【11】シャル丸しか知らないこと【24】
◆ ◆ ◆
昔。
大切な人が死んだ。
そしたら大切な人への気持ちは死んだ?
ちょっと前。
思い出の場所がなくなった。
そしたら思い出はなくなった?
今。
一生懸命、花が土に生えてる場所、作ってくれた。
あのデカい弟と、その友達が作ってくれた。
好きな花だ。いい香りだ。
死んだ大切な人の匂いだ。懐かしい。
◆ ◆ ◆
「すみません、結局ヴィーヘさんに何から何までお世話になってしまって」
「お気になさらず。前も話しましたが、半人は手を取り合うものですからね」
ヴィーヘさん。彼は、蛇の頭を持つ爬虫人だ。
爬虫人は皆、一様に表情は読み辛い。
そういう所を理解しているからかもしれないけど、彼はとても優しく喋ってくれる。
「そうだ。ガーさん」
「はい?」
「丁度、昨日交易商が来たのですよ。それで、良ければと思いまして」
渡されたのは、おおっ、煙草だ!
「おおー! ありがとうございますっ! いくらですか?」
「いえ。お小遣い程度で買えましたのでお気になさらず」
「いやいや、食料までこんなに貰ったんで、流石に」
ヴィーヘさんは舌を出した。ああ、きっと笑ってるんだな。
「でしたら、次に困りごとを抱えた人と出会ったら、無償で助けてあげてください」
おおぅ。そう言われたら……断れないじゃないかよぉ。
いい人だな、ヴィーヘさんは……。
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます!」
ポケットに入れて、お礼を伝えた。
「ガーちゃん準備出来た? あ、ヴィーヘさん」
「ああ、もう元気なんだね」
「うん。本当にありがとうね。ここに連れて来てくれて」
「いえいえ。あまりお力にはなれませんでしたから」
それでもありがとう、とレッタちゃんはヴィーヘさんの手を握っていた。羨ましいわ。
「またね。ヴィーヘさん」
「ええ。困った時には寄ってください。いつでも力になりますので」
──固く握手した。
なんか、寂しかった。こんなにいい人も世の中にいるんだな。
お別れをすませて、オレたちはロドラゴの集落を後にした。
「でもレッタちゃん。体もう大丈夫なの?」
「うん。完全回復。今なら誰にも負けないよ」
すげぇーーーー心強いな。
今更だけどさ。オレ、勇者一人殴り倒すのも死ぬ思いだった。
けど、レッタちゃんは一人で五、六人薙ぎ倒してる訳でしょ。
すげぇ強いよな。
強くて可愛い……つまり、最高だわ。
「アンタ、また鼻の下伸びてるわよ」
「そりゃ伸びるぜ。レッタちゃん可愛すぎだから」
「くすくす。ありがと」
「で、目的地はどこに向かっているワケ? 我はその辺全然詳しく聞いてないのよネ」
目的地? そういえばどこだったかな。
「北だったっけ?」
「確かそうね。えーっと」
「うーん。聖女だったっけ? 回復術技の人。師、私も覚えてない」
『待て待て待て……ヌルっと一人増えている。何故、ヴァネシオスがいるんだ』
あ、本当だ。増えてる。
「てへっ! 我、あのままあそこにいると勇者に標的掛けられそうだし、どうせなら貴方たちと居た方が安全でしょ!」
ムキムキ上腕筋を魅せるようなガッツポーズを見せてくる。
「ね、レッタちゃん、我は身体とか治すの得意だから!
だから、その。怪我したら治してあげれるかもしれないわ! ね、ダメ?」
「うん。いいよ。オスちゃんがいいなら、一緒に行こ」
『いやいや。あのな。私たちは誰にも見つからないように旅をしていてだな。
そもそも、私とこの子の二人旅で』
「ありがと、レッタちゃん! 大好きヨっ!」
「くすくす。私もオスちゃんって面白くて好きだよ」
『おーい』
「確かに、レッタちゃんにアタシにガー。ノアにオスちゃんに、後は狼先生か。多いわね」
『何故、私が最後にカウントされた? 最初にカウントしろ。最初に』
「じゃぁ北に向かう前にシャル丸に挨拶してきていいかしら」
──シャル丸は、あの薬草園に居る。
北へ向かう途中だから、丁度見えてきた。
有翼の獅子、シャルヴェイスという魔物。
それの子供(とはいえもう20歳近いらしいけどね! 種族的には幼生らしいけども!)のシャル丸は──あれ。
いない。
「シャル丸?」
薬草園の中にも、周りにもいなかった。
散歩か? それともトイレか? マーキングか??
