前」
「……くすくす。懐かしい顔。あの時の『木べら剣士』さん」
人形のような少女、ヴィオレッタ。
こんな場所で再会することになるとは。
ルキの所で、彼女とは一度戦っている。
あの時は、魔王に関する人物とは思っていなかった。
だが、今は違う。
この少女は、魔王に関わる重要人物。要捕獲対象だ。




