【12】王とは言えないな【04】
『魔王の座を明け渡せだと?』
鎖に繋がれた狼の姿をした魔王──狼先生は、目の前の鳥の頭を被った枝のような男に問いかけた。
狼先生は今、両方の前足を鎖で縛られ天井から吊るされていた。
四足獣には、かなり無理な姿勢だ。吊るされているだけでも関節に激痛が居続けることになる。
「すふふ。ええ、そうです。魔王フェンズヴェイ様。いえ、狼先生でしたかね、今は。……このワタスシに、魔王の座を譲るのです」
『反乱ということだな。十二本の杖全員か?』
「さぁ、どうでしょうね」
『ふむ。まぁおいておこう。で、この私を追い出して、お前が魔王になると?』
「ええ! そうです! 次世代の魔王にはこのスカイランナーこそ相応しいと思うのですよ! すふふふ!!」
『……くっ、くく……ははは! 面白いなスカイランナー!』
「な、なに?」
『スカイランナー。お前、自分の顔を鏡で見たことはあるか? え?
そのみすぼらしい容姿と歯抜け老人みたいな喋り方で魔王の風格なんてないだろ?
よくもまぁそんなこと──ッ』
鎖で狼先生の顔が叩かれた。
「黙れ! 骨に引っかかるような駄犬魔王め!」
『骨には引っかかってないだろ! 捏造するなっ!』
「ふんっ! しかし我々の捕獲魔法を対処できなかったのは事実!
すふふ、お前はもう魔王として力を失っているのだよ!!」
──む。痛い所を衝かれた。
実際、対処に遅れたのは事実だ。
対処が遅れた理由はあるが。いや、今は『そのこと』はどうでもいい。
問題は、この鎖だ。
先ほどから、魔法が発動できない。やはり、この鎖は。
「すふふ! お気づきのようですねぇ!! その崩魔術式の鎖に!」
『……崩魔術式だと』
「すふふふ。知りませんかぁ? 字の如く、魔法を崩す為に作り出された技術でございますよ」
『馬鹿か。知らない訳がないだろ。そうじゃない。……崩魔術式は王国騎士だけの占有技術だろ』
崩魔術式は、王国の占有技術。つまり。
「ええ。それを提供いただいているのですよ!
王国特製の崩魔術式で構築された超特別捕縛鎖!!
金貨2,980枚、関税別!」
──崩魔術式は、王国の国家機密。切り札と言っても過言ではない。
『……王国から助力を受けたのか』
「ええ。今では盟友でございますよ」
『ふっ……はは。笑わせてくれる。人間とビジネスパートナーね。武器も強力なのを借りて。そんな奴に魔王なんか任せたら傀儡の出来上が──ぐっ』
またも鎖で狼先生の顔が叩かれる。
二度、三度……口から血が流れるまで、長く。
「他国から援助を受け、国を立て直すんですよ、すふふふ。貴方はただ強いだけの小物の魔王でしたからねぇ。そういう内政は分からないでしょうがっ!!」
『ああ……そうだな。言えている。だが、それでも……
他人から借りた道具を自慢げに扱う奴を……王とは言えないな』
「減らず口をぉっ!!」
血痕が床に跳ぶ。壁にも跳ぶ。顔を重点的に鎖が叩く。
目からも赤い血の涙が流れ、何本かの歯が折れたのか床に転がっていた。
『……そんなに、魔王を名乗りたいのならば、名乗ればいいだろう……
勝手に名乗ってればいい。私は別に、魔王という役職には興味などない』
「すふふ。狼先生さん? 煙に巻こうたってそうはいきませんよ」
『何……』
「貴方の部屋にある本にありましたよぉ!
魔王にのみ伝承され続けている術技があると!
そして、それが魔王の圧倒的な力の正体だと!!」
『お前、文字が読めたんだな』 ばちん、と頬が叩かれた。
──少し煽り立てただけで、すぐに殴って来る。ガキめ。
「さぁ、その術技を明け渡すのです! それさえあればワタスシは名実ともに魔王になれます!」
『……確かに、そういう術技はある……
その名前を『魔王書』という……これは、確かに所有者を変えることも、出来る』
「魔王書? ほう!」
『……ただ。お前が望むような術技ではない。
絶対的な力を約束するものではなく、これは、あくまで歴代の──』
狼先生の喉笛が掴まれた。
「よこせ。その術技を」
『……殺したら、永遠に手に入らないぞ。
そして、この術技を譲渡する条件は、所有者の意志のみだ』
「すふふ……! まぁ、そういうと思っておりましたので。分かっておりますとも」
狼先生から手を離し、スカイランナーは背を向けた。
「実はね。今のやり取りも、まぁ不要っちゃ不要でしてね。すふふ。よかった。
本当に最悪の事態は『魔王だけに受け継がれる術技が噂だった』ら、一番最悪でしたよ。
ただ、実在するなら。その術技を奪う方法は、もう既に見つけてあるんです」
スカイランナーはにたりと笑って向かい側の鎖でつながれた女性を見る。
二つの三画角に、癖のない長い薄水色の髪。
意識を失っていて目を開けていないが、それでも分かる綺麗な顔立ち。
「狼先生は見覚えがあるのではありませんかな? 特殊な術技ホルダー。
魔王討伐の勇者の一人──サクヤ・アイシアを」




