【12】魔法は技術【05】
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王国北部は切り立った剣呑な山々が聳え立っている。
常雪の国。王国に統治されるより昔の時代にはそう呼ばれていた。
春であろうと夏であろうと、その地は永遠に氷雪を生む。
「神話の時代に氷と大地の神たちの争いで生まれ、
他者を拒むような雪嵐と挑む者を嘲り笑うような禍々しさから、雪禍嶺と呼ばれているのだよ」
星を散りばめた夜空のような紺色の髪を撫でながら、ルキは少し得意げに聞かせていた。
ハルルはその話を楽しそうに聞いているようだ。
「神話の時代っていつも神様たちが争ってるッスよね! 何が原因なんですか?」
「原因?」
「はいッス! 争いを始める理由ッス!」
「ふふ。ハルルは面白い所が気になる子だね。神話では一節しか登場しないが、雪禍嶺の生まれた争いの原因は、敵討ちだろうね」
「敵討ち?」
「ああ。大地の神には双半……つまり兄弟が居たんだ。二人で一つの神だったが、冥府の蛇に殺されてしまう。それがきっかけで戦い始めるんだよ」
「んぇ? なんでッスか?」
「冥府の蛇は、元々氷の神が根の下を管理する為に作り出した蛇なのだよ。だから、お前が過去に作り出したモノが兄を殺したので復讐してやる、といったところだろうかね」
「なるほどッス。でも、だとしたら……あれッスね」
「ん?」
「なんとも、言葉にはし辛いッスけど……ほら、大地の神様の怒りはきっと寂しさから来てるし、氷の神様だって別に殺そうと思ってやったわけじゃない。なんか、うーん」
「ふふ。神話の神々も、そうやってハルルが真剣に考えてくれることが、一番嬉しいだろうね」
ハルルとルキ、二人とも楽しそうだ。まるで親k──姉妹みたいだな。
俺たちは馬車に乗って進んでいる。
現在地は王国領の雪禍嶺が見えてくるあたり。
国境は一時間程前に超え済み。正規ルートね、ちゃんとね。
で、ポムは残念ながらお留守番。
共和国のクオンガでアピアたちと一緒に過ごしている筈だ。
荷物番をして貰っている。のと、まぁ、雪禍嶺は普通に危ない土地だ。
魔物も居るし、竜もいる。何より険しい山だ。
それに、万が一何かトラブルがあったら、と考えたらなぁ。
ルキは、どんなに駄々を捏ねても連れて行かないという選択をしたようである。
馬車に揺られながら、俺は頬杖を付く。
ルキとハルルはまだまだ喋る。
なんでそんなに話題があるんだろう。女子って凄いよなぁ。
俺なら三分でゲームセットだ。
話を流しながら聞いていると、今は魔法を教えて貰っているようだ。
「おおっ、指から明かりがっ! 師匠! 指から明かりがっ!!」
「分かった! 分かったから俺の目に近づけるなっ! 眩しいだろ!」
「えへへー! 寝てるのかと思ったッス!」
「仮に寝てても顔にライト当てるなよ??」
ごめんなさいッスー、と悪戯っぽくハルルは笑った。ったく。
「ふふ。やっぱりハルルは魔法の才能もあるじゃないか」
「えへへ。違うッスよー! 世界一の魔法使いに教えて貰えたからッスー!!」
「はは。世界一は違うよ。ボクより優れた魔法使いはたくさんいると思うよ?」
「いやいや、そうそういないだろ。そりゃ謙遜し過ぎじゃね?」
俺が目を擦りながら切り返すと、ルキはいいや、と首を振る。
「ふふ。謙遜じゃないよ。魔法っていうのは技術さ。
技術は積み重ねられて、次の時代の子たちの前提になる。
だから若い子たちがボクらより凄い魔法使いになっていくのさ」
そう笑ってルキは言う。
「ルキ……」
「ま。若い子にはまだまだ負けないけどね」
「どっちだよ」
「ふふ。まぁ、まだボクらも若いってことさ」
「あーあ。自分で若さを語ると歳行った証拠って誰かが──痛っ!」
足が踏まれたっ。ルキっ!