「どこにもいないわね……」
『もしかすると隠れてるんじゃないか?』
「え?」
『動物の本能で別れを避けた、とか』
「分かるモノなのかしらね」
『死期とかは分かるそうだぞ。死期が近い生物は飼い主から離れようとするそうだ』
ハッチと狼先生の会話を聞いて、昔に一緒に過ごした猫を思い出した。
ある日突然いなくなった。その時の飼い主も似たことを言っていたっけ。
「流石、狼先生。狼だけあって動物の気持ちパーフェクトですね!」
『ガー。最近爪が伸びて来たんだ。丁度いいから爪研ぎついでに、じゃれついてやろうか?』
「す、すみません。遠慮します」
「……仕方ないわね。いいわ。行きましょう」
「いいのか? 最後に話したかったんじゃ」
「いいの。それに今生の別れじゃないわ。また会いに来るわよ」
少し寂しそうに、ヴァネシオスは歩き出した。
「北、でいいのよね。どこ行くの?」
『雪禍嶺の先にある詩人の島に用がある』
「ここから雪禍嶺って……相当あるわよ」
『大丈夫だ。私が昔使っていた移動方法が────』
狼先生の話を聞きながら森の中を歩いていく。
暗くて深い森。森は静かで、なんだか来た時と違う印象だ。
来た時は、暗くて嫌な雰囲気の森だったけど、今はなんか、まぁオスちゃんたちと出会ったからかな。
なんかいい森に見えていた。
◆ ◆ ◆
それは、昔の記憶だ。
夢だ。夢を見ていた。
ぼくは、人の言葉のニュアンスこそ分かるが、喋れない。
女の人に抱かれている夢。ああ、最初、助けて貰った時だ。
呼ばれた。なんだって。しゃり? しゃろ?
シャル丸?
ああ。そうか。
それがぼくの名前か。
この女の人は、ぼくによくしてくれる。
飼い主と思っている。
この夢の途中で、一人増えた。
それは、デカい男だけど女の人。よく、ぼくにまとわりつく人。
これは、ぼくの『弟』と言おう。
雰囲気はメスかもしれないが、まぁ、デカい弟でいいだろう。
泣き虫なのだ、こいつは。
ただ、デカい弟が来てから、女の人の顔色はよくなった。
でも、それでも、女の人はやっぱり外を出歩くことはできなかった。
女の人が横になって眠る時間が増える度、デカい弟はぼくの傍に来て泣く時間が増えた。
いつも何か言っている。
それは、決心なのか、懺悔なのか、ぼくには分からない。
そして、何回か満月を見た後、女の人は動かなくなった。
ぼくは、知っている。ずっとの眠りだ。
ずっとの眠りは、死というらしい。
それから、デカい弟は……ぼくより寂しそうだった。
ぼくよりデカいのに、ぼくより強いだろうに。
いつも部屋の寒い所で、泣いていた。
しかたない。しかたないから、喝を入れてやることにした。
ほら、こうすれば、少しは元気になるだろ。
強くなるには、痛みも知らないとな。
◆ ◆ ◆
出口が近いのか、明るい。この先は一度開けた草原に出るそうだ。
開けた草原だ。丁度ここが少しばかり標高が高いからか、世界の果てまで緑色の絨毯で覆い尽くされているように見えた。
いいね。何もない綺麗さと、馬鹿みたいに青い空と、白い雲。
そして、その丁度視界の端。
無造作に積まれた岩の上に──うとうとしたシャル丸がいた。
こっちに気付いてパチッと目を開け『なぉおぉん』と鳴いたシャル丸がいた。
遅い、と言わんばかりの態度をしたシャル丸。
驚いた顔のオスちゃんを見るや否や、ぱっと立ち上がった。
◇ ◇ ◇
ああ……うとうとしてた。
おはよう。あ。デカい弟がいた。
どうやら、デカい弟は、どこかへ行くらしい。
だから。
見送りにきてやったのに、なんだその腑抜けた顔は。
やはり、ダメだ。
しかたない。ぼくが面倒を見るしかないのだ。
さぁ、元気を出せ。そんなみっともない顔をするんじゃない。
しかたない弟。
しばらくついて行って面倒をみてやろう。
ほら、今日も。
◇ ◇ ◇
そしていつもどおり──がぶりと噛み付いた。
(がぶりと喝を入れてやるからな。だから)
(だから泣いたりしちゃだめだぞ)




