【11】綺麗な花だね【22】
◆ ◆ ◆
「い、痛っ!! ハッチ、痛いっ!」
「我慢してって。消毒しないと湿布貼れないでしょ」
「うっ、いたたたっ! ちょっと優しく消毒してくれよっ!」
「くすくす。ガーちゃん、頑張って耐えて欲しいなぁ」
「分かった」 無の境地へ。
『急に真顔……凄いな。さっきまでの痛がりが嘘のようだな……』
──現在、消毒中らしい。染みる。焼けるみたいに痛くなる。
だが、レッタちゃんが耐えてくれというのだから、痛覚全ては無になるのです。痛いけど。
「レッタちゃん、ガーちゃん……いや、皆。ごめん。本当に、ごめんなさい」
急に筋肉魔女のオスちゃんが膝をついて頭を下げた。
「ど、どうしたんだよ。急に」
無のモードを解除してオレは訊ねた。
「我たちを助ける為に……勇者を殺させてしまったから」
とても真剣な声でオスちゃんは言った。
オレは殺したというかぶん殴っただけだけどね。
死んでないと思うけど、死んでたら確かに複雑な気持ちがあるが。
「私は、誰かを助ける為に殺した訳じゃないよ?」
甘くて優しいレッタちゃんの声が転がった。
レッタちゃんはオスちゃんの前にてくてくと歩いていき、膝を抱えて座って目を合わせていた。
「私は私の為に人を殺す。100%が私の意志だよ」
「レッタちゃん……」
「結果、二人が助かったなら良かったよ。後、あの猫ちゃん、治ったらぎゅってしたい」
『なぉぉん』
!!! シャル丸!! 今、お前、レッタちゃんに、
『ぐへへ、いいよ! 今すぐにでもその小振りな張りのあるパイアール二乗を揉むよ!』って色目使った上で変態系な意志を向けたなっ!!
子獅子と言えどレッタちゃんに劣情を向けたら許さんぞっ!
「だからね。オクオクちゃんが気に病む必要は何もないんだよ」
オスちゃんはニコりと笑う。
ありがとう。と告げた。そして、それから。
『オクオクってなんの話だ?』
狼先生が割って入った。
「え? オクオクちゃんの名前だよ?」
『……ああ、その魔女のことか? なら、オスちゃんと皆は呼んでいるぞ』
「……でも、オクオクちゃんでしょ。ね、ガーちゃん」
上目遣い可愛い。
「お、おう! そうだね!」
『オスちゃんで皆慣れているし、レッタ。
君が呼び名を改めるべきではないか? ガーもオスちゃんで呼んでいたぞ。なぁ?』
オレに振らないで! ハッチに振って!
「……ガーちゃん、ほんと?」
可愛い上目遣いがまた跳んでくる。
うっ。嘘を吐くべきか……いや、レッタちゃんの質問は、ほんと?
だから、嘘を吐くのは出来ねぇ……ぅぅ。
「……オスちゃん、って呼んでました」
「むぅ」
膨れた。可愛い。
「そもそもなんだけど、なんでレッタちゃんはアタシたちにニックネーム付けるの?」
「え?」
あれ。初めて見た。
レッタちゃんが、口ごもった。それで、少しもじもじして見せている。
『言いたいことがあるならちゃんと言うんだぞ?』
「……んとね。その。ね」
レッタちゃんは手を後ろで組んで口を尖らせた。
「友達は、渾名を付けて呼び合う、でしょ。だから……そうしたいなぁ、って」
前、オレが彼女の呼び方を聞いた時のことを思い出した。
レッタちゃんは、人の経歴とか名前とか気にしないって言っていた。
オレのことも、ガーっぽいからガーって呼ぶ、って言っていた。
そうか。友達同士で渾名を付けて呼び合う感じだったのか。
レッタちゃんは、小さい頃から狼先生と過ごしたって言ってた。今でも小さいけどというのは無しだ。
彼女の昔のことは詮索する気はないし、必要なことがあれば話してくれるだろう。
だけど、狼先生──つまり魔王と小さい頃を過ごすというのは、普通の幼少期ではない、と言い換えられるんじゃないだろうか。
オレも想像つかないような、凄惨な……いや。止そう。これ以上は。
ともあれ。
小動物チックなレッタちゃんも可愛いですなぁああぁぁぁぁん!
