【11】魔族側の人間だわ【20】
「勇者法だか王国法だか知らないけどねッ! シャル丸は、人間に害を与えてないわよ!!」
ヴァネシオスがそう叫ぶと、バーンズは首を回す。
それからため息を吐いて……一歩ずつ近づいていく。
「うちのさ。上官、ティスちゃんっていうんだけど。めっちゃ可愛いんだよね」
バーンズが踏んだ地面、靴跡の形に燃えている。
「ティスちゃんが良く言うんだけどさぁ。
『害を与えているかどうかじゃなく、害を与える可能性があるモノは等しく悪』
って言うんだよぉ。やべぇ考え方だとは思うけどさぁ。
でもさぁ、そうしないと民間人も生きていけないのはリアルな訳じゃん?」
「だから、無害な魔物も、殺すっていう訳?」
「有害無害はよ、第三者が決めるんだよぉ。だからその魔物、渡せよなぁぁ??」
「絶対に、渡さない。魔物じゃなくて、我の」
ヴァネシオスの顔面が真横に蹴られた。
「だぁぁかぁぁらぁぁぁ。頭ぁ悪いなぁぁ」
言葉は間延びした喋り方だが、行動は早い。
ヴァネシオスがシャル丸を抱きかかえたまま、転がる。
「考えてもみろぉ? 魔物は、人間より力が何倍もあるんだぞ?
そんなのが、その辺歩いてたらどうよ? 危ないだろ?
もっと未来を考えたらどうだぁ?
その魔物がたくさん繁殖しまくって子共増やしたらどーすんの?
魔物の集団がどばぁ生まれるだろぉ?」
バーンズはヴァネシオスの顔を踏む。
「人間より力がある化け物は殲滅。そうしないと人間が滅ぼされるんだって。
だから魔族も追放だし、半人も危険。
人間が生き延びる為には、先手を打って相手を滅ぼす。
それが一番だってぇ。……まぁぁティスちゃんの受け売りだけどさぁ」
ヴァネシオスは、それでもシャル丸を離さなかった。
だから、何度も顔を踏む。
泥か土か、血か分からなくなるまで。
バーンズは、シャル丸を奪い取った。
ヴァネシオスは、腕に力が入っていなかった。
パンパンに膨らんだ顔で、涙を流していた。
気を失っているのか、動きがない。
「ったくよぉ……魔物に洗脳でもされてんのかよぉ……質の悪い奴らだったなぁぁ……」
首の後ろの皮を掴み、バーンズはぬいぐるみでも運ぶように歩き出す。
シャル丸はヴァネシオスを見た。だが、不思議と大人しかった。
シャル丸はシャル丸で、大人しくするのが一番だと理解していたのだろう。
──声を上げたら、あの黒いのも巨乳女も、オカマも……立ち上がってしまうから。
バーンズは、足を止めた。
だが、振り返らない。
「一応よぉ。非協力的でもさ、一般人だからぁ、殺さなかったんだぜ?
あのよぉ。これ以上蹴ったら、お前、分かってんのかぁ、オカマァ?」
「……はっ」
ヴァネシオスは、立ち上がった。
肩で息をしながら、まっすぐにバーンズの背を睨む。
「我は……まだ、その子と、一緒に居なきゃならないのよ」
「……ぁ?」
「まだ、許して貰ってないのよ。……その子に。
その子の家族を、師匠を助けるって、言ったのに。我は、助けられなかった」
「何言ってんだお前?」
「だから、噛み付くのよ。我が、師匠の体を治せなくて……
助ける約束を守れなかったから。
だから、その子が、噛みつかなくなるまで……我はその子を!」
炎が視界を占拠した。
空気が乾き、熱で巻き上がる風が起きた。
地面にヴァネシオスの顔面がめり込む。後頭部から、蹴られた。
「何回も言わせんなよぉ。魔物を守ることがぁ、違法だぁぁっての。
それ以上も、それ以下も、約束とか感情とかぁぁ……! 関係ないからねぇぇ」
「関係しか、ねぇだろぉがッ!」
バーンズの顎に、黒い拳が突き刺さる。
それは不意打ちだった。バーンズも意識してなかった場所からの、不意打ち。
気を失って倒れていたガーという男の繰り出した拳で、バーンズは口から血を流し、数歩よろけた。
「……痛ぇえええええッなぁあああ!」
◇ ◇ ◇
背中から地面に落ちた後、肺……いや全身から空気が全部抜けて、死んだんじゃねぇかと思った。
意識はあった。でも、体が、動かなかった。
オスちゃんに法律の云々を語ってるのも聞こえた。
言い返したいことが山ほどあった。
でも、立ち上がれなくて。クソ、ふざけんなって。
どうすれば、立ち上がれる。どうしたら、殴りかかれる。
オレは、ただの喫煙者だ。非力な雑魚で、どうしようもないクズだ。だけど。
こんな時までレッタちゃんのことを思い出す男なんだ。
オレの目にはレッタちゃんの幻影があった。
そして、幻影を追うように──立ち上がれた。
チリチリ男の顔面を殴って……それで、男が何か言ってたけど、聞こえない。
ただオレの心臓の音が聞こえて、体全部が自分のモノっていう実感がそこにはあった。
「法律で……そこに薬草があったら……採っていいのか」
「ぁァ? ああ、そうだがぁ? 厳密に言えば、不法なモノはだなぁ」
「不法って、どういうことだよ」
「だぁぁからぁぁ。申請してない場所ぉ!
