【12】ある意味、信頼されてるな!【02】
◆ ◆ ◆
「サクヤが緊急事態?」
共和国領クオンガの都。
夏らしく穏やかな海にどこまでも広がる平和な青い空の下で、穏やかじゃない言葉が飛び交った。
町のテラコッタ色の屋根を幾つも見下ろせる高台に、ジンとルキ。そして、でっぷりとした腹を持つ蛙顔のガマルがいた。
王国の安い便利屋のジン。車椅子の学者のルキ。共和国の演劇屋のガマル。
一見すれば共通点は無いが、彼らには共通点がある。
彼らは、十年前の魔王討伐隊【雷の翼】の勇者たちだ。
素性を隠し続けた隊長と、両足と右腕を失った賢者。そして、見るも無残に肥えさらばえた重戦士。
そんなガマルの口から、『サクヤが緊急事態みたいだ』、と言われた。
「まぁ、推測ねん……多分、緊急事態で助けを求めてる可能性が高い、というか」
「ふむ。ガマルにしては歯切れが悪いな」
「そうだな。どういうことだ」
サクヤ──この名前は、王国に居る人間なら誰もが聞き覚えのある名前だ。
魔王討伐隊【雷の翼】に所属する最年少勇者。
当時は弱冠十三歳。先ほどの話を聞いていると、ガマルとサクヤは今でも連絡を取り合っているらしい。
「実は昨日の祭の後にすぐサクヤ宛てにハトを飛ばしたねん。
隊長が生きてたって。そしたら今朝、これが来たねん」
手紙を見せてきた。
「勝手に伝えるなって。俺のペースで伝えて行くからさ」
そうぼやきながら手紙を見る。
その手紙は……なるほど。
一見すれば、普通の手紙だ。
拝啓から始まり敬具で終わるしっかりとした文章。
綺麗な文字だ。内容も簡潔で、今は会えないとの旨。
昨今の情勢を語りながら季節の話をし、またの機会があれば是非とも話したいとのこと。
「なるほど──緊急事態だな」
「だね。まぁ……少なくとも何か事件が起きてるね」
「やはりそうねん」
「なんでッスか? 普通の手紙に見えるッスけど」
「ハルル。お前、いつからいたんだよ」
「ふっふっふ~! 今ッスよーっ! 師匠がいる所にどこでも現れるんッス!」
「だから弟子にしてないってのに」
もふもふっとした白銀の髪。透き通った翡翠色の目を笑ませて、にぃっと笑う少女、ハルル。
ジンの元に急に現れた押しかけ弟子であり、今は便利屋の従業員兼、職業の勇者をしている。
「で、なんでこの手紙が緊急事態の合図なんスか? 何も変なこと書いて無さそうッスけど……」
「これは格式符号っていうんだ。主に、人魔戦争中にあった連絡手段でな」
「格式符号?」
「ああ。そうだ。勇者間の手紙は『わざと』間違えなきゃダメなんだよ」
そうして、ジンは説明した。
今は念話や試作段階ではあるが無線など、連絡手段が増えた。
しかし、戦時は紙媒体で連絡を取り合っていた。
後続の仲間に緊急事態を告げる方法が格式符号というやり方である。
拝啓敬具な書式。
勇者同士のやり取りでは、『一つの間違いも無い文章』は、それだけで『緊急事態』を意味する暗号となる。
「ほおおお、勉強になるッス!!」
「因みに、敬具をわざと『草々』で締めたりすれば、逆に内容を吟味してくれ、という意味にもなる。ともかく勇者間では格式ばった文章は書かないのだ」
と、ジンがハルルに説明した時、ルキとガマルが目を見合わせた。
「「確かにそうか」」
「え、何、何だ? 二人の間で違ったのか??」
「あ、ああ。いや、格式符号か。それは気づかなかった」
「そうねん。そうねん……」
「はぁ!? おいおい。じゃあなんで二人は、これが緊急事態だって思ったんだよ?」
「え? だってそうだろ?」
ルキが頬を掻いた。
「「サクヤがこんな綺麗な文字とまともな文章を書ける訳がない」ねん」
……。あー、まぁ、そうかー、そうね。
ある意味、信頼されてるな! お前!
「後、何より……忙しいという理由でキミと会わないのはおかしい」
「ねんねん、そうねん」
「は? なんでだよ」
「だってそうだろ。サクヤはお前を……」
ルキは横目でハルルを見て言い淀む。
「いやなんでもない。ともかく、隊長に会いたくない討伐隊員は居ない、といった所かな」
ルキがそう誤魔化すように言い、ジンは難しい顔で首を傾げた。
「そうなのか? ……十年も連絡取ってない上に、死んだ扱いされてた奴だぜ、俺は」
「まぁ、連絡しなかった分は説教されるの覚悟した方がいいねん」
うっ……とジンは苦い顔をした。
──十年前、魔王討伐隊の隊長ライヴェルグは、公には死んだと公表された。
理由は、魔王討伐の折、事情があり仲間ごと魔王を討ったから。
理解ある仲間や国の上層部は彼を守ろうとしたが、守れなかった。
多くの民衆が、その瞬間を目撃していたから。
勇者は名前を失う。
それは、ある意味では彼を守る為に、勇者は死んだと公表された。
そして勇者は、ジンと名を変え、王都を離れた。
全ての処理は秘密裏に行われ、当時の仲間内にすら秘密にされた。
その後十年もの間、王都より離れた交易都市という場所に住まいを与えられ、死んだように生きていた。
そして、ルキと再会した時に、彼女に言われたのだ。
『別にずっと秘密にしておく必要はなかったよね?』
正論である。
言われてみれば、当時の国王から『死んだように生きろ』と言われていた。
だが、仲間に生存の連絡をするな、とは言われていない。
──ジンとしては、仲間をその手で殺した直後で、塞ぎ込んでいたからそこまで気が回らなかったのもある。
仲間に咄嗟に言われた言葉で傷ついていた。
事情は分かるが、それでも仲間にくらいは連絡しないのかい? と、ルキはジンに散々小言を言った。
そして同じような内容を昨日ガマルにこんこんと詰められた。
こうなると。
「サクヤも、言ってくるんだろうなぁ」
「だろうねん」「だな」
「あの。こんなまったりしてて大丈夫なんスか?」
「ええ?」
「だって、サクヤさん、ピンチなんじゃ」
「ああ。それなら大丈夫だとボクは思うよ」
「そうねん」
「そうなんスか?」 ハルルはジンを見る。
まぁ、そうだな、と彼は頷いた。
「本当にヤバかったらもっと分かりやすく助けを求めるだろうしな」
手紙を書ける状態にある、なら大丈夫だろう。
まぁ、字が綺麗すぎるという指摘が本当なら別の人間の代筆の線もあるが……。
「まぁ何にしても……雪禍嶺、行ってみるしかなさそうだな」
雪禍嶺──それは王国の北部。
常雪の国という異名があり、何百年か前に王国の一部となった土地だ。
名前の通り、一年中、激しい雪が降っている場所だ。
「あ、自分は行かんねん。体的に無理ねん」
「おい、言い出しっぺ」
「無理ねん無理ねん。もう山なんか登れんよ」