「ふふん。ならまぁ、我のことはオクオクでもいいわよ?」
「ううん。オスちゃんって私も呼ぶことにした」
「え? 渾名付けるのがいいんじゃないの?」
ハッチが問うと、レッタちゃんは首を振った。
「友達が付けた名前に合わせる、っていうのも。友達らしくていいかな、って」
そう言って微笑むレッタちゃんは、年相応な少女の顔をしていた。
やっぱり可愛い。うちのレッタちゃん。
「じゃぁ、オスちゃん、だな」
オレが言うと、うん、とレッタちゃんは笑った。
「あ、そうだ。レッタちゃん。ちょっとガーを借りていい?」
「うん? どうしたの?」
「ちょっとやることがあってね」
「なんかあったっけ??」
◆ ◆ ◆
そして、その翌日。
「ガーちゃん、大丈夫? 眠そうだけど」
「ん。ああ、大丈夫だよ」
「私が運ぼうか、シャル丸」
目をキラキラさせるレッタちゃん。
シャル丸は、両脚に鉄を打ち込まれた。
今は包帯をぐるぐる巻きにされておりまともに歩くことは出来ないが、必ず治るだろう。
よく考えれば、レッタちゃんは治癒魔法を使える。ハッチは薬師でオスちゃんは外科的なことが出来る。
手厚い治療によって必ず歩けるようになるはずだ。
とりあえず、今はオレが抱えて、運んだ。
「もう。私が運ぶのに」
「ダメ。こいつは危険だ」
「危険なの?」
「全然危険じゃないわよ??」
「全身噛み付き跡まみれで良く言えるなぁ……」
「くすくす。甘噛みは信頼の証なのかもね」
血塗れのオスちゃんを見やる。いやぁ、甘噛みかぁ??
『なぉなぉ』
「ねぇ」
くっ。無駄に仲良くしやがって。この猫っぽいライオンめっ。
さて、目的地にようやくついた。
「……ここって、薬草園じゃない」
オスちゃんが言うと、オレは頷いた。
岩山。岸壁。外から見たら岩肌にしか見えない入口に、オレは入っていく。
ここは──勇者たちに踏み荒らされた薬草園だ。
薬草園は根元から掘り返され、小川も泥まみれ。
小屋があった場所は焦げた木片が山積みになっている。
来た時とは、ずいぶん変わってしまった。
だから。
「二人が守って来たものから比べたら小さくなっちゃったけどさ」
先に居たハッチが苦笑いを浮かべてそう言った。
「ハッチが、少しでも薬草園、戻せたらって。まぁオレは薬草分からないから、ハッチに任せた感じなんだけど」
入口から少しの所に、小さな花壇。
まだ元気そうな薬草で相性の良い物を植えたと言っていた。
花の名前は……覚えてないけども。
人一人分程度の大きさの花壇には、赤っぽい花や白っぽい花、花の形がイソギンチャクみたいな花が植わっている。
「優しい花壇。二人が作ったんだね」
レッタちゃんが微笑む。合わせて、腕の中のシャル丸が暴れ出したので、怪我に響かないようにそっと花壇の傍に下ろした。
シャル丸は、花弁を鼻でつついた。そして、頬にも当てる。
懐かしむように見つめていた。
「……ハッチに、ガーっ……」
オスちゃんが目を潤ませている。
「オスちゃん。よかった。喜んでもらえたなら」
「ええっ……二人ともっ……二人ともぉおお!──」
「抱いていいわよぉおお!!」
「「それは嫌」」
はぁ、と溜息を一つ吐いて、オレとハッチは目を見合わせた。
徹夜でやったかいがあったよ。ころころと笑い合う。
レッタちゃんがシャル丸に近づいた。
そして、シャル丸の頭を何度か撫でる。
「綺麗な花だね」 レッタちゃんが言うと、シャル丸は頷いた。
『なぉん!』
自慢の花だ、とでも言っているようで、オレはちょっとだけ微笑んだ。