「ふふ。義足の足の動きも良好だ」
「っぅ。お前なっ」
「えへへ。今のは師匠が悪いッスね」
「だよね。ふふ、ハルルは本当に可愛いな」
ああ、女子二人相手にはしてられんな。
「……あれ。なぁルキ」
「ん? なんだい?」
「そういえば、転移魔法でぱーっと行けるんじゃないか?
わざわざ馬車なんか乗らなくてもさ」
「ああ。それは無理だな」
「そうなのか?」「そうなんスか?」
ハモってしまった。なんか恥ずかしい。
「転移魔法は便利だが万能じゃないんだよ。
まぁ、決まった地点に一瞬で跳べると思ってくれればいいさ。今回の目的地は跳べないんだ」
「どういうことッスか?」
「あー。ちゃんと説明すると大変な内容だけど、聞くかい?」
「ああ、じゃあ俺は「はい聞きたいッス!」 被せるな、被せるな。
「なら話すが……」
基本的な転移魔法。
第一に、個人で使用する場合と集団の場合とで法則が異なる。
個人で使用する場合、技量にもよるが、視界内なら殆ど無制限に跳べる。
集団の場合、その人数分跳べる範囲が狭くなっていく。
大きな荷物を背負って走るようなイメージだそうだ。
第二に、目的地別で異なる。
視界内なら無制限。というのは移動先にモノがないから発動できるとのこと。
視界外は基点登録した場所にしか行けない。
跳ぶ予定の場所にモノがあると跳べない。
多少の位置調整は出来るが、難しくなっていくそうだ。
「簡単にまとめたが、第一と第二の複合で制限が多くなる。例えば複数人で長距離の目的地に跳ぶ時に、人数超過で跳べない、とかね」
「なるほどな……なんとなくは分かった。雪禍の里に跳べないのは、その複合か?」
「そうとも言えるが、そもそも雪禍の里には基点を登録していないんだよね」
「あ、そもそもなのか」
「そうだよ?」
「……山登りか」
「あれ、師匠、山登り嫌ッスか?」
「いや、まぁ。現状は嫌だな。準備もねぇし、服装これだし」
夏服である。馬車の中ですら少し冷えて来たというのに。
「あ、確かに。私も軽装備ッス……。村で調達しましょう!」
「ああ、それなら大丈夫だよ。麓の村からなら跳べるよ。里の位置も把握しているしね」
「あ? 麓の村からサクヤのいる里って相当な距離あったろ?
昔来た時、片道で五日くらいかからなかったか?」
あの時はかなり迷ったのもある。
滅茶苦茶険しい山道だし、魔物もわんさかいたし、何より純粋に距離があったと思う。
「何、直線距離ではそんなに遠くないさ」
「ええ?? 間に森とかあるぞ」
「ジン。転移魔法というものは二次元的に考えてくれ。
つまり地図を上から見るような意識だ。
迷いの森無しなら直線距離では半日もかからない距離になるだろ?
それくらいの距離なら余裕だよ」
「まじか」
「まじさ。さっき少し触れただろう? 魔法は技術。
技量があれば、それくらいの距離はサクッと跳べるものさ」
ルキは猫みたいに笑った。まぁ、そうか。流石、賢者様だな。
「あれ。なんか」
「どうしたハルル?」
ハルルがくんくんと鼻を動かした。
そして、窓の外に顔を出す。
「なんか焦げ臭いッス。風に乗って、焦げたような臭いがするッス」
「臭い?」
ルキが首を傾げる。
嫌な予感がするな。
「風に乗ってってことは、真っ直ぐ北か?」
「そこまでは分からないッスけど。多分、そうッスね」
「御者さん! 次の村まで急いでくれ! 料金は追加で出す!」
「ど、どうされました!」
「嫌な予感としか言えねぇけど。悪いことが起こってると思う」
杞憂で済むならそれでいい。
だが。