コソコソ隠して作ってあるんだし、税金も支払ってねぇだろぉぉが」
「……分かった。じゃぁ薬草は、仕方ねぇ……かもな。
でも……そしたら、魔物も、そんなに痛めつけて……いいのか」
「いいんだっての! 勇者と王国の法に照らせばよぉ!」
「お前自身も……か?」
「あ?」
「法律で認められてるからって……薬草奪って、魔物も痛めつけて……
それが法律で正しいから……正しいことだって思ってんのか?」
「はは。お前、情に訴えかけてこようとしてンのか?」
火の粉が散った。チリチリ男の足が燃える。
あの足の裏から炎を超噴射して、舞い上がったり後ろに移動したりしてるんだな。
「お前がどう思って──」
「答えはイェスだぁ! 当たり前だろぉが!
王国の人間を守る法律が正しいに決まってンだろぉが!」
炎で視界が奪われた。
ああ。でも──なんでだろう。
分かるわ。
レッタちゃんは、攻撃を躱す時、僅かな体の動きで躱す。
オレも、そうすればいい。
レッタちゃんは、そうか。考えてるんだ。相手なら、どう動くか、を。
こいつはきっと、真後ろから攻撃するから。
ゆらりと、避け──踵落としはオレの真横を叩いた。
頭の中にある幻影のレッタちゃんの動きを真似する。
それで。
──『オレ、どっちで参加すりゃいいんでしょ、戦争に。人なのか、魔族なのか』──
「これが……人の正しいならッ!」
「っ!」
「オレはッ!」
右拳が、熱い。
硬い。今の拳が凄い硬いのが分かる。
ああ、これが魔法か。狼先生の教えてくれた鉄の魔法かな。
ありがとう。これで、分かったわ。
この魔法で。この全力で。
レッタちゃんなら、こう構える。脇を締めて大きく右腕を後ろに。そして──
「ラァァァァぁああああああ!!」
全部を込めて、目の前のクソ野郎を殴ればいい……ッ!
全力のパンチを初めて撃った。
こんなに、全身に響くのか。
目の前に伸びたチリチリ頭。
拳に返り血。
まだ、ちょっと体が震えてる。
でも。
転がされたシャル丸を見る。
微笑んで見た。柄にもなく、な。
オレは、シャル丸みたいな魔物を、殺していいと思えない。
だから。
「オレ、魔族側の人間だわ」
いや、レッタちゃん側の人間。かな。それがオレの──
──ザシュ
ザシュ? ザシュって。おいおい。
オレの左の脹脛に──鉄の棒みたいな針が、刺さってる。
あれ、それ、シャル丸の足にも刺さってたヤツだよな。
「居たぞッ! アイツらだッ!」「ば、バーンズがやられてる!?」
「おい、急げッ!」「あの黒いの、しかも手配書の男じゃねぇか!」
シャル丸の向こう側。草むらの向こう側に帽子の勇者を筆頭に、勇者たち。
おい……待てよ。
「連戦、多人数とかっ……どんなクソゲーだよぉ……」
激痛で、しゃがみこんでいた。
なんで。なんでハッピーエンドになんねぇのかなっ。オレの人生っ……。
「だ、誰かいるぞ」「なんだ……女の子?」「おい、あの子って」
「それに隣の狼」「あれって……手配書の」




