【11】何も……奪うな【21】
◆ ◆ ◆
私は、失いたくない。
大切な人を、もう失いたくない。
だから。
失ったら、取り戻す。
どんな手段を使っても、取り戻す。
それが私の全てだと思っていた。
でも。そうだね。
マッキーが殺された時にも思い出した。
ラキちゃんが死んだ時にも思い出した。
この世界は、私から奪おうとする。
大切なモノも、時間も、何もかも奪おうとする。
なんで。
この世界は無邪気に不条理に、人が大切にしているものを奪い取ろうとするのだろう。
なんで。
◇ ◇ ◇
「なんで、ガーちゃんやハッチや、魔女ヴァネシオスが、倒れてるの?」
首を傾げて少女は歩く。
長い黒緑色の髪と、真っ黒なドレスを風に靡かせて。
白い雪のような純白な手を伸ばして。
悲壮と激怒を塗り固めた荒れ狂う眼で、勇者たちに問いかけた。
「っ、賞金首の女だッ! !ろえ構員全」
くるりと、生首が回転して空を跳ぶ。
ぐちゃっと岩に当たって転がる。
「ひっ」「な、なんっ」
少女、ヴィオレッタの足は──黒い泥のような靄で覆われている。
「【靄舞身衣】、【長靴】」
ヴィオレッタがそういうと、靄は靴となる。
ただ──ただの靴ではない。靴の踵に、黒い曲刃が付いている。
「な、なんだお前はッ!」
「質問には答えないの? なんで、三人が、倒れてるのかを質問したのだけど」
枝のように太い鉄の針が向かってくる。
弾丸のような速度だ。だが、それをヴィオレッタは掴む。
「……この鉄、ガーちゃんの足に刺さってるのと同じだね」
「っ! 遠距離魔法を」
「刺したのは、お前か」
帽子の勇者がゾクッと体を萎ませる。
真っ直ぐに向く目に、真っ黒な殺意が浮かんでいた。
たかが少女の筈だ。だが、この威圧感は。
国が、どうしてその首に大金を掛けたのか。
その場にいた勇者たちは確信する。
この少女は、本当に危険な存在だと。
「う、撃てッ!!」
ヴィオレッタは、魔法を解析し、靄にそれと全く逆の性質を持たせることによって魔法を撃ち消すことが出来る。
だが、そんなことをする気も起きていなかった。
「私の所有物は、私のもの。大切な人も、私のもの。だから」
ヴィオレッタは、避けた。
真っ直ぐに突き進む。回転し、体を捻り、踊りのように軽やかに体を弾いて跳んだ。
「何も……奪うな」
血が跳ぶ。
「いっ!」
阿鼻叫喚の勇者たちが一様に腕を押さえて蹲った。
ただ、すぐにヴィオレッタは踵を返し、ボロボロの黒い男に駆け寄る。
「ガーちゃん」
仰向けになって、ガーと呼ばれた黒い男は──笑った。
「レッタちゃん……やっぱ、幻覚より可愛いし、強いなぁ」
怪我はしているが元気そうなガーを見て、ヴィオレッタは微笑む。
いつのまにか、ガーの隣に黒銀の毛並みを持つ狼がいた。
『大分無茶な魔法の使い方をしたようだな』
「え、無茶だったの?」
『自覚がないならそれでもいいが。何、自分に合った使い方をすればいいさ』
「ガーちゃん。魔法、使えるようになったの?」
「う、うん。狼先生に、教わったんだ」
「くすくす。いいじゃん。今度しっかりと見せてね。とりあえず、足の傷、見せて」
「お、おいっ! そこの女ッ!」
怒声が響いた。
腕に切り傷を負った帽子の勇者が、叫んでいる。
その手には、小さい有翼の獅子……シャル丸があった。
ぬいぐるみのように静かにしたシャル丸の首に、銀色の鉄が押し付けられている。
「こいつが大切なら、投降しろっ。さもないと、殺すぞっ!」
「……? 可愛い猫だね。どうして羽が生えてるの?」
(あ、レッタちゃんはシャル丸見るの初めてかっ!)
ガーは内心でどう説明しようか考えていたが、ヴィオレッタはまっすぐ勇者の方へ歩き出す。
「私がさ、腕に警告をしてあげたのに。読んでないんだね」
「お、おいっ! それ以上近づくなっ!」
帽子の勇者がそう言って体を捻った時──自分の腕が視界に映った。
そして、血の気が引いた。
『関わるな。去れ』
そういう文章が刻まれている。腕に、文字通り刻まれていた。
「でも、そうだったね。ごめんごめん。私も寝起きで頭がぼうっとしてたよ」
ヴィオレッタは、あどけなく微笑んだ。
帽子の勇者が手を伸ばせば届く距離に、彼女はもういた。
「あ、ああっ。ご、ごめんなさい、ゆるして。
この魔物は解放するし、お、お前たちのことは国に連絡しないから。だから」
「『私に敵対する者は、徹底的に殺す』」
「ひっ」
「って、私自身が決めていた。それがどんな相手でも、ね」
「ま、待ってッ! わかった! 金とっ! それから」
「ねぇ、その鉄の針みたいなの、お前の魔法なんでしょ?
ってことはガーちゃんやその手の猫ちゃんも、お前がやったんだよね?」
ぽんっ、と帽子の勇者の肩にヴィオレッタは手を置いた。
彼女の目に──赤い光が宿る。
ヴィオレッタの持つ二つ目の術技。
「おねがい。自分の全身を自分の針で刺して自殺して」
敗北を認めた相手に命令を下す。それが、彼女の【屈服】。
よく熟成されたワインのような深い赤が、勇者の目に宿った。
「かしこ。かしこまりました」




